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2014年3月31日月曜日

論文紹介 潜水艦の戦略的な可能性

USS Nautilus (SS-571), 01/20/1955.
Source: http://arcweb.archives.gov/arc/basic_search.jsp, ARC Identifier: 
今回はシーパワーとしての潜水艦の進化とその可能性について検討した論文「海上戦における潜水艦」を紹介したいと思います。

論文の著者はローテンシュレーガーで、1986年の論文なのですが、海洋戦略における潜水艦の機能を総合的に分析した研究として優れた内容であり、現在でも参考文献の一つとして位置付けることができます。

文献情報
Lautenschlager, K. 1986/1987. "The Submarine in Naval Warfare, 1901-2001," International Security, 11(3):94-140.

目次
1.潜水艦の特性
2.能力の発展
3.沿岸防衛
4.消耗作戦
5.通商破壊
6.技術的均衡
7.戦力投射能力
8.艦隊戦闘
9.確証破壊
10.潜水艦の将来
11.結論

この論文で展開されているローテンシュレーガーの議論で特に興味深い部分は、シーパワーを構成する他の艦艇に対して潜水艦が全く固有の戦略的性格と戦術的原理を持つ艦艇であり、そのために本質的に水上艦艇を中心とした艦隊と分離した運用が最も望ましいと主張しているところです。
「潜水艦の歴史において、潜水艦は水上艦艇から分離して併存することにより最高の活躍を見せてきた。この分離性という非常に面倒な側面は英米的な海軍の戦闘教義の基本的な考え方に挑戦するものと思われる。なぜなら、最も成功した潜水艦の戦略は古典的な海上戦のモデルを認めないためである」
歴史上の海軍は伝統的に対水上戦闘の機能を中心とした戦力組成で艦隊と艦艇を設計してきました。

海軍史で潜水艦が成立した時期については諸説ありますが、ローテンシュレーガーは軍事的導入の時期として1910年頃ではないかと述べています。

つまり、成立から非常に短期間で、潜水艦は海上戦闘と海洋戦略の前提を一変させたということになります。

戦略的に見た場合の潜水艦の利点は潜水艦が持つ隠密性、奇襲能力、高確率な第一撃能力にあり、また戦術的に見れば戦術偵察能力や目標捕捉能力に依拠しています。

しかし、こうした能力を発揮するためにはローテンシュレーガーは海軍戦略が「不正規戦争」に依拠しなければならないと指摘します。そして、この大前提こそが従来までの海軍戦略の理論と決して適合できない部分なのです。

私たちのシーパワーについての考え方の多くはマハンの理論に依拠していると言われています。

これは航空打撃戦力の意義を説明する上で非常に適合する考え方ですが、もしマハンが潜水艦の存在を知っていたら、それはどのような位置づけとなったのでしょうか。

ローテンシュレーガーの議論は海軍のあり方そのものに関わる問題を提起するものなのです。

KT

2014年3月29日土曜日

防御によって敵を捕捉撃滅せよ

防御において敵を撃滅することは可能なのでしょうか。

以前の地域防御の解説で、防御の戦術が極めて受動的であり、防勢作戦で敵を撃滅することはできないのではないかという攻勢主義的な考えを持たれた方もいらっしゃるかもしれません。

戦闘で決定的な戦果を挙げるために攻勢が重要ということは否定しませんが、しかし防勢では決定的な戦果が挙げられないということは間違っています。今回の機動防御の解説はそのことを説明しようとするものです。

教範における機動防御の定義は次の通りです。
「機動防御とは打撃部隊による決定的な攻撃を通じて敵を撃滅もしくは撃破しようとする防勢作戦の一種である(FM 3-0)」

機動防御の最大の特徴は攻撃を行う敵へ逆襲を行うことにあります。
定義における「決定的(Decisive)」という言葉は「決戦(Decisive Engagement)」を含意するもので、要するに防御部隊は攻撃部隊に対して指向可能な打撃部隊を投入し、事後の敵の戦闘力のほとんどを喪失させなければなりません。

機動防御を行う部隊は大きく二つの役割に区分できます。
第一は正面で攻撃部隊を引き受けてその部隊を拘束する部隊、第二は拘束された敵に対して逆襲を加えるために打撃する部隊の二つです。
したがって、機動防御を行う指揮官は(1)陣地に配置した部隊で敵部隊を抑留、誘導し、(2)打撃部隊の逆襲で敵に決戦を強いる、という段階を考えなければなりません。

上の図はこうした機動防御の戦術を図示したもので、青軍が赤軍の攻撃を防御陣地により阻止し、その背後から打撃部隊を出して赤軍の側背を攻撃しています。

少し細かい点を説明すると、青軍の陣地はV字型になっていて、赤軍の攻撃部隊を引き込み、側面攻撃を容易にしています。
かつ背後に予備と後方支援の部隊が拘置されています。SOFは特殊作戦部隊の符号で、この図では赤軍の背後で特殊作戦部隊が戦闘を行うことで赤軍が青軍の打撃部隊に対処することをより難しくしています。

ただし、この場合、この特殊作戦部隊の戦術的な役割は打撃部隊ではありません。


機動防御をさらに詳細に説明すると、機動防御の戦術で第一段階はこのような態勢となります。
この図では青軍が赤軍の前進を阻止できるように陣地防御を行っていますが、やはり赤軍の一部の部隊が突出してくるように、部隊の配置に間隙があることが分かります。

背後には打撃部隊と予備が配備されており、赤軍の攻撃の推移に応じて投入される準備ができています。

この図では青軍の打撃部隊が赤軍の主力に対して逆襲のために側背を攻撃していることが分かります。
こうした一連の部隊行動でも打撃部隊の側面そのものを掩護するために緑色で障害を構成していることも記されていますが、これも側面を掩護するという戦術の基本原則を遵守したものです。
打撃部隊の生存性を確保することもまた機動防御において重要な処置であり、この逆襲が失敗すればそれは機動防御そのものの失敗を意味します。

このように実行に困難を伴いますが、それでも機動防御は極めて有効な戦術です。
第二次世界大戦においてドイツ軍は物量的に優勢なソビエト軍に対する防勢作戦として、この種の機動防御を成功させた事例もあります。

機動防御の優れたところ、言い換えれば恐ろしいところは、見当違いの包囲や力任せの突破の戦術で攻めてくる敵を戦闘不能に追い込むことさえできる点です。
しかも、それは敵の意思によって引き起こされた戦闘であるにもかかわらず、そのような態勢を強いているわけです。
「防御者における戦争の意図が単純な現状維持にせよ、敵の攻撃を撃退するに留まることは戦争の概念と矛盾する。なぜなら、戦争が単なる受動ではないことは明白であるためである」クラウゼヴィッツ
KT

2014年3月27日木曜日

台湾が中国になる日

Mearsheimer, J. 2014. ''Taiwan's Dire Straits,''p. 32.
最近の日本の報道でも台湾で学生デモが発生していることが報じられるようになりました。
それでも日本国内での台湾情勢の認知度は高いとは言い難いので、今回は台湾の戦略態勢に関するミアシャイマーの分析を紹介し、それについて若干の情報を提供し、皆様の情勢判断の一助にしたいと思います。

今年、アメリカの著名な政治学者ミアシャイマーが最初に発表した論文が台湾に関する論文でした。その論文「台湾の危機」で指摘されているのは基本的に次の一点です。
中国の台頭が持続することで、台湾にとって不利となる重大な事態が発生するであろう、ということです。

ミアシャイマーの分析によれば、もし中国が経済運営に失敗して軍拡の手が緩まない限り、中国が東アジアの地域覇権国家に成長することは避けられず、「本質的に台湾にとって事実上の独立を維持する最良の方法は中国に対して経済的にも軍事的にも脆弱になることである」と論じています。そうでなければ、中国は台湾の事実上の独立をはく奪する利益があるためです。

「かつて有識者は中国は国際社会において責任ある関係者となり、隣国はほとんど憂慮しなくてもよいと論じた。多数の台湾人がこの楽観的な展望を抱いていたし、今なお一部の台湾人はそう思っている。彼らは間違っている。中国との貿易により中国が経済大国に成長することを助けることによって、台湾は巨人が成長することを助けてきた。その修正主義的な目標には台湾の独立を終わらせ、中国の一部に統合することも含まれている。要約すれば、強大な中国は台湾にとって単なる問題なのではない。それは悪夢なのである」
私たちが今目の前にしているのは中国の台頭という歴史的な出来事によって、その独立国家としての存亡の危機に直面した小国の歴史に他なりません。
それだけでなく、長年にわたって台湾の実質的な独立を支えてきたアメリカが、中国との関係を強化する方向へ動いていることも、重大な事実です。

1945年に台湾の政権が日本から中華民国へと移行して以来、台湾は米軍の軍事顧問団の指導の下に軍事力を整備し、第7艦隊とマニラの第13航空隊と密接に連携してきました。
2013年の資料によれば、中国軍の勢力現役233万3000名、予備役51万に対し台湾軍の勢力は現役29万名、予備役165万7000名です。駐留する外国軍は歩兵隊や砲兵隊を基幹とするシンガポール軍の小規模な分遣隊に留まっているに過ぎません。

外交関係を少し説明すると、米中の国交を樹立したのに伴って1979年に台湾と国交を断交し、それまで台湾と結んでいた米華相互防衛条約を破棄しました。そこでアメリカは「台湾関係法」を成立させて台湾への軍事援助を行うもその直接的な共同防衛の義務はなくなったということです。

1980年代以後、台湾は「防御固守、有効抑止」の戦略を掲げて防勢戦略を採用していますが、台湾軍の多くの装備が既に旧式化しており、全般の軍事力については別の機会に述べるかもしれませんが、主力戦車全283両のうち53両がM60A1で、125両がM60A3、105両がM48A5であり、いずれも冷戦時代に調達した装備であるということだけ指摘しておきたいと思います。

さまざまな不確定要素がありますが、現在の状況が続けば香港やマカオのように台湾は中国に段階的に統合されると予測されます。それを防止するために必要なアメリカの政策は当面変わる見込みがありません。

現在の台湾の状況から私たちはその教訓を学ばなければなりません。
台頭する中国に向き合うために、全ての関係諸国には相当の戦略と準備が求められているのです。

参考文献
Mearsheimer, J. 2014. ''Taiwan's Dire Straits,'' The National Interest, 130(March/April), pp. 29-39.

KT

2014年3月25日火曜日

海洋産業の発展が海軍戦略に先行する

 Shipping on the Clyde by John Atkinson Grimshaw. Oil on board, 30.5 x 51 cm. Carmen Thyssen-Bornemisza Collection on loan to Museo Thyssen-Bornemisza, Madrid.
特に経済のグローバル化、つまり比較優位の原理に基づく国際的な分業が拡大する条件の一つは、生産地と消費地の間にある大きな距離を安価かつ安全に輸送する手段があることが不可欠です。

経済の世界的一体化の是非に関する議論は留保するとして、こうした経済のあり方は本質的に海運という輸送手段に全面的に依存している経済です。
世界経済の海上輸送を保護するシーパワーがなければ、現代の国際貿易は成り立ち得ません。

こうしが学説はシーパワーの古典的理論の一部であり、それほど目新しいものではありません。
マハンは海軍の戦略的意義を次のように説明しました。

「外国産の必需品や贅沢品は自国の船舶または外国の船舶のいずれかによって自国の港湾にまで運搬しなければならない。
それらの船舶はこれらの品物と交換で天然の資源であれ加工品であれその国家の産物を積載して帰路に就くだろう。
そして、この海運業を自国の船舶で行うことはすべての国家の願望である。こうして往来する船舶は寄港する安全な港湾を持たなければならず、また公開を通じて可能な限りその国家の保護を受けなければならない」

「この船舶の保護は戦時において武装した船舶により行わなければならない。
したがって、狭義の海軍は商船が存在してはじめてその必要が発生し、商船の消滅とともに海軍も消滅する。
ただし、侵略的な傾向を持ち、軍事組織の単なる一部分として海軍を保有する国家はこの限りではない。」

ここで肝心なところは、「商船」が「軍艦」に先行して発生するとマハンが考えているところです。
マハンが論文を発表していた19世紀はアメリカが孤立主義を堅持していた時代であり、主にヨーロッパ列強による植民地獲得競争が激化していた時代です。(ちょうど日本が近代化した時代でもあります)

マハンはこうした時代情勢の中でアメリカのシーパワーを拡大するためには海軍よりも先に海洋産業そのものを拡大しなければならないと議論しているのです。

この論点についてはあまり研究されていないようなのですが、私が思うにマハンは海軍を維持することが非常に大きな財政負担を伴うことを知っていたために、その国家の海上権益が一定以上にならないと海上戦力を保有したとしても収支が合わないと考えたのではないかと推測しています。

「侵略的な傾向を持ち、軍事組織の単なる一部分として海軍を保有する国家はこの限りではない」というマハンのシーパワーの議論を考えるならば、中国の海洋政策は海上戦力が海洋権益に先行している以上、マハンの考えるシーパワーの発展段階とは異なるものということになります。

こうした意味でもマハンの議論は中国の海洋戦略の特徴を読み解く上での一つの見方を示唆していると言えるでしょう。

KT

2014年3月23日日曜日

戦争は政治とは異なる手段で行う政治の継続に他ならない


安全保障学で特に難しい研究の一つは政策と戦略の両方にまたがる意思決定を分析するものです。

政策と戦略はそれぞれ異なる領域のものなので、別個の原理原則で動いています。
しかし、両者の交差する領域ではこの別箇の領域を総合して判断することが必要となるので、ここで理論的に見た場合においても、また現場においても混乱が生じやすいのです。

数あるクラウゼヴィッツの命題の中でも、恐らく最も知られている命題がこの戦争と政治の関係を述べた命題であり、著作『戦争論』の中でも最も重要な議論を占めている箇所です。
「そこで戦争は政治的行為であるばかりでなく、政治の道具であり、彼我両国の政治的交渉の継続であり、政治における手段とは異なる手段を用いてこの政治的交渉を遂行する行為である。 
そうしてみると、戦争になお独自のものがあるとすれば、それは戦争において用いられる手段に固有の性質に関連するものだけである。 
ところで、こうした場合に戦争術が一般に求めることができること、そしてここの場合に将軍が要求しても差し支えないことがある。 
それは政治の方針と意図がこれらの手段と矛盾しないということである。と言ってみても、この要求は実際には決して些細な事柄ではない。 
しかし、こうした要求が政治的意図にどの程度強く反映されるとしても、そのようなものが逐一政治的意図を変更することができるなどと考えてはならない。 
政治的意図が常に目的であり、戦争はその手段に過ぎないためである。そして、手段が目的なくして考えられないことは言うまでもないことである」『戦争論』第1章、第25節より
ここで述べられている「政治」というのは、テクストの前後の文脈から「対外政策」の意味で用いられていることが分かります。
つまり、戦争とは対外政策の道具であり、その手段としての戦争は政策の目的において従属しているということが主張されています。

ここで特に興味深い議論なのは、「こうした場合に戦争術が一般に求めることができること、そしてここの場合に将軍が要求しても差し支えないことがある」という部分です。
クラウゼヴィッツはそれに続けて「政治の方針と意図がこれら(軍事的)手段と矛盾しないということである」、そして「そのようなものが逐一政治的意図を変更することができるなどと考えてはならない」と論じています。

このことからクラウゼヴィッツは対外政策と軍事戦略の関係、もしくは目的の設定と手段の選択を決して一方的な関係として解釈してはならないと主張していたことが読み取れます。

クラウゼヴィッツは別の箇所でも戦争が政治の道具であると繰り返していますが、決して戦争は政治と同一ではなく、その政治とは異なる固有の原理が支配する領域であると考えていました。

現代の日本においても軍隊に対するシビリアン・コントロールという原則が重要ということは論じられますが、それは政治イデオロギーや法思想から導かれたもので、クラウゼヴィッツの理論とはあまり関係がありません。

クラウゼヴィッツが提唱していたのは、政府に対する軍隊の役割が単なる執行者としての役割だけでなく、「顧問」としての役割を含んでいるということでした。

そして、その顧問的役割を果たすためには、科学的根拠に基づいた政策提言を行うことが必要でした。
だからこそクラウゼヴィッツはあれだけの労力を費やして戦争を一つの学問に昇華させる研究に取り組まなければならなかったのではないかと私は考えています。

KT

2014年3月19日水曜日

戦争は地獄である、特に防御陣地の手前は

いつもお越し下さり、誠にありがとうございます。今回は防勢作戦の基本となる戦術、地域防御について紹介したいと思います。

以前まで攻勢作戦の戦術について解説してきましたが、防勢作戦のほうにも同じように戦術上の問題があります。
いつも通り定義から見て行きたいと思います。

「地域防御とは敵を徹底して撃滅するよりも一定時間において所定の地形に敵が接近することを拒否することに集中した防勢作戦の一種である」(FM 3-0)

教範によれば、地域防御の基本的な原則として作戦地帯に相互に掩護し合う陣地を計画的に組み合わせて配置し、また増援や逆襲のための予備を後方に拘置することにあります。
つまり、地域防御だからといって、それが完全に受動的な戦術概念だと考えることは誤りなのです。

例えばジョミニも「防勢の軍にとって最良の手段は攻勢をいかに実行するかということを知り、それを実行することである」と議論しています。
つまり、地域防御においても指揮官は状況をよく判断し、突出し過ぎた攻撃部隊への逆襲、奪取された防御陣地の回復、損害が大きい部隊への増援といった方法で敵に損害を強いることが求められるのです。

図上戦術としての地域防御の概念を紹介したものが上の図です。
この作戦地区は上から順番に警戒地区(灰色)、主戦闘地区、後方地区というように分けられています。
警戒地区には青軍の偵察部隊が配置されており、赤軍に最も接近していることが分かります。これはいわば敵が主力に到達する前に予め察知するための陣地で、ここで防御戦闘を行うことは計画していません。

次の下の主戦闘地区は2個の青軍の部隊が配置されています。地域防御では予めここで敵の攻撃部隊が到達することを想定して、ここに重点的に火力を集中させることになります。その背後の後方地区にあるのが予備と後方支援のための部隊が2個あることが分かります。
この地域防御の概念を例えば特定の地形においてもう少し詳細に図示すると次のようなものになります。

これは旅団(部隊符号はX)が地域防御を行っているのを図上で示していますが、前方に警戒地区、その背後に3個の大隊(部隊符号はII)が制高地、つまり小高い山頂に陣地を構築して配置にあることが分かります。その背後にあるのが後方地区で、そこに空港施設と作戦基地が所在するという状況です。

少し応用的な話ですが、側面陣地について少し話しておきます。主戦闘地区の三つの陣地が接続していないのが危険と判断する方もいるかもしれません。しかし、これらの陣地を避けて間の谷間に前進するとたちまち側面攻撃を受けるだけでなく、後方地区からの予備が投入されて前進経路を塞がれてしまうと三方向から脅威を受けることになり極めて危険なのです。

ちなみに今回扱った地域防御は作戦地区を限定した上で議論していますが、下の図のような地域防御もあります。もはやドイツ軍のスターリングラードの戦闘を思い出さざるを得ません。


最後に、地域防御の戦術で重要なことは敵が我を攻撃せざるをえなくさせることです。
なぜなら、敵にとって防御陣地を無理に攻撃するよりも、それを迂回することが合理的だからです。つまり地域防御では地形判断と陣地選定が重要な意味を持っているのです。
少なくとも我の両翼に対する攻撃が不可能な人為的、自然的な障害を利用することが必要となります。

敵を迎え入れつつ、その進入を拒否すること、これが防御における戦理上の原則です。

KT

2014年3月17日月曜日

国際政治を支配する軍事力



国際関係論において少なからず勢力均衡理論は批判されてきた経緯があります。というのも、それが私たちの常識的な理解と異なる部分があったためです。

以前、私の記事をたまたま読んで頂いた国際関係論を専攻する方とお話した時にモーゲンソー批判を耳にしました。というのも、モーゲンソーの理論で説明できない事象が、まさに我らが戦後の日本ではないかというのです。つまり、経済大国として日本は主に経済力で戦後の国際政治に影響を与えてきたというのです。

この誤解を解く前に勢力均衡理論の前提にある議論を説明しておきたいと思います。
勢力均衡理論を展開するに当たってモーゲンソーは次のように前提を置いています。
「国際政治とは他のあらゆる政治と同じく権力闘争である。国際政治の究極的な目的が何であろうと、直接的な目標は権力にある」
これは政治科学では一般的な前提とも言えますが、政治的活動において利益と見なされるのは基本的に権力であると想定することで、国際政治における国家の行動パターンを整理しようとしています。
「第一に、国家との関係において取られる行動の全てが政治的な性質を持つわけではない。このような多くの活動は通常、権力に対して何の考慮をせずに行われるし、またこういった活動はそれを実施する国家の権力にとって何の影響を及ぼすものでもない」
ここでモーゲンソーは国家の政治的行動を非政治的行動から除外し、政治的行動だけを説明する理論に自分の関心を集中させています。
「第二に、全ての国家が常に同程度に国際政治に関与しているわけではない。この関与の程度は今日のアメリカやソ連のように最大限のものから、スイス、ルクセンブルク、あるいはベネズエラといった国家のように最小限のもの、さらにリヒテンシュタインやモナコのように完全に無関係なものに至るまで実にさまざまである」
ここでモーゲンソーは国際政治学における位置づけとして中小国を大国と区別しているのです。

勢力均衡理論の前提は基本的にこうした命題に基づいています。国際政治を支配する勢力均衡は基本的に大国の政治行動を説明するものであるということです。

したがって、モーゲンソーは勢力均衡理論で全ての国際関係論の事象を説明しようとしたわけではありませんし、中小国家の動向や大国の非政治的行動は意図的に理論構築では無視しているのです。

こうした議論に一貫しているのはモーゲンソーの学問的な謙虚さです。モーゲンソーは国際政治を説明する上で最も重要な要因である大国の政治行動に自分の議論を限定しながら勢力均衡理論を考案したのです。

したがって、勢力均衡理論を大国でも何でもない日本の事例に適用できないと主張することは間違っています。
端的に言ってしまえば、冷戦期の日本はアメリカを盟主とする西側陣営の一構成国に過ぎませんし、通常戦力では一定程度の能力を持ちますが、核戦力では完全に依存しています。

国際政治学において経済大国という言葉には「定義」がありませんし、かりに「経済力」を定義できたとしても、それだけで「大国」の条件を満たすかは疑問です。なぜなら、モーゲンソーは国力の要素についての議論の中で、地理や資源、工業力が重要な理由はそれが「軍事力」に寄与するためであると主張しているためです。

まとめますと、国際政治を動かすのは大国であり、大国の条件とは究極的に軍事力に他ならないとモーゲンソーは考えます。そのために日本の行動をモーゲンソーの理論で説明することは原則としてできないのです。
「世界を牽引する秘訣はただ一つしかない。それは強くあるということである」ナポレオン
KT

2014年3月13日木曜日

側面攻撃は正面攻撃に優越する


今回は戦術概念の一つ「側面」について紹介したいと思います。
すでに本ブログでは攻撃を行う場合に機動の方式から
包囲Envelopment」
突破Penetration」
迂回Turning Movement」
の三種類が代表的だということは既に紹介しました。
これは陸自の戦術学の教範『野外令』の区分に基づくもので、米陸軍の教範はさらに攻撃機動の方法として「正面攻撃」と「浸透」を加えています。

攻撃はその方向によって「正面攻撃Frontal Attack」、「側面攻撃Flank Attack」、「背面攻撃Posterior Attack」に分類されます。今回取り上げる側面攻撃はこうした種類の分類に基づく攻撃の一種であり、背面攻撃を含ませて側背攻撃と呼ばれる場合もあります。

陸上戦闘における側面の概念は部隊の陣形とその方向から定義されており、教範で与えられている定義も「側面とは部隊の左右の限界である」という簡単なものです。つまり、部隊の左右の限界に対する攻撃が側面攻撃と言えます。

側面攻撃は、正面で戦闘を遂行するのに比べて側面では部隊の戦闘力がうまく発揮できない特性を利用した基本的な戦術の一つです。
したがって、戦術学では指揮官は極力こちらの側面を敵に暴露しないように注意しなければならず、また敵の側面を攻撃できる機会を見逃してはならないと考えられています。

上の図で示されているのは機動せず陣地に配置されている部隊の右翼と左翼をそれぞれ指したものです。全体を囲っている線に付いている「I」というのは部隊符号の一種で「中隊」という意味です。
その内側の諸要素を囲っている線の「・・・」は「小隊」で、「・・」は「分隊」という意味です。
この図では敵の方向に対して中隊の3個小隊の車両が横陣に展開しており、したがってその右側と左側に側面があるということが分かります。

ただし、次の図を見てもらえれば、機動を行っている部隊にとっての側面は陣地に配置された部隊にとっての側面と意味が異なることが分かります。
左斜めに展開した車両が隊形を維持して前進していることが分かると思います。

斜行陣であれ何であれ機動する部隊にとっての正面は陣形とは関係なく進行方向となります。したがって、左翼や右翼という側面はその方向から定義されなければなりません。

側面攻撃を開始すると敵は直ちに新しい正面を形成するように機動して陣地転換します。
したがって、側面攻撃の効果は相手の陣地転換が完了するまでの間しか得られないということは理解しておかなければなりません。旧日本軍の資料では次のような説明があります。

「正面と言い、側面と言うも、その区別は全般の敵の配備上から見た語であり、側面攻撃においても敵はわが攻撃にあたってその方面に兵員を配置して新正面を形成するべく攻撃実施に任ずる舞台は局地的には正面攻撃を粉わざるを得ない場合が少なくない。しかれども側面攻撃はたとえその実施が正面攻撃に陥る場合においても敵の準備は本来の正面よりも薄弱なるを免れないことにより、純然とした正面攻撃と比べて有利であることは論を待たない」

おおむね戦術概念としての側面攻撃について説明するべきところはこのぐらいです。
あくまでも側面攻撃は比較的限られた戦場において適用するべき概念だということを覚えておいて頂ければと思います。
側面攻撃の概念が理解できれば、戦術において戦闘陣形(Battle Formation)がどのような意味を持っているかが理解できるようになります。

KT

2014年3月11日火曜日

消耗戦略はいかにして殲滅戦略と渡り合うのか


現在、世界各地でアメリカ軍の縮小が進められています。このことは国際情勢を大きく変える可能性があります。
すでにイラクからは部隊の撤退を終えましたが、アフガニスタン、ドイツ、日本、韓国でもアメリカ軍は戦力見積りを進め、2020年までを目標に現状の軍事力の40パーセント近くの予算を削減する方針です。
なぜ、世界最大の軍事力を誇っていたアメリカがこれだけの軍縮を余儀なくされることになったのでしょうか。

ここで軍事力を支えている兵站と軍事力を用いる戦略との関係を説明する消耗戦略について考えなければなりません。少し長い引用ですが、ハンス・デルブリュックの言葉です。

「あらゆる戦略の第一原理とは兵力の集中であり、敵の主力を発見してそれを打破し、敗者が勝者の意思に従ってその条件を受け入れるまで勝利を追及することにある。それは最も極端な場合には敵国の全領土の占領を意味するものとなる。この種類の作戦は十分な優勢を前提としている。その優勢とは最初に大勝利を得るには十分であるが、敵国の全領土を占領するには十分ではないか、あるいはは敵国の首都を包囲する程度の優勢という場合もありうる」

「また敵対する戦力が均衡するために、序盤から適当な成果しか想定されないという事もあり得るだろう。そして敵の完全な打倒を期待するよりも、あらゆる種類の打撃と損害、破壊によって最終的に勝者の条件を受諾させる程度に敵を摩耗させ、消耗させる事を目的とすることも可能である。これが消耗戦略の体系であり、その最大の問題は戦術的な決断、すなわち危険と損失を伴う戦闘を求めるべきか否か、あるいは勝利による利益が損失を超える者なのか否かと言う点に存在する」

殲滅戦略と消耗戦略の原理をはっきり区別したことはデルブリュックの大きな功績でした。
後にワイリーはこの区別を順次戦略と累積戦略として再定義していますが、すでにその戦略概念の原型はデルブリュックによって完成されています。

ここで議論されていることを要約するならば、戦争において軍事力を破壊する原理とは殲滅と消耗であり、その他の条件が等しければ、戦略家はどちらの原理を用いてでも戦争で勝利を獲得することができるということです。

殲滅を目的とした作戦に対して消耗を目的とした作戦は敵との決戦を決して求めず、長い時間をかけて摩耗させ、最終的に敵が将来において期待される利益よりも損失のほうを増大させ続けるのです。
そして、こうした方法でも敵の戦意を挫くことが可能であるというのがデルブリュックの考えなのです。

これは殲滅戦略に偏りがちな戦略思想に対する批判として今でも重要な指摘です。
消耗戦略を取る軍隊が殲滅戦略を取る軍隊と渡り合う典型的な事例がベトナム戦争でした。

ベトナム戦争において一般にアメリカはベトナムに敗北したと言われますが、これは正確な表現ではありません。より正確に言えば北ベトナム軍はアメリカ軍等に敗北してもなお、アメリカ軍が撤退するまで戦争を続けたというほうが正確なのです。

戦後の統計調査によれば、アメリカ軍の戦闘損耗は205023名、南ベトナム軍は800000名、その他の西側諸国17213名で概算すると100万強ですが、北ベトナム軍の戦闘損耗は推定250万名です。損害交換比で見た場合、ベトナム戦争で着実に軍事的勝利を重ねていたのはアメリカ、南ベトナムであって、北ベトナムではなかったのです。

決定的な要因となったのは兵站でした。アメリカは高度に組織され、装備の行き届いた戦闘効率の高い部隊を前線に維持するために多額の財政支出を必要としていましたが、戦争が進むにつれて必要な兵站支援は雪玉式に拡大し、最終的にベトナムを手に入れることで期待される利益を損失が大きく上回ることになっていったのです。

1960年に比較すれば1965年にアメリカ軍の陸上戦力は14個師団から16個師団に増設され、陸軍航空隊は5564機から7142機に海上戦力は812隻から936隻に増加しています。現役兵士も35万2000名から36万9000名に増員しました。1960年代から立法化された福祉支出の膨張による財政圧力や徴兵制の廃止による軍人給与、調達費の単価の上昇もアメリカの財政に大きな負担となったのです。

まとめますと、軍隊を破壊するために戦闘での勝利は必ずしも戦略的には必要ないというのがデルブリュックの見方です。消耗戦略という戦略概念を理解することで、私たちは軍隊を維持している莫大な財政支出、巨大な兵站支援、国民の経済活動、これらと戦争の戦略的な繋がりを見ることができるのです。

KT

2014年3月9日日曜日

モーゲンソーの勢力均衡理論


今回はモーゲンソーの著作を取り上げて、その中で議論されている勢力均衡理論を紹介します。

文献情報
Morgenthau, H. J. 2005(1948). Politics among Nations: the Struggle for Power and Peace, 7th edition. New York: McGraw-Hill Humanities.(原彬久監訳『国際政治』全3巻、岩波書店、2013年)

目次構成
1.国際政治の理論と実践
2.権力闘争としての国際政治
3.国力
4.国家権力の制限:勢力均衡
5.国家権力の制限:国際道義と世界世論
6.国家権力の制限:国際法
7.現代世界の国際政治
8.平和の問題:制限による平和
9.平和の問題:変革による平和
10.平和の問題:調整による平和

モーゲンソーの勢力均衡理論の特徴は、権力闘争を前提とした国際関係論を構築し、各国の行動を権力追求のための合理的行動として説明するところにあります。
「権力を求めようとする国家はそれぞれ現状を維持あるいは打破しようとするが、その熱望は勢力均衡と呼ばれる形態とその形態の保持を目指す政策とを必然的に生じさせるものである」
国家の対外的な行動は現状の国際関係の秩序を打破するか維持するかの二通りに大別することができると考えられています。
国際関係には軍事的、外交的、経済的、文化的側面などがありますが、その詳細を単純化し、現状維持と現状打破の相互作用として整理することで、分析することを容易にするのです。

この相互作用を基礎づけているものが「国力」です。モーゲンソーが国力に含ませている要素はいずれも国家の戦争遂行能力に寄与するものとなっています。
具体的には、地理、天然資源、工業力、軍備、人口、国民性、国民士気、外交の性格、政府の性格、以上の九点から国力は判断できると考えられています。

その中でもモーゲンソーは特に軍事力の重要性について次のように強調しています。
「地理、天然資源、工業力などの諸要因が国家の力にとって実際上の重要性を持っているのは、これらの要因が軍備に関係があるからである。国力が軍備に依存していることはあまりにも明白であるので詳細に論じる必要はないだろう。軍備は追求される外交政策を支援可能な軍事組織を必要とする外交政策を支援するような能力は多くの要因から生じるが、我々の議論の観点からすれば、最も重要な要因は技術革新、リーダーシップ、そして軍隊の質と量である」
このような国力を駆使することで国家は他の国家に対して現状打破を仕掛け、それを受けた国家は現状維持を行うことで、相互作用が生じます。そして、この相互作用が国際政治の動向を決定、と考えるのが勢力均衡理論の最も重要な部分です。

さらに議論を進めて現状維持と現状打破の相互作用にどのようなパターンがあるかを見てみると、モーゲンソーは次のように説明しています。
「国際社会の基礎には二つの要因がある。一つは多様性であり、もう一つはそれら要素である諸国家の対立である。権力を求める諸国家の欲望は二つの方法で紛争を引き起こす」 
「(第一に)国家Aが国家Bに対して帝国主義的な政策を取り始めると、その政策に対抗して国家Bは勢力均衡の方法として現状維持あるいは自ら帝国主義的政策を採用することがある」 
「(第二に)国家Aが国家Bの反対に遭いながら、国家Cを支配するために必要な勢力は、それが国家Bの勢力によって圧倒されない限り国家Bと均衡している。それとは反対に、国家Aの反対に遭いながら国家Cを支配しようとする国家Bの勢力は、国家Aの勢力によって圧倒されない限りにおいて、国家Aと均衡しているのである」
第一の説明は直観的に分かりやすいと思われます。帝国主義的な政策というのは現状打破の意味ですので、これは現状打破を受けた国家が現状維持によって抵抗するパターンです。

第二の説明にはさらに解説が必要です。
このパターンがやや分かりにくい理由は、勢力均衡の主体が国家A、国家B、国家Cの三者間関係になっているためです。

ABという大国の間の勢力均衡の中間にCという小国が存在しており、AがCを支配するための現状打破を行ったところ、Cを支配することを拒否したいBがAに対して現状維持を行うパターンです。

このモーゲンソーの議論は近代史における朝鮮、ロシア、日本の関係に応用することができます。

当時、清国を中心とする冊封体制の中で従属国だった大韓帝国が日清戦争によって独立を果たすと、ロシアと日本の間で朝鮮を巡る勢力争いが起こりました。
先ほど述べたA国とB国がC国を自らの陣営に組み入れようと競合するパターンです。


当時の陸上勢力を大まかに見てみると、ロシア軍は歩兵66万、騎兵13万、砲兵16万、工兵・後方支援4万4000、予備400万に対して、日本軍は歩兵13万、騎兵1万、砲兵1万5千、工兵・後方支援1万5000、予備46万に過ぎませんでした。

ちなみにモーゲンソーはこの時期の朝鮮情勢を次のように要約しています。
「(日清戦争に)次いで日本は朝鮮支配についてロシアからの挑戦を受け、1896年からはロシアの影響力のほうが優勢となった。朝鮮への支配を巡る日本とロシアの敵対関係は1904年から1905年の日露戦争でのロシアの敗北によって終結したのである」
モーゲンソーの議論を踏まえて言うと、日露戦争というのは清国に対する現状打破を行って獲得した朝鮮の独立に対して、ロシアが現状打破を仕掛けてきたことに由来するということになります。
このロシアの現状打破に対する日本の現状維持のために日露戦争は戦われたというのが勢力均衡理論の説明になります。

モーゲンソーの勢力均衡理論が教えてくれることは、国際関係を説明するためには、国家は権力闘争を展開していることを前提とし、現状維持と現状打破の相互作用に注目することが重要であるということです。

モーゲンソーの勢力均衡理論では国家の対外的行動を現状維持と現状打破という単純な二分法で整理していましたが、最近では均衡(バランシング)、追従(バンドワゴニング)などの分析概念も用いられるようになり、精緻化されていると言えるでしょう。

KT

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2014年3月7日金曜日

遠く、そして深く迂回せよ


本ブログでは攻勢作戦について、これまで包囲と突破を取り上げてきましたので、今回は攻勢作戦の戦術の一つ、迂回について述べたいと思います。

定義:迂回とは攻撃する部隊が敵の後方における目標を奪取することで現在地から敵を移動させるか、もしくはその脅威に対応するために主力を引き離させることによって、敵の主な防御陣地を避けようとする機動の一形態である。(FM 3-0)

戦術概念として迂回は敵の防御陣地を攻撃する包囲や突破と大きく異なっています。
それは端的に言えば戦闘を行わずして敵に後退を余儀なくさせる攻撃であり、背後に進出する動きを示すことで敵に戦場の大幅な変更を強制する戦術です。
直観的には包囲に近い戦術に思えますが、包囲は敵を撃滅することが目的であるのに対して、迂回は敵を移動させることが目的なので、この両者は戦術的に区別することができます。

図上戦術で迂回の概念を説明したのが上の図です。青軍が赤軍と向き合っていますが、青軍の右翼から機甲部隊、機械化歩兵部隊、航空部隊などを含む部隊が目標地点Davoutへ向けて迂回を行い、その迂回部隊の側面を偵察部隊が掩護しています。

この図で注目して頂きたいのは、青軍は左翼でも機械化歩兵部隊と機甲部隊を用いて目標地点Karlへ前進している部分です。これはDavoutへの迂回をより容易にするためのものです。
一見すると、赤軍が比較的容易に対処できる地点に小さな青軍部隊を前進させても、赤軍はすぐに対処できるように見えますが、そうする間に青軍が先にDavoutに到達してしまいます。

そうなると、赤軍は必要な後退できなくなってしまい、完全に青軍の手の内に入ってしまうのです。
以上から状況図での赤軍が採るべき戦術は速やかに現在地を捨てて後退行動を行うことと分かるのです。

この迂回でも気を付けるべき点は敵の逆襲です。迂回の動きを察知したならば、必然的に防御者はその動きを封じ込めるために予備を用いて迂回部隊に対処します。
迂回は主力から遠く離れた地点で行動するので、こうした逆襲に対しては独力で戦わなければなりません。迂回部隊には相当の戦闘力が必要であり、簡単に逆襲で撃退されてしまう程度の戦力であれば、迂回は成立しません。
しかし、攻撃者の戦力に一定以上の余裕がなければ、そのような戦力を抽出することはそもそも不可能なのです。

他にも迂回には独特の難しさがあります。迂回という戦術は戦力の集中という軍事の基本原則に反する側面があります。
戦力を分散するほど相対的に見て部隊が発揮できる戦闘力は低下するだけでなく、戦場の中心を避けて迂回させると、その戦術が敵の態勢に影響を及ぼすまでの間、迂回部隊はいわば遊兵にならざるをえません。

迂回が成功した戦史として一例だけ挙げると、朝鮮戦争におけるクロマイト作戦の例があります。
1950年9月15日に朝鮮半島で朝鮮国連軍により実施された作戦です。当時、北朝鮮軍の主力はプサンで陣地防御を実施していた韓国、米軍部隊に対して攻撃を加えていました。
その結果、ピョンヤンからプサンまで伸びる北朝鮮軍の後方連絡線が長大となってしまったのです。

国連軍を指揮していたマッカーサーは絶対的な海上優勢を利用して黄海から朝鮮半島のインチョンに着上陸し、ソウルを攻撃する迂回を実施し、これに呼応してプサン方面でも呼応して作戦を開始しました。この作戦により、国連軍は北朝鮮軍の戦線を大幅に後退させたのです。

KT

2014年3月4日火曜日

ウクライナ、ロシアの軍事力について

車両行進中のロシア陸軍の部隊、ロシア国防省HPより
現時点の状況では、ウクライナが降伏しないまま戦闘が始まれば恐らく4週間以内で作戦は完了すると見ています。ウクライナ軍の部隊が各地で連鎖的に降伏してしまうなら、もう少し早く勝敗は分かってくると思います。

ロシアとしてはウクライナに対する攻勢を始めるまでに屈服してもらうのが最善なのですが、ウクライナ暫定政府がどのように状況を判断しているのか私には分かりません。ドイツやアメリカは非難はするでしょうが、軍事行動を起こすことはないというのが私の判断です。

私の見解はともあれ、ロシア軍とウクライナ軍の勢力について紹介しておきます。皆様の情勢判断にお役にたてれば良いのですが。
ロシア連邦
軍事要員845000名(内訳は以下の通り)
・陸軍250000名
・空挺35000名
・海軍130000名
・空軍150000名
・戦略ミサイル80000名
・後方支援200000名
予備要員2000000名
主力戦車2550両(T-72B/BAは1400両、T-72B3は150両、T-80BV/Uは650両、T-90/T-90Aは350両)
T-90/T-90A)
航空機1389機(戦闘機にMig-29、Mig31、Su-27、爆撃機にTu-22M3/MR等)
軍艦171隻(黒海艦隊25隻)
ちなみにクリミア半島に配置している勢力13000名、AIFV/APC102両、その他に艦隊司令部要員
ロシアから進攻する部隊は南部軍管区と西部軍管区から抽出すると思われます。

ウクライナ
軍事要員129950名(内訳以下)
・陸軍64750名
・海軍13950名
・空軍45250名
・空挺6000名
準軍事組織84900名
予備要員1000000名
主力戦車1110両(T-84は10両のみ配備済み、T-64が大多数)
航空機221機(戦闘機はMig-29、Su-27)
軍艦17隻

参照:2014年度版ミリタリー・バランス

戦闘が開始すると投降する部隊や兵士が相当数出ることが予想されますので、この相当程度の誤差は含ませて情勢判断をする必要があるでしょう。招集した予備役の集合がどの程度進んでいるかも明らかではありませんし、そもそもこの統計資料は民族別の構成に関する情報を含んでいません。

地域判断として、現在のロシア軍はドイツのポーランドへの攻勢と同様に、クリミア半島を含むウクライナ南東部と北部国境地帯の二正面からの攻勢が可能な態勢であり、この状況を最大限に活用すると考えられます。ロシア軍は外線作戦で戦うことになります。
障害についても述べておくと、ウクライナを東西に二分するドニエプル川があります。しかし、今回のロシア軍はクリミア半島に作戦基地を有するので、キエフまでの作戦線は十分に確保できると思います。

ウクライナ軍の作戦指導を考えるとすれば、主力をキエフに集中させて陣地防御を行う場合、ある程度の時間的な猶予を得ることは可能性が考えられますが、外部からの増援が期待できない場合、こうした作戦にはあまり意味がありません。ウクライナ軍がキエフにこだわるのであれば、基本的には戦闘の終結が早いか遅いかという問題で、ロシア軍が最終的には勝利を収めることには変わりないでしょう。

これと同様の事例である1983年のアメリカ軍によるグレナダへの進攻でもそうでしたが、この種の作戦で問題なのは占領後の民事作戦にあります。治安維持、行政再建、民生支援などの準備を整えた上でキエフを攻略しなければ、その後のウクライナ情勢は制御しにくい事態になる危険があります。

KT

2014年3月3日月曜日

戦略・作戦・戦術の階層構造


軍事学の用語でも戦略、作戦、戦術について理解することは一つの難所となっています。

これは戦争の階層構造とも関連しています。例えば最も戦争を広く捉えるならば、交戦中の国家の連合体を一つの行為主体として考えるモデルが考えられます。
しかし、もう少し下位に目を移すと、各国家が行為主体となった戦争、各軍・艦隊・航空団が行為主体となった戦争、各師団、各艦艇や戦隊、各飛行隊などと細分化されていきます。

戦略、作戦、戦術の関係はこうした戦争の階層構造に対応して定義されてきたものです。

いずれも戦争術として総合することもできますが、戦争の各階層に対応した運用を研究するためには、軍団や師団、大隊や中隊などの運用を混合することは都合がよくありません。

戦術というのは部隊、艦艇、航空機という戦力を展開する技術として定義され、一般に師団や旅団以下の戦場での使用が想定されます。その一方で戦略はその国家の陸海空軍を戦争の目的を達成するように戦域で使用します。
この二つの概念が最も基礎的な区分ということになります。

つまり作戦とは戦略と戦術の中間に関わる概念であり、複数の戦場を一つの作戦地域に総合し、かつ戦域全体の中で位置づけながら戦略的に指導するものです。
20世紀の陸上作戦で言えば軍や軍集団の運用がこれに該当します。

ただし、戦争と戦闘を結ぶ作戦という概念の位置づけについては現在においても研究者の間で完全に合意があるというわけでもありません。

作戦術は戦略と戦術の相互にまたがるという考え方それ自体を批判する研究もありますし、概念がうまく定義されていないという立場もあります。

作戦という概念の意義や有効性を主張しすぎることで、戦略的意思決定と戦術的意思決定に見られる本質的な相違が分かりにくくなるというのが私の見方です。

作戦というのは戦略学と戦術学、そして兵站学が共有する軍事学の基本概念であったとしても、一般に作戦術として検討される問題は、いわゆる高等戦術か初等戦略の問題として処理されるべきだと思います。

作戦をどのように理解するかは、その人の戦略観や戦術観が強く反映される問題です。そして、それは戦争を一つの体系的な技術としてみた時、誰が、誰に大して、どのような任務と権限を与えるかという問題に通じているのです。

KT

2015年1月5日 追記

この問題について研究するためには作戦術の知識が必要となります。
作戦術は「軍事力を戦域で戦略的目的を達成するために一連の戦闘、交戦を結びつける」ことを意味します。
ある意味で、作戦術は戦略学の一部とも言えます。なぜなら、作戦術は「戦争目的を達成するために戦闘を使用すること」というクラウゼヴィッツが定義した戦略の内容と相当に重複しているためです。
しかし、どのような学問でも概念の定義をめぐる論争があるように、この論点について軍事学として確固とした見解が研究者の間で確立されているわけではありません。

作戦術の観点から分析された文献としては次のようなものがあります。
Doughty, R. 1979. The Evolution of US Army Tactical Doctrine, 1946-76, Fort Leavenworth: U.S. Army Combat Studies Institute.
Romjue, J. 1984. From Active Defense to AirLand Battle: The Development of Army Doctrine, 1973-1982, Fort Monroe: U.S. Army Training and Doctrine Command.

また、戦略、戦術と作戦術の関連について説明した論文には次のものがあります。
Biddle, S. 2007. "Strategy in War," PS: Political Science and Politics, 40(3): 461-466.


2014年3月1日土曜日

選択と集中の駆け引きとしての突破


今回は攻勢作戦における古典的戦術の一つ、突破についてです。
前回、「包囲する者は包囲される」を投稿した際になぜか好評だったので、戦術学シリーズのような位置づけで記事をまた投稿します。

米陸軍の教範によれば、突破の定義は次の通りです。
「突破とは攻撃する部隊が敵の防御体系を崩壊させるために狭隘な正面で敵の防御施設を分断しようとする機動の一形態である」(米陸軍野戦教範3-0)

この定義で重要なのは、「狭隘な正面で敵の防御施設を分断」という箇所です。これが突破に固有の特徴であり、包囲、迂回、浸透、正面攻撃のような他の機動方式に見られない突破の本質的要素なのです。

上記で掲げた図上戦術で突破の特徴を具体的に解説します。
青軍は赤軍の突破防御陣地に対して突破を行っています。青軍で中央突破を行っている部隊には機甲偵察1個、機械化歩兵部隊1個、機甲部隊2個が含まれています。(その背後に予備として2個部隊が拘置されています)

さらに青軍の右翼突破を図る機械化歩兵部隊1個と左翼突破を図る機械化歩兵部隊1個がありますが、右翼は敵の陽動、左翼は敵の拘束が目標であり、主作戦はあくまでも中央突破にあると想定されています。
赤軍の状況として、左右両翼の攻撃のために中央突破を許す態勢となっており、また背後に拘置されている予備の位置が前線から遠すぎて即座に戦闘に加入することができません。
(ちなみに、左右両翼と中央の間に引かれている線は作戦地帯を区分するもので、実際の業務でも標準作業手続として地図上にこのような線を引くことで各部隊の作戦地帯を明確にします)


こちらの状況は青軍の突破による戦果を拡張している状況です。
突破は通常、このようにして(1)突破口の形成、(2)突破口の拡張という段階を踏んで実施されます。
青軍は中央突破で赤軍の防御陣地を分断して攻撃目標の一つStrifeを通過し、次に主力はさらに敵の背後にある攻撃目標Susanへ向けて前進を開始しています。また左右両翼でもそれぞれ青軍が主作戦と呼応して攻撃を本格化させ、攻撃目標TreyとSlickへ前進しています。

ここで注目して頂きたいのは、突破口に沿って青軍の主力とそれに続行する予備が障害地帯を構成しているところです。(緑色が障害を意味します)
青軍は突破によって敵の背後に前進していますが、そのことで我の側面を敵に暴露しています。そこで赤軍の逆襲を予期して突破口と主力の右側面に対して障害を構成しているのです。
しかし、この態勢であれば赤軍が逆襲を行うことは難しく、退却を余儀なくされるでしょう。

これで突破に関する戦術の基礎は説明できました。
最後に包囲と突破の関係について一言だけ注意点を述べておきます。
包囲は側面が脆弱な敵に対して有効な戦術ですが、突破は正面が脆弱な敵に対して有効な戦術という特徴があります。

包囲についての説明で述べましたが、中央は防御部隊が戦闘力が最も効率的に発揮できる場所であり、攻撃に適した方面というわけではありません。
したがって、ある一地点において攻撃部隊の戦闘力が防御部隊の戦闘力を一時的にせよ圧倒的に上回ることが突破の成功条件です。
だからこそ、図上の青軍は左右両翼で陽動や拘束といった支作戦を行い、中央突破を容易にしようとしているわけです。

突撃が失敗してしまうと壊滅的な被害を部隊にもたらす危険があります。だからといって突破しやすい地点を攻撃目標に選んでしまうことはできません。防御する敵もまた突破される危険を見積もって、突破されやすい地点には重点的に予備を置くこともできるためです。

こうした便益と危険を総合的に判断することが要求される突破は、最高度の選択と集中が要求される戦術です。
だからこそ、巧みな突破を仕掛ける能力がある戦術家は、攻撃というものの戦理を最もよく理解しているとも言えると私は思います。

KT