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2014年11月30日日曜日

文献紹介 外交は政府だけの仕事ではない


自国にとって有利な条件で紛争を終結させ、その平和を可能な限り長く保つことは外交の基本的な課題です。

しかし、外交を展開する仕方には様々な種類があり、ある争点について可能な限り有利な条件で交渉をまとめる技術というのは外交史とともに発展を遂げてきました。
今回は、現代発展を遂げた外交方式として重要なマルチトラック外交に関する研究を紹介したいと思います。

文献紹介
Diamond, L., and McDonald, J. 1996. Multi-Track Diplomacy: A System Approach to Peace, West Hartford: Kumarian Press.

1996年にダイアモンドとマクドナルドが発表した論文では公式な政府部門だけでなく、非政府部門をも含めた重層的な交渉過程として外交を捉え直すことができることが主張されました。

ダイアモンドは1985年から外交を政府部門だけに限定して理解することの限界を指摘しており、より体系的に外交を実施するためにはマルチトラック外交(Multi-Track Diplomacy)という考え方を導入することが重要だと論じていました。

マルチトラック外交の特徴とは、政府以外だけでなく、非政府組織・専門家集団、実業界、一般市民、研究・教育者、社会運動家、宗教家、資金援助団体、マスメディア、以上の九つのトラックに存在する行為主体に対して影響を及ぼすことです。

これらはいずれも社会において影響力を有する行為主体です。個別の行為主体の動向が直ちに国際関係に作用するわけではありませんが、これらに体系的に働きかけることによって政府部門に影響を及ぼすことが期待できます。

国際関係論では国家が相手国の意思決定に内部から影響力を及ぼす戦略のことを浸透(Penetration)と言いますが、マルチトラック外交はまさにそのような戦略を基礎づける外交の方式と言えるでしょう。

この論文ではダイヤモンドは紛争解決を念頭に置いており、マルチトラック外交によって効果的に相反する利害を調整することが可能になることを期待していますが、問題点を指摘することもできます。

一般に外交では情報や協力する現地の協力者に資金を提供することが不可欠ですが、マルチトラック外交を展開する場合には資金の配分に注意する必要があります。

というのも、そのトラックで誰が有力者なのかを見極めることに失敗すれば、どれだけの見返りを与えても外交上の目標を達成する上で有効な手段とはなりえないためです。

これは簡単な仕事ではなく、何の価値もない情報をもたし、重要性の低い意思決定にしか参加できない人物に大きな見返りを与えることになる危険があります。

政府部門の人物と接触する場合とは異なり、非政府部門ではその人物が実質的な権力関係の中でどの程度の位置にあるか評価する技術が求められます。
そのためには各トラックごとの社会的な背景や特徴を理解しておくことが必要です。

結論をまとめると、普段は外交と無縁の生活を送る一般国民であっても、マルチトラック外交と完全に無縁ということはありえません。
なぜなら、マルチトラック外交は対象国の政府部門との交渉を有利な条件で進めるために、民間部門の重要な人物や組織と積極的に連絡を保つ外交の方法であるためです。

したがって、我々は外交についての伝統的な理解を改めるだけでなく、国内社会であってもマルチトラック外交が展開されている可能性を知っておくことが必要なのではないでしょうか。

KT

2014年11月29日土曜日

戦略学における地域分析の基礎


軍事学の研究に地図を判読する能力が絶対に欠かせないことは、繰り返し述べてきたことですが、その能力は戦略学の研究でも同じように重要なことです。
しかし、地域の戦略的な特質を分析する方法を述べた文献はそれほど多くは見られません。

今回は戦略学の観点から地域分析の着眼を紹介したいと思います。

戦略とは一般に政治的目的を達成するために軍事的手段を適用する方法を意味していますが、それは位置、面積、形状、地形、植生、水系、気象などの地理的要因から絶えず影響を受けることになります。

戦略的な地域分析で最も重要なのは敵国の国土を概観した上で、政治的、軍事的、もしくは文化的価値が集中する中核地域(Core Area)を適切に評価することにあります(Colins 1998: 341)。

中核地域は戦術学で言うところの緊要地形(Critical Terrain)に対応する用語であり、一般にその国家の政治、経済システムが存続する上で欠かすことができない首都圏や他の主要都市から構成されています。中核地域はその国家に一つだけというわけではありません。

中核地域を判断することができれば、この中核地域を防衛するために利用することが可能な基地(Base)を判断することができます。
軍隊はそれ自体で戦闘能力を持つのではなく、基地と連絡することではじめて作戦行動が可能となります。
したがって、基地の相対的な位置関係というものは、自然とその国家に対する脅威の方向に集中することになります。

こうした基地の配置を分析すると、その国家がどの方向を警戒しているかを判断することが可能となります。
この方向のことを戦略学では戦略正面または単に正面と呼びます。戦略正面はその国家にとって軍事的能力を発揮することが最も容易であり、また防衛計画において特に注意されている地域です。

戦略正面については少しイメージしにくいと思いますので、具体的事例として次のような地図を用いた分析を行ってみましょう。
ヨーロッパ大陸の中心部に位置するチロル山脈(Tyrol)の地図。
東西に走るチロル山脈の西端にフランスの基地(French Bases)がある。
それと平行するように東端にはオーストリアの基地(Austrarian Bases)が見られる。
(Hamley 1878: 227)より引用。
この地図が表しているのは敵対関係にあるフランスとオーストリアの戦略正面の中央にチロル山脈と中立国であるスイスが位置しているという状況です。

チロル山脈の東側にはオーストリアの基地群があり、西側にはフランスの基地群が位置しており両者は同一の方向に戦略正面を指向しています。
地図上でフランス、オーストリアの戦略正面の範囲をそれぞれ問われた場合には、「フランスの戦略正面はオーストリアに対して東部に指向しており、オーストリアの戦略正面はフランスに対して西部に指向する」という答えになります。

さらにこの状況で指摘するべきポイントとしては、フランスとオーストリアの双方の戦略正面がチロル山脈とスイスの存在によって南北に分断されていることが重要な意味を持っています。

チロル山脈が東西に走っているため、フランスとオーストリアの戦域は南北に分割されており、作戦を指導する上でも別々の作戦線(つまり前線の部隊と後方の基地を結ぶ交通路)が必要になってきます。

さらに、イタリア方面とドイツ方面の移動がチロル山脈によって妨げられているため、一度どちらかの方面で前線に部隊を投入すると、それを別の方面に再配置するためには時間が必要となると考えられます。

戦略正面を意識することは戦略学を研究する上で最初の一歩となります。
というのも、戦略の基本原則とは勢力の集中であるため、この原則を順守するためには全ての方向に対して軍事的資源を分散させることができないためです。

だからこそ、国家の中核地域にとって最も重要な戦略正面を適切に判断することが戦略家にとって重要な責任となってくるのです。

KT

参考文献
Collins, J. M. 1998. Military Geography for Professional and the Public, Washington, DC: National Defense University Press.
Hamley, E. B. 1878. The Operations of War Explained and Illustrated, Oxford: Oxford University Press.

2014年11月24日月曜日

演習問題 河川を渡河して実施する攻撃


今回は、渡河攻撃で考慮するべき戦術上の原則の重要性が示された事例から問題を紹介したいと思います。以前の演習問題で想定がややこしいとのご指摘を貰い、今回はややこしい単純な問題ではないものを選びました。

1918年10月14日、アメリカ軍の第77師団はAire川の北岸の近くにあった集落St. Juvinを攻略奪取する任務を与えられていました。つまり、渡河攻撃が必要ということになります。
情報によれば、集落を守備するためにドイツ軍の部隊が陣地を構築して渡河攻撃を待ち構えていることが予期されました。

作戦地区の地形全般を確認するとAire川にはいくつかの渡河が可能な地点を見出すことができました。そこで次のような作戦方針が比較検討されたと仮定しましょう。

(1)St. Juvinから南方500メートルの地点にある渡河地点から正面攻撃を行うべきである。
理由:側面や背後を攻撃するために部隊の移動に時間を費やすと、敵が防御陣地から出撃してAire川を渡河する恐れがあり、こちらの背後がかえって脅かされる危険がある。

(2)St. Juvinから2000メートルの渡河地点で全ての部隊を対岸に進出させ、そこからSt. Juvinにいる敵の側面を攻撃する方針を採用するべきである。
理由:敵の正面で渡河することができたとしても、そこから部隊を前進させることは困難であり、敵の備えが薄いと考えられる側面を攻撃することが有効である。

第77師団の作戦として採用するべき方針はどちらでしょうか。

=========

この問題は河川を渡河して行う攻撃の原則についての知識だけで正しく解答することができます。
すなわち、戦術の原則として渡河する地点は敵から遠くになるほど安全であるということです。

渡河攻撃の問題は戦術学では古典的な問題であり、例えばフリードリヒ2世はその著作で「敵前で大河を渡河することは、戦争で最も注意を要する作戦である」と述べています。
このことを踏まえて今回の問題の原案を説明したいと思います。

第77師団の作戦地区と隣接して第82師団の作戦地区がある。
第77師団は当初は南方からSt. Juvinを渡河攻撃していた。
その後、Aire川の南方を渡河して第82師団の作戦地区を通過し、St. Juvinを攻撃した。
第一の案では敵を正面から攻撃する理由について説明していますが、その地点で渡河攻撃を行わざるを得ない事情が特別ないにもかかわらず、敵から最寄の地点で渡河攻撃を行っても成果は期待できません。

別の経路を前進している間にドイツ軍が出撃してくればという危険について考えてみましょう。
防御陣地を捨てて敵がこちらに前進してくる動きがあれば、それは事前に準備した防御陣地を放棄することを意味します。さらにドイツ軍はSt. Juvinを失うことになるため退却することもできなくなってしまいます。

第二の案で着意されていることは、敵から遠くの地点で渡河を完了させ、敵の正面で渡河攻撃を行うことで予想される損害を回避し、かつ敵の側面を攻撃するということです。
敵から可能な限り遠くを渡河するという原則から考えて、こちらの案が正しいと言えます。

史実を見てみると、これら二つの案の両方の特徴を見ることができます。
意外に思われるかもしれませんが、当初アメリカ軍は正面から敵前渡河を試みたためです。

この戦闘の前に第77師団の司令部は作戦計画として地図上の点線で示した矢印に沿って攻撃を実施する予定でした。つまり、敵前渡河を回避して側面から攻撃するという戦術です。

しかし、不幸なことに命令下達の不手際が重なって同師団の第306歩兵連隊は指示された接近経路ではなく、南方からAire川を渡河してSt. Juvinを正面攻撃してしまいました(地図上の中央の実線矢印)。

St. Juvinの南方はAire川まで緩やかな傾斜になっており、ドイツ軍はこの傾斜を利用して多数の機関銃座を配置して陣地防御を準備していました。

そのため10月14日午前から始まった戦闘は午後には膠着状態に陥り、当時の第306連隊の連隊長は攻撃の中止を決定しました。

そこで連隊長は独断で連隊の予備として拘置した部隊をSt. Juvinから遠方の地点で渡河させ、東側からSt. Juvinに展開するドイツ軍の側面を攻撃する命令を発します(右側の屈折した実線矢印)。

この攻撃が成功したことによってアメリカ軍は10月14日にSt. Juvinを攻略することに成功しました。

そもそも師団司令部からの作戦命令がなぜ間違って伝達されたのかという史実関係については資料でも詳細には記述されていないのですが、資料では防御陣地に対して正面攻撃を仕掛ける戦闘がしばらく連続していたため、命令が正しく理解されなかったと説明されています。

KT

参考文献
Infantry Journal. 1939. Infantry in Battle, Washington, DC: Government Printing Office.

2014年11月22日土曜日

論文紹介 いかに作戦を命名するのか


読者の皆様には歴史上の作戦の名前で特に印象深く記憶しているものがあるでしょうか。

作戦を命名するという慣習は戦争についての広報という側面が密接に関係しており、一種の心理作戦の様相も備えています。

今回はそうした観点から作戦の命名について歴史的に考察した論文を紹介します。

文献情報
Sieminski, G. C. 1995. "Art of Naming Operations," Parameters, (Autumn): 81-98.

目次
1.世界大戦における作戦
2.認識形成のための略称使用
3.朝鮮戦争での作戦
4.ベトナム戦争での作戦
5.ポスト・ベトナムの自動化
6.ジャスト・コーズ、それとも無意味なメッセージか?
7.砂漠の盾からシー・エンジェル
8.作戦を命名するためのガイドライン

この論文の主要な特徴は作戦の命名というテーマを歴史的に考察することによって、作戦に付与される名称を適切に選択することの重要性を情報戦略の観点から論じていることです。

著者の調査によれば、軍事史において幕僚が作戦を命名し始めたのは第一次世界大戦からのことであり、特に1916年から1918年という戦争末期の2年間以降のことでした。

当初、ドイツ軍は作戦を秘匿するためにこれを実施していました。しかし、作戦に秘匿名(Code Name)を命名しておくと、過去の作戦の事例を参照する上でも便利であることが判明しました。

また、各部隊の戦闘行動を同時に整合させる作戦術がこの時期に成立したことも関連していると著者は指摘しています。

ただし、当時のドイツ軍では作戦の名称は覚えやすいことが優先されており、あまり印象深さやメッセージ性というものを考慮していませんでした。

例えば1918年の西部戦線における春季攻勢で用いられた作戦の名称は、聖ジョージ作戦、ローランド作戦、マルス作戦などがあり、ヨーロッパの知識人にとってはなじみ深い聖書や神話の固有名詞から選択されていましたが、作戦の内容と直接的に関連付けられた名称というわけではありませんでした。

作戦の名称という問題を情報保全とは全く異なる観点から考察した最初の人物として著者が挙げているのはウィンストン・チャーチルです。
文学の才能も備えた政治家チャーチルは、作戦の名称を考案することについて並々ならぬ熱意を示していたことが紹介されています。
「チャーチルは作戦の秘匿名に魅惑されており、主要な作戦の全ての秘匿名を個人的な判断で選択した。彼は何が適切な作戦名であるかということについて明確な考えを持っていた」
著者が事例として挙げているのは、アメリカ軍によるルーマニアの油田地帯に対する空爆を実施する作戦の事例です。
この作戦には当初、アメリカ軍で「石鹸水作戦(Operation Soapsuds)」という秘匿名が付与されていました。

しかし、チャーチルはイギリス軍の幕僚を通じてアメリカ軍の司令部に圧力を加え、「数多くの勇敢なアメリカ人が危険を冒し、または命を落とす作戦に与えられる名称として不適切である」という理由から「潮浪作戦(Operation Tide Wave)」に変更させたという事例があります。

さらにチャーチルほど頻繁ではなかったようですが、第二次世界大戦におけるドイツ軍の作戦の秘匿名の選択でもしばしばヒトラーが介入した事例があるようです。

しかし、ヒトラーの秘匿名はしばしば作戦の内容それ自体を暴露する問題点があったことが分かっています。
その有名な事例が「アシカ作戦(Operation Sea Lion)」という秘匿名であり、著者はその秘匿名からドイツがイギリスへの侵攻作戦を準備していることが察知された経緯について言及しています。

この点に限定すれば、チャーチルの命名の方が優れていたと言えるかもしれません。

第二次世界大戦以後、チャーチルが持ち込んだ慣習がアメリカ軍でも定着しただけでなく、国民に対する広報の手段として重要であると考えられるようになります。

朝鮮戦争でアメリカ軍を指揮したリッジウェイはサンダーボルト作戦(Operation Thunderbolt)、リッパー作戦(Operation Ripper)などの秘匿名を用いて隷下部隊の士気を高揚させるように着意していました。

しかし、こうした作戦の秘匿名はアメリカ本土での新聞や雑誌で見出しを飾るようにもなったため、キラー作戦(Operation Killer)が実施された時には国民の間で作戦に対するイメージが悪化し、問題となってしまいました。

このような国民に対する軍部の広報という問題はベトナム戦争でも見られました。

マッシャー作戦(Operation Masher)では大規模な掃討作戦が実施されたのですが、この作戦はマスメディアでの注目度が非常に高かったために、当時のジョンソン大統領はこの作戦の秘匿名が暴力的な意味合いが強すぎる考えました。

その結果、この作戦については「ホワイト・ウィング作戦(Operation White Wing)」に訂正させています。
これも国民に対するイメージを重視した結果だと言えます。

最後に、著者は現在、アメリカ軍では作戦の命名規則について国防総省規則5200.1-Rで正式に次の四つを定めていることを紹介しています。
1.意味深い名称にせよ。
2.重要な聴衆を特定して狙いを持たせよ。
3.流行に対して慎重となれ。
4.記憶されやすい名称にせよ。

第二次世界大戦以後の軍事作戦にとって広報という問題がどれだけの重要性を持つようになったかということを、多くの作戦名の事例から明らかにしたことがこの論文の成果と言えます。

KT

追記
本記事は読者の皆様のご希望により作成し、誤字についても指摘を頂きました。読者の皆様に心からのお礼を申し上げます。

2014年11月16日日曜日

論文紹介 全体戦争における兵站の問題


今回は兵站学の研究で基本的な文献の一つと位置づけることができる論文を紹介したいと思います。

論文情報
Millett, J. D. 1945. "Logistics and Modern War," Military Affairs, 9(3): 193-207.

論文では、ウェゲティウス、ナポレオン、クラウゼヴィッツの記述から兵站を考察している箇所を示し、「補給の問題は常にあらゆる軍事作戦の推移に影響を及ぼしてきた」ことが述べられています(Millett 1945: 194)。

著者の見解によれば、兵站の歴史において転機となったのは18世紀末のフランス革命でした。
フランス革命を通じて政治体制が共和制に移行すると、一般徴兵制が導入され、従来に見られない規模の兵員を動員することが政治的に可能となったためです(Ibid 197)。

兵站の歴史にとってもう一つ重要だったのは、産業革命でした。
産業革命を通じて武器の製造に必要な工業が発展し、単に労働生産性が向上しただけでなく、戦闘で有用な武器や装備の生産効率が大幅に向上しました(Ibid 197)。

しかし、著者はこうした諸条件の変化がもたらす影響が顕著に現れたのは、第一次世界大戦であったことを述べています。

なぜなら、第一次世界大戦では人的資源、物的資源を戦争の遂行のために動員する努力が体系的な国家兵站として結び付けられた結果、総力戦、全体戦争と呼ばれる新しい戦争の形態を出現させたためです(Ibid 200)。

そして、近代的な兵站の体系が成立したことこそが第二次世界大戦の様相を準備したということを著者は次のように考察しています。
「第二次世界大戦は軍事力の戦いであると同じように、経済力の戦いであった。戦争の原動力は兵士の身体ではなく、国民の労働であったのである」(Ibid 201)
第二次世界大戦において兵站は戦争の推移に対して決定的な役割を果たしていました。
この主張を裏付けるために著者は当時の兵站に関する教訓を判断しています。

第一に述べられているのは工業の即応体制の重要性です。
軍用機、軍用車両、通信装備、弾薬などの供給の担い手となる民間人は数が限られています。
つまり戦争が勃発してから軍需品のための生産体制を強化するためには労働力を新たに配置して訓練する必要があるということです(Ibid 206)。

第二に、総力戦、全体戦争の下では防衛部門の生産活動とその他の民間部門の生産活動の間には本質的な相違は存在しないということです。
つまり、戦略上の必要に応じて民間の生産力を防衛目的のために再編成する民軍転換が可能でなければならないということが教訓として指摘されています(Ibid: 206)。

第三に、補給物資は的確に輸送されなければ役立てることができないということが教訓として重要であると指摘されています。
第二次世界大戦の経験により、後方から前線に物資を輸送する方法の適否が作戦の推移に影響を与えることが述べられています(Ibid 207)。

第四に、前述の教訓と関連して、アメリカの防衛は海外における輸送活動のための施設に依存しているということが考えられています。
この教訓はノルマンディーでの着上陸作戦でイギリスが果たした兵站上の拠点としての役割から認められることを著者は強調しています(Ibid 207)。

第五に、海外での軍事作戦はやはり鉄道、車両、パイプライン、補給処などを組み合わせた兵站支援の手段を欠くことができず、兵站の役割は時間と空間の制約から部隊の運動を可能な限り自由にすることであると考察されています(Ibid 2007)。

これは1945年に発表された論文ですので、十分な第二次世界大戦の史実的な考察に基づいているものではないのですが、兵站学の視座から近代的な全体戦争の様相に歴史的考察を加えた研究として位置づけることができます。

特に興味深いのは全体戦争での兵站にとって軍事兵站と国民経済に区別を設けることはできないという指摘であり、これはその後の兵站学の研究でも受け継がれる観点です。

近年、日本でも武器輸出や防衛産業の在り方について国民的な議論がありますが、こうした論点について考える上でも兵站学の研究には重要な価値があると思われます。

KT

2014年11月12日水曜日

分かると楽しい部隊符号


軍事学の書籍や論文を読んでいると、作戦の状況を図示した地図の中に判読できない記号があることはないでしょうか。

元来、地図とは地表面上の地形地物の相対的な位置関係や形状などの特徴を縮尺、記号化したものですので、多かれ少なかれ記号は用いられているものです。
しかし、軍事学では一般的な地図記号とは別に軍事作戦に関連する情報を図時するための部隊符号というものを使います。

今回は部隊符号の読み方の基礎とその種類についていくつか紹介したいと思います。

部隊符号とは一般に符号、記号、数字、色彩を組み合わせて部隊、装備、施設、行動を表示するものと定義することができます。

部隊符号と言っても、時代や地域によって形式が異なっているのですが、ここではNATOが定める部隊符号をAPP-6Aの内容に沿って説明したいと思います。

まず陸海空軍の各部隊を表す基本符号に以下のものがあります。

左から順に、航空部隊・地上部隊・地上装備・海上部隊・潜航部隊の意味
この区分を応用して味方を青色、敵を赤色、中立勢力を緑、敵味方不明を黄色で区別すると次のような分類になります。

左から順に、敵味方不明の航空部隊、味方の航空部隊、中立の航空部隊、敵の航空部隊
左から順に、敵味方不明の海上部隊、味方の海上部隊、中立の海上部隊、敵の海上部隊
左から順に、敵味方不明の潜水部隊、味方の潜水部隊、中立の潜水部隊、敵の潜水部隊
左から順に、敵味方不明の地上部隊、味方の地上部隊、中立の地上部隊、敵の地上部
色で識別すると分かりやすいのですが、形も若干変化しているのが分かると思います。
ここでは着色した符号で紹介していますが、フリーハンドで地図に記入する際には色を使い分けて線だけで表して下さい。

さらに部隊の規模を表す符号は次の通りになります。
陸上部隊の編成に沿って上から順に組、班、分隊、小隊、中隊、大隊、連隊/団、
旅団、師団、軍団、軍、軍集団、方面軍と規模が大きくなっていきます
例えば、味方の歩兵師団、中立勢力の歩兵師団、敵対勢力の歩兵師団をそれぞれ部隊符号で表すと次のようになります。
(歩兵という職種は基本符号の中の×で表すことができます)
左から順に、味方の歩兵師団、中立の歩兵師団、敵の歩兵師団
もちろん、陸軍の部隊だけではなく、海軍や空軍についても同じような符号があります。
例えば戦闘機を図上に表記したい場合には航空部隊を意味する符号の中にFと記入すると、その意味になります。
左から順に、敵味方不明の戦闘機、味方の戦闘機、中立の戦闘機、敵の戦闘機
ちなみに爆撃機はB、訓練機はT、攻撃機はA、輸送機はCと記入すれば良いので簡単に読むことができます。

海上部隊についても同じ要領で記入することができます。
例えば巡洋艦の存在を記入する場合には次のように記入します。

左から順に、敵味方不明の巡洋艦、味方の巡洋艦、中立の巡洋艦、敵の巡洋艦
戦艦の場合はBB、駆逐艦ならDD、フリゲートはFFというように重ねて記入する覚える際のポイントですが、これも難しく考える必要はありません。
ちなみに航空母艦と潜水艦ですが、これは記号で記入されます。
左から順に、敵味方不明の空母、味方の空母、中立の空母、敵の空母
左から順に、敵味方不明の潜水艦、味方の潜水艦、中立の潜水艦、敵の潜水艦

また複数の艦艇が集まって作戦行動をしている場合には次のように表記されます。
左から敵味方不明の海上部隊、味方の海上部隊、中立の海上部隊、敵の海上部隊
ちなみに海上部隊についてですが、任務部隊(Task Force)または任務群(Task Group)であることが分かっているならば、下にTFまたはTGと記入して識別します。

これらは部隊が存在していることを示す部隊符号ばかりですが、戦闘行動を表すものとして例えば次のようなものがあります。
部隊の陣地の中でも最も前面に位置している最前線の意味
特定の地域を部隊によって占領していることを表している
特定の地域を複数の部隊によって占領していることを表している
地上戦闘で上の矢印が助攻、下の矢印が主攻を表している
まだこれらはほんの一部なのですが、この程度の例示で留めておきたいと思います。

要望があれば、また部隊符号については少しずつ紹介していければと思います。専門的に研究してみようと思われる方は下記の文献からぜひAPP-64に触れてみて下さい。

KT

参考文献
U.S. Department of Defense. 2007. Common Warfighting Symbology, Washington, D.C.: Government Printing Office.

2014年11月9日日曜日

論文紹介 中国軍は台湾海峡を渡ることができるか

国際関係論から見れば中国と台湾の勢力関係が明らかに不均衡な状態にあることが知られています。
しかし、純粋に戦略的な観点から見れば、中国が簡単に台湾の防衛を破って侵攻することは困難であるということも指摘されています。

今回は、中国の立場で台湾を侵攻する場合に予想される状況を分析した論文を紹介したいと思います。

論文紹介
O'Hanlon, M. 2000. "Why China Cannot Conquer Taiwan," International Security, 25(2): 51-86.

この論文の著者が主に主張していることは、アメリカが介入しない場合ですら、中国が台湾に侵攻してこれを占領に至らしめることは、軍事的に極めて困難であるということです。

この論文の出発点にあるのは水陸両用作戦、特に着上陸での強襲を成功させるために必要な戦略の要件です。
着上陸で攻撃者が満たすべき戦略上の要件には三つあり、著者は航空優勢、作戦の序盤における上陸地点での火力、兵員の優勢、作戦の終盤における増援進出と戦果拡張を挙げています。

したがって、中国が台湾を侵攻する場合、これら三つの条件を満たす軍事的能力を備えていなければならないということになります。

中国軍が航空優勢をどの程度まで確保できるかは、台湾の空軍基地をミサイルや航空機による攻撃で破壊できる度合いによって変化します。
著者がここで着目しているのは中国軍の航空部隊と台湾軍の防空能力です。
「たとえ中国の攻撃機の大部分が秘密裏に台湾の戦闘地域に進入することができたとしても、台湾軍の37隻の水上艦艇と59隻の沿岸警備艦艇だけではなく、相当の数を台湾の防空施設と指揮統制施設のために用いなければならないことが予想される」(O'Hanlon 2000: 58)
また著者は中国軍はこれまで200~300回/1日以上の航空作戦を遂行した経験が欠如していることも指摘しています(Ibid: 58)。

さらに台湾軍の滑走路を攻撃する際に使用する爆弾は誘導性能に問題があるため、攻撃機は目標に対して低空で進入し、防空ミサイルにより撃墜される危険が非常に大きいということも損害の拡大に繋がると予想されます(Ibid: 59)。

このような条件であっても、最初の攻撃であれば奇襲の効果も得られる可能性がありますが、着上陸作戦を支援するために必要な航空優勢を確保することは困難であると言えます。

次に中国軍が着上陸する能力について考察すると、ここでも問題が見出せます。

中国は部隊の揚陸のために使用することができる艦艇はおよそ70隻程度だとして、それで輸送することが可能な部隊を10,000名から15,000名の要員とその武器装備、400両の車両、さらにヘリコプターで空輸される部隊を6,000名と見積れば、合計で最大21,000名程度となります(Ibid: 62)。

一方、中国軍を迎え撃つ台湾軍の勢力はおよそ240,000名です。
上陸がしかけられる台湾の海岸線がおよそ1,500キロなので、1キロの海岸線に対して配備することが可能な部隊の規模は単純計算で1,000名を若干下回る程度ということになります(Ibid: 63)。

着上陸作戦が開始されてから中国軍が直ちに戦闘に投入することができる部隊はおよそ8,000名ですが、その後も輸送力に何の損害も受けないと非現実的に想定しても本土から到着する増援の規模は8,000名/1日の速度が限界です。
しかし、台湾軍は50,000名/1日の速度で増援を強化することが可能です(Ibid: 68)。

ただし、中国軍が水陸両用作戦と空挺作戦を同時に行うならば、理論上は10,000名/1日の速度で増援を送り込む可能性も指摘されています(Ibid: 72)。

空挺作戦と水陸両用作戦を組み合わせる作戦は有効ではありますが、台湾軍は後方地域の防衛のために100,000名の大規模な部隊を配備する能力があるため、空挺部隊が降下してから再編成するまでの間に撃滅される危険があります(Ibid: 73)。

この論文の結論で著者が主張していることは中国軍の能力で台湾海峡を渡って侵攻することは極めて困難であり、台湾軍にはその国土の特性に応じた防衛体制が準備されていることです。

中国軍には海域を渡って他国の領土を侵攻する能力に複数の問題があるだけでなく、台湾軍の防衛能力は中国軍の侵攻に対処できるだけの量的、質的な優位性があると考えられるのです。

KT

2014年11月5日水曜日

戦争で表面化する同盟国間の軋轢


二カ国以上が共同して実施する作戦のことを連合作戦と言います。
連合作戦には他の作戦とは異なる原則がいくつかありますが、一般に同盟国の間での利害の不一致によって上手く遂行することが困難であることが知られています。

今回は、平時においては一見すると上手くいっている同盟国でも、戦時になればたちまち軋轢が生まれて連携が失われることを説明したいと思います。

この分野の研究では数理的モデルが非常に発達しているのですが、ここでは数学を一切用いずに二つの問題を直感的に考察してみたいと思います。

一般に同盟国とは脅威を共有しているのだから、防衛活動で得られる利益も競合的ではないと考えられています。
しかし、防衛活動に伴う負担を考えてみるとどうなるでしょうか。

大国と小国が同盟関係を締結している場合、負担する防衛費は大国のほうが大きくなります。
つまり、大国は小国の安全保障に必要な負担を肩代わりする関係となります。
基本的に財政支出で占める防衛費の割合が増大すると、民間で出回る資金が減少して投資が抑制される関係にあります。

つまり、大国は小国よりも防衛費の面で大きな負担を引き受けているだけでなく、経済成長の可能性をも犠牲にしているということが言えます。
例えば北大西洋条約機構のような大国と中小国の連合体で構成された同盟については、こうした傾向が確認されています(Olson and Zeckhauser 1966)。

同一の脅威に直面する同盟国の間でも、非対称な利害があるということが分かります。

このような同盟国間の国益の不一致という考えをさらに発展させると、戦時では特に軍事的理由から同盟国で国益の相違が明確になることも分かります。

ある研究では軍隊の基本的な機能を三つに区分しています。
・抑止の効果
・防衛と損害の最小化
・それ以外の各国に特有の目標の達成

ここで重要なのは上の二つの効果です。抑止は平時における軍隊の効果であり、防衛は戦時における軍隊の効果です。これまでの同盟の議論は平時を前提にしていましたが、ここでは戦時を前提に考えてみます。

戦争が勃発すると戦力を配分する地域について同盟国の間で重視する地域が異なってきます。
例えば、第一次世界大戦でオーストリアはセルビアに対する攻撃のためにロシアの脅威を非常に重視していましたが、同盟国のドイツはロシアの脅威に対処する前にフランスの脅威を排除することが戦争計画として優先事項とされていたのです。

ここで生じているのは同盟国の間での部隊の取り合いであり、これは戦時にならなければ表面化しない事態です(van Ypersele de Strihou 1967)。

このような研究成果は日本の安全保障にとって何を意味しているのでしょうか。

私たちは同盟についての直感的な考え方から日米同盟が日本の思惑通りに機能し、アメリカが裏切ることはありえないと考えてしまいがちです。

しかし、同盟理論の研究者たちが指摘しているのは同盟とはそのような性質のものではないということです。

アメリカが日本のために部隊を派遣することがあったとしても、作戦の方針が消極的であったり、部隊の規模が小さすぎるような事態も予期しなければなりません。
今後のアメリカの国内情勢の推移によっては、この種の見通しがさらに強化されることさえありえます。

したがって、日本が独自に防衛戦略を研究しておくことは依然として重要なことだと言えるのです。

KT

参考文献
Olson, M., and Zeckhauser, R. 1966. "An Economic Theory of Alliances," Review of Economics and Statistics, 48(3): 266-279.
van Ypersele de Strihou, J. 1967. "Sharing the Defence Burden Among Western Allies," Review of Economics and Statistics, 49(4): 527-536.