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2015年7月28日火曜日

基本戦術と応用戦術の区分とその意義


戦術とは戦闘で部隊を運用するための技術であり、また科学でもあります。
軍隊の教育、特に士官の教育において重要な課題の一つは、この戦術をいかに教育することが適切であるのかというものです。

今回は、この論点に関して考察を加えたバルク(William Balck)の研究を紹介したいと思います。

もともと戦術の教授法については二つの考え方が議論されていました。一つは演繹的思考を重視する立場であり、これは戦術の原則を示した上で、数理的、理論的アプローチに沿って論理的に戦術を検討させるものです。
これは非常に堅実な教授法に見えるのですが、教官と学生の才能によって教育効果に大きな相違が見られるという欠点があったことが指摘されています(Balck 1915: 10)。

そこで、もう一つは機能的思考を重視する立場が重要な意味を持つと指摘されます。
これは戦史の事例を示した上で、歴史的、実証的アプローチから戦術を考察させる特徴がありました(Balck 1915: 11)。問題は、これらをどのように組み合わせて教育すべきかという点です。

バルクはこの問題について戦術学の授業では基本戦術(formal tactics)と応用戦術(applied tactics)の二種類の学問に区分して考えるのが良いとして、次のように説明しています。
「1.基本戦術とは、教練規則を取り扱う。戦術のこの部分は集結、行進、戦闘の際における部隊によってとられる陣形を構成し、他の職種との協同、地形の効果を考慮に入れない単独行動をとる部隊の戦闘において実行される規則を包括している」(Balck 1915: 12)
「2.応用戦術とは、行進、宿営、戦闘において複数の職種の部隊による協働連携を取扱い、野戦における地形、季節、時間の影響をも考慮に入れる」(Balck: 1915: 12)
ここで興味深いのは、戦術を学ぶための導入である基本戦術として「教練」が位置付けられている部分であり、各種状況を想定した戦術はすべて応用戦術として教育されるべきとされています。

教練にもさまざまな種類があり、各個の教練と部隊教練などに分類されることもありますが、いずれにせよ戦術学で研究されるべきというイメージはないかもしれません。
無論、バルクは教練それ自体が戦術であると考えたわけではありませんでした(Balck 1915: 15)。
教練というものは軍隊において不動の規則であり、あらゆる部隊行動の基本となる標準的な動作、隊形、運動などを一律に定めるものに他なりません。

それでは、戦術の基礎として基本戦術を区分し、教練規則を詳細に研究することが戦術家としての能力の基礎を養うことに果たして寄与するのかという疑問が提起されるでしょう。

バルクによれば、近代的な戦争における戦術の特徴は、非定型的ではないということです。
言い換えれば、戦場で士官が直面する問題が教範で教えられた戦術の知識で解決できるものばかりとは限りません。そうした状況においては士官が自らの創造性を発揮して、独自の解決を図ることが不可欠です。

バルクは、そのような場面では教練に基づく定型化された戦術の知識が役立つと考えました(Balck 1915: 16)。というのも、基本戦術で示された部隊行動の組み合わせを現場の状況に応じて修正することにより、あらゆる種類の応用戦術を指示することが可能になるためです。

ここで先ほど述べた戦術の演繹的アプローチと帰納的アプローチの総合が効果を発揮します。
基本戦術はいわば演繹的アプローチで考察される戦術であり、応用戦術は状況の特性に応じて基本戦術を組み合わせる戦術です。バルクが基本戦術として教練を教育することの重要性を強調した理由は、まさにこの点にありました。
「心理的要素の真価を適切に認めない戦術の教義は、無意味な衒学に陥る」(Balck 1915: 16)。
ここでのバルクの言葉が示唆しているように、戦術家にとって最も重要なことは理論が実践と結び付くことに他なりません。
基本戦術と応用戦術の区分は、戦術の科学的理解と技術的理解の両方が重要であることを、よく示唆していると思います。

KT

参考文献
Balck, W. 1915. Tactics, Vol. 2. W. Kruger, trans. Fort Leavenworth: U.S. Cavalry Association.

2015年7月24日金曜日

徴兵制と志願制、どちらを採用すべきか


軍事力を構成する有形無形の資源を調達する方法を選択することは、軍事行政の基本問題の一つです。
今回は、人的資源を獲得する上で重要な兵役制度に注目し、これを徴兵制と志願制に区分した上で、それぞれにどのようなメリットとデメリットがあるのかを説明してみたいと思います。

まず徴兵制の特徴は人的資源を安定的に獲得する機能に優れた兵役であるということです。
これは戦争が極めて長期化している状況において重要な意味を持っています。前線で発生する人的損失を回復する能力が国家として優れていれば、長期間にわたって持久戦を遂行することが可能です。

しかし、若年労働者を徴兵することによって、労働市場での供給が縮小し、企業は生産力を拡充する際に必要な新規人材を獲得するための費用が増大してしまいます。これは経済成長を阻害する要因として作用します。

さらに徴兵制の大きな問題となるのは、登録、選抜、訓練など徴兵業務に関連する管理費用が肥大化する傾向があることです。これは、武器や装備の近代化に投下できる軍事予算が相対的に減少してしまうことを意味しています(Fisher 1969; Oi 1967)。
そうなると、軍隊の組織構造として一人あたりに投下できる武器や装備の量または質を低下させなければなりません(Hansen and Weisbrod; Fisher 1969)。

したがって、徴兵制が望ましいかどうかは、その国家が採用する軍事教義の内容によって異なると思われます。
ここでは、大規模な陸上戦力により長大な戦線を長期間にわたって維持し、かつ人海戦術のような戦闘の方式をとるのであれば、徴兵制は重要な選択肢である、とだけ述べておきます。

次に志願制の特徴に移ると、この制度では各労働者が自己の選択として兵役に就くものであるため、管理業務に要する費用の肥大化を抑制する効果があります。

軍隊が戦闘を遂行する上で武器や装備に依拠する比率を高めることになれば、次々と大量の新兵に短期的な教育訓練を実施していくよりも、少数の新兵により専門的な教育訓練を実施し、また可能な限り昇進させようとする傾向がもたらされます。
そのため、志願制は人数が少数であったとしても、高度な専門技術を持つ部隊を強化したい場合には有用な兵役制度であるということが言えます。

しかし、志願制の問題は、軍隊が企業と労働条件において競合しなければならないことです(Altman and Barro 1971)。
優れた人材を獲得するためには、平均的な民間所得よりも高い給与が誘因として必要となりますが、どれだけの応募者が出てくるかは景気の状況によって常に変化しています(Fisher 1969; Oi 1967)。
一般に景気が改善すると、企業は採用を強化するので軍隊の募集業務は厳しさを増しますが、反対に契機が悪化して企業が採用に慎重になると、軍隊の募集業務の成績は改善される傾向があります。

志願制で部隊に必要な能力を持つ人的資源を獲得できるかどうかは、経済状況という不確定な要素によって影響を受けざるをえません。
それでも、志願制は少数の専門技術を持つ兵士で部隊を強化したい場合には有効であると考えられます。

軍事行政は軍事と民間の両方の領域にまたがって資源を再配分する複雑な活動ですが、あえて要約すれば、軍事行政の観点から徴兵制と志願制にはそれぞれに利害得失があると言えるでしょう。
もし軍事力の規模だけに限定して見れば、徴兵制は志願制よりも優れていると言えます。しかし、軍事力の効率という問題から見れば、志願制は徴兵制よりも優れているのです(Leigh and Berney 1971)。

結局のところ、兵役制度は他の安全保障の問題と切り離して議論することができないテーマです。どの程度の兵員が必要なのか、どのような武器を配備するのか、どのような戦略、作戦、戦術を準備するのか、こうした認識の上においてはじめて兵役制度の適否を判断することができるようになるのです。

KT

参考文献
Altman, S. F. and Barro, R. J. 1971. "The Supply of Military Personnel in the Absence of the Draft," American Economic Review, Papers and Proceedings, 57(2): 19-31.
Fisher, A. C. 1969. "The Cost of Draft and the Cost of Ending the Draft," American Economic Review, 59(3): 239-54.
Hansen, L. and Weisbrod, B. A. 1967. "The Economics of the Military Draft," Quarterly Journal of Economics, 81(3): 395-421.
Leigh, D. E. and Berney, R. E. 1971. "The Distribution of Hostile Casualties in Draft-Eligible Males with Differing Socio-Economic Characteristics," Social Science Quarterly, 51(4): 932-40.
Oi, W. Y. 1967. "The Economic Cost of the Draft," American Economic Review, 57(2): 59-62.

2015年7月22日水曜日

領土拡張のための「成長尖端」


今回は、地政学の用語の一つ、成長尖端(Wachstumsspitzen)についての説明を取り上げたいと思います。
国家は対外的にその領土を拡張するための予備的段階として、ごく小規模な地域を獲得しておくことがあります。
これは政治学、特に地政学の分野で、成長尖端と呼ばれることがある地域です。

ハウスホーファーは成長尖端を分類することができると考えており、その分類は次の通りとされています。
(1)消滅した成長尖端
(2)後退しつつある成長尖端
(3)潜在的になった成長尖端
(4)徐徐として増大しつつある成長尖端
(5)迅速に増大しつつある成長尖端(飯本、1929年、48-49頁)

この分類の基礎は、領土を拡張しようとする国家がその成長尖端を重要視する度合いである、と言えるかもしれません。
つまり、政治的関心が消滅した成長尖端が一方にあれば、他方で極めて強い関心を示して国力を投下してくる成長尖端もあり、時間の経過によって力点は地理的に変化しうることが前提とされています。

成長尖端は前方基地の建設や部隊の進駐のように軍事的な形態として出現する場合もありますが、必ずしも軍事的手段だけによる領土の拡張だけを指すわけではありません。
例えば、未開の地域における植民市の建設と自民族の移住、宗教、言語、文化の普及、さらには現地における自国資本による経済的活動の掩護なども、こうした成長尖端を構成しうる活動です。

どのような形態をとるとしても、成長尖端それ自体は極めて狭隘な土地であり、それ自体が直ちに領土の拡張を可能にするというわけではありません。
成長尖端はあくまでも本格的な領土の拡張を行うための予備的な段階として形成されるに過ぎず、国家の対外政策としてそれ以上の領土拡張が困難と判断されたならば、放棄されてしまう可能性もあります。

さらに、成長尖端の歴史的事例をいくつか示しておきたいと思います。
1453年、オスマン帝国の皇帝メフメト二世はビザンティン帝国の首都であったコンスタンティノープルをついに陥落させました。
メフメト二世はこの都市の重要性を認めて政府機関をすべて移転させており、バルカン半島に軍隊を前進させるための橋頭保として活用しています。その後、バルカン半島は北のハプスブルク家と南のオスマン帝国によって分割され、長期にわたり独立を失うことになりました。

1819年、イギリス東インド会社の書記官だったトーマス・ラッフルズはマレー半島を領有するジョホール王国からシンガプーラ島に商館を建設することを許可され、1824年には同国から正式に割譲されました。
これがその後のイギリスの東南アジア地域における最大の拠点シンガポールとなり、アジア進出の重要な足がかりとなっています。

このように、僅かな土地を足掛かりとして確保しておくことは、その後の勢力圏の拡張を円滑にする上で役立ちます。
もしも国家の勢力が相対的に劣勢であったとしても、成長尖端は極めて小規模な土地であるため、支配を維持するための費用は小さく済ませることができます。
自国の国力を回復し、他国に対して優勢な状況となってから、行動を起こすまで様子を見ることができるので、優れた領土拡張政策と言えます。

これらの判断を逆の立場から考えると、膨張主義の国家による領土拡張を効果的に封じ込めるためには、まず相手国に成長尖端となる土地を決して獲得させないことが重要であると言えます。
成長尖端には、現状維持を試みる国家の防衛線を突破するための小さな間隙としての機能があるのですから、支配している土地の面積が小さくとも、その土地を支配することの政治的、戦略的な意味までもが小さいと誤解してはなりません。

参考文献
飯本信之『政治地理学』改造社、1929年

2015年7月19日日曜日

マキアヴェッリの政治理論における都市の問題

ローマ帝国の首都ローマの中心フォルム・ロマヌム遺跡。
今まさに国家を樹立しようとしている時、指導者が最初に考えるべきは国家の首都たる都市の問題です。
今回、近世の政治哲学者として有名なニッコロ・マキアヴェッリが、この問題についてどのような考察を書き残しているかを紹介したいと思います。

多くの国家の歴史は首都が置かれることによって始まっています。
都市がなければ、その領土を開発して住民を養うことも、またその住民を防衛するための部隊を駐留させることもできません。都市は国家の領土の中でも中心的な役割を果たしています。
(なお、遊牧国家の場合については別の記事で説明したいと思います)

マキアヴェッリはローマ帝国の研究を通じて、その偉大な政治史が都市の起源と深く結びついており、その都市が適切に成長できるかどうかは指導者の政治的手腕によるところが大であると考えていました。
しかし、マキアヴェッリはどのようにしてその指導者の手腕を評価するのでしょうか。
「都市の立地」と「法律の整備」の二点からその指導者の力量がうかがい知れると彼は論じています。

興味深いことにマキアヴェッリは建設する都市の立地を選択する場合、必ずしも不毛な大地が悪いとは限らないと述べています。
なぜかというと、そのような都市に住む人民は生きるために勤勉さと団結を強化しなければならなくなるためです。
それゆえ、国内で政治的な不和や分裂が起こることが稀となるため、もしも指導者が他国を征服する野望がないのであれば、このような立地は統治のしやすいさという意味から言えば、賢明な選択でありうるのです。

同時に、マキアヴェッリはこのような都市は他国から進攻を受ける対象とはなりにくい場所、つまり険しく厳しい立地であることが大前提である、と明言しています。
もしも他国との戦争が避けられない地域に都市を建設するのであれば、都市として戦争に備え、戦力を整えるために、より豊かな土地(例えば河川や海岸に面した平野)に都市を建設せよと指示しています。

しかし、このような立地だと都市の住民は土地の豊かさによって労働を軽んじる怠惰な気風が生まれてしまう危険が指摘されます。
それは結果として都市を防衛すべき兵士の精神、防衛意識を損ねてしまうことにも繋がるため、指導者としては賢明な立法措置によって、厳しく住民を指導しなければならないとマキアヴェッリは考えました。
「法律の規制によって、豊かさがもたらす悪影響を防ぐことができるときのにみ、豊かな地域を選んで都市をつくるのが賢いやり方だと言いたい」
マキアヴェッリはローマがその都市を成長させ、一大帝国にまで発展した最大の要因は、豊かな土地に都市を建設し、しかもそれを厳格な法令に基づいて指導することにより、人民の勤勉さや公共の団結を適切に保持したことであると考えたのです。

生活水準の向上が結果として住民の勤労意欲や団結心を低下させうるかどうか、という論点に関しては議論の余地があると思いますが、マキアヴェッリの都市論は一種の極小国家統治論とも言えるものであり、その立地をめぐる議論を取り上げてみても彼の理想とする興味深い国家像が如実に反映されていることが分かります。

KT

参考文献
マキアヴェリ「政略論 ティトゥス・リウィウス『ローマ史』に基づく論考」『世界の名著マキアヴェリ』会田雄次訳、中央公論社、1966年。特に第一章「都市の起源について」を参照。

2015年7月15日水曜日

論文紹介 図上研究で考える潜水艦の戦術


潜水艦の戦術は秘匿されている部分が少なくないため、国内外の文献を研究しても知りうるところは限られています。
しかし、すべての研究が秘匿されているわけではありません。その興味深い内容について知ることができる研究成果も一部には存在しています。

今回は、秘密が多い潜水艦の戦術を取り上げた研究論文を紹介してみたいと思います。
こうした研究を通じて、戦術的な観点から潜水艦の興味深い戦闘能力について考えるきっかけになればと思います。

論文情報
Bakos, George K. 1995. "Submarine Approach and Attack Tactics: Simulation and Analysis," Master's Thesis, Naval Postgraduate School, Monterey California.

この論文の目的は、米海軍として通常動力型の潜水艦の戦術を研究することにあります。
特に著者は、ある哨戒区域に進入してきた敵の水上艦艇を魚雷で効果的に撃沈するための戦術を解明することに焦点を絞っています。

この論文では目標運動解析(target motion analysis)とモンテカルロ法という乱数を組み合わせたシミュレーションによって、それぞれの戦術の成功率を導き出しているのですが、ここでは紙面の都合から方法論的な説明は割愛します。

まず、潜水艦の戦術では次の二点が問題となります。第一に、水上艦艇による反撃を回避するために、潜水艦はその存在を決して敵に探知される距離まで接近してはいけません。

第二に、潜水艦は目標の動きを基本的にパッシブ・ソナーで判断し、予想される敵の針路を考慮しながら自艦の速力や針路、魚雷を発射する位置などを選択しなければなりません。
これらの考慮事項を図上に表現することで、潜水艦が選択可能な戦術の特性を考えることができるようになります。
左下の潜水艦と左上の攻撃目標との位置関係を示す三角形。
海上戦闘では彼我の未来位置を判断することが極めて重要な問題である。
この図では、潜水艦がどの未来位置で相手に魚雷を命中させるかが図示されている。
(Bakos 1995: 13)より引用。
この研究では著者は、潜水艦の戦術を最も一般的に四種類の機動に分類することで整理しています。
第一の戦術では探知した攻撃目標の将来位置を判断し、そこに針路を向けておくことで、敵が自艦の前方に進出してくるように機動する戦術です。
(Bakos 1995: 24)より引用。
この戦術の利点は潜水艦が最も効果的に攻撃目標に接近することが可能であるということであり、攻撃目標を確実に魚雷を命中させることが期待されます(Bakos 1995: 24)。
ただし、このように機動すると次の攻撃段階に移ることが難しくなるという欠点はあります。

シミュレーションの結果によると、攻撃目標の速力が低速な10ノットであり、潜水艦の速力が8ノットであれば、攻撃の成功率は80%に達しており極めて高い水準にあります。しかし、攻撃目標の速力が18ノット以上の場合、攻撃の成功率は50パーセントを下回ってしまいます(Bakos 1995: 25-26)。

二つ目の戦術は、先ほどの戦術とは異なり、目標を探知してもすぐに目標の未来位置に向けて自艦の針路を変更することはしないのが特徴です。
つまり、最初に探知した攻撃目標の位置に向けて進み、敵をほぼ背後から雷撃する戦術です。
(Bakos 1995: 28)より引用。
この戦術の最大の利点は、敵から反撃を受けにくいということです。しかし、攻撃目標の速力によっては相手が魚雷の射程から離脱してしまう危険はあります。

シミュレーションの結果を見ても、攻撃目標の速力が24ノット以上の場合、この戦術の成功率は10%以下にまで落ち込みます。成功率の最大値は攻撃目標が16ノットから18ノットで航行している場合の65%と報告されています(Bakos 1995: 29-30)。
(Bakos 1995: 32)より引用。
第三の戦術は、より複雑な方法で目標を雷撃するものです。これは第二の段階まで第一の戦術と類似していますが、魚雷を発射した後に再び変針して後続の敵の艦船に針路を向ける戦術です。

このような戦術であれば、攻撃目標が魚雷の射程から離脱する危険は最小限度に抑制されますが、やはり次の攻撃に移ることが難しいなどの不利があります。
分析結果を評価すると、攻撃の最高成功率は攻撃目標が14のノットから16ノットを選択している場合の60%程度です。

最後の戦術は、目標を最初に探知した後も針路を保持する点では第二の戦術と類似しますが、第三の段階で針路を攻撃目標の現在地に向ける点で大きく異なっています。
(Bakos 1995: 36)より引用。
シミュレーション結果を見れば、この戦術はこれまで比較してきた戦術で最も低い成功率しか得られないことが分かっています。最も理想的な状況として攻撃目標が12ノットを選択している状況でも30%強の成功率しか得られません(Bakos 1995: 35-39)。

以上の分析結果から、それぞれの戦術に特徴があり、彼我の速力によって成功率が変化するものの、最も高い成功率が期待されるのは、第一の戦術であることが確認されました。

ただし、ここで述べた研究は仮想の状況に基づく分析であり、実際のデータを用いた研究成果については一般に公開されていません。
これはあくまでも特定的な状況を想定した兵棋演習の一種である点には注意しなければなりません。それでも、現代の海上作戦で重要な役割を果たしている潜水艦の戦術の一端を示すものとして、興味深い分析だと思います。

KT

2015年7月12日日曜日

論文紹介 東アジア地域の安定と日本の島嶼防衛


米国では中国を抑止する戦略に関する研究報告が活発であり、全般としてまだ理論的分析の段階ではありますが、中国が海洋に進出するための戦力増強を進める事態に対してどのような戦略で対抗すべきかが考察されています。

これまでにはエアシー・バトル(AirSea Battle)という名称の下で、米国が持つ優勢な航空戦力と海上戦力の役割が強調されることが多かったのですが、最近では島嶼に陸上戦力を配備することの重要性が認識されるようになりつつあります。
今回は、そうした議論でも特に日本の島嶼防衛との関係が深い部分を取り上げてみたいと思います。

文献情報
Yoshihara, Toshi, and James R. Holmes, James R. 2012. "Asymmetric Warfare, American
Style," Proceedings, Vol. 138/4/1310: 25-29.(邦訳「アメリカ流非対称戦争」石原敬浩訳『海幹校戦略研究』2012年5月(2・1増)、112-120頁)

この研究は中国が海洋へ勢力を進出させる動きに対して、米国として採用すべき戦略を考察したものであり、既に日本の防衛戦略との関連で検討が進められている研究の一つでもありますが、今回は台湾有事に関する分析を中心に一部の内容を紹介しましょう。

中国がもし台湾に対する作戦を開始するとすれば、台湾の西岸に攻勢を仕掛けるだけでは十分ではありません。
なぜなら、西太平洋から台湾に外部から物資、武器、人員が搬入される事態を防止するために、台湾の東岸に対しても海上戦力を進出させなければならないためです。
このことは、中国として南西諸島の狭隘な海峡を確保する必要が出てくることを意味します。

そのため、南西方面において日本が島嶼防衛の能力を向上させることは、日本の防衛のみならず、台湾に対する中国の攻撃を抑制する上でも有効であることを著者は指摘しています。
「(南西方面の)島嶼部に接近阻止、地域拒否の部隊を展開することによって、日本と米国の守備隊は中国の水上艦艇、潜水艦部隊、および航空部隊が太平洋の公海へ向かう重要な出入口を封鎖することが可能である」
これと類似の理由により、フィリピンのルソン島も戦略的に重要な役割を果たすことが論じられています。具体的には台湾とフィリピンの中間に存在するルソン海峡で中国の海上戦力が通過することを阻止するためには、最寄のルソン島北部に地対艦ミサイルを配備することが有効なためです。

戦略的な価値のある海上交通路に近接する島嶼部をミサイル部隊によって守備する取り組みが、日本だけでなくフィリピンなどでも成功すれば、中国海軍は台湾有事に踏み切って攻撃を開始しても、思うように西太平洋海域に進出することができなくなってしまいます。
それだけでなく、自国の海上戦力が第一列島線の内側に閉じ込められることになり、西太平洋を自由に移動することが可能な米国の海上戦力に対して極めて不利な態勢で戦わなければならなくなります。

著者は、以上の理由から、アジアの同盟国、友好国との連携を拡大することが米国にとって極めて重要であることを強調しています。

このような分析で興味深い点は、日本の島嶼防衛が日本だけでなく東アジア地域の全体的な戦略的均衡に重大な影響を及ぼしうる可能性が明らかにされている点です。
裏返して考えれば中国の海洋進出に対抗する上で、日本の防衛戦略を日本だけの都合で考えることは中国の攻撃を抑止する上で危険を伴っていることをも示唆しています。

KT

過去の関連記事
文献紹介 太平洋軍の思惑と日本の戦略

2015年7月11日土曜日

戦術家のための地形知識


戦術上の状況判断には地形判断というものがあり、これは作戦を実施する地域の地形の特性がどのようなものであるかを評価することを言います。
今回は、地形判断に役立つ知識を概括した上で紹介してみたいと思います。特に陸上戦闘の研究を進めるための基礎知識として役立つと思います。

まず、地形と一言で言っても、平地、渓谷、丘陵、河川、稜線、山頂などさまざまな形態がありますが、基本的に地形は三種類に区別することができます。

第一に、相対的に水平な地形である平野(plain)、台地(plateau)、メサ頂上(mesa top)、ビュート頂上(butte top)があります。
第二に、上方に向かう地形は、山(mountain)、丘(hill)、起伏(hummock)、崖(cliff)、絶壁(bluffs)に細分化されます。
第三に、下方に向かう地形は、渓谷(valley)、盆地(basin)、渓谷(canyon)、渓流河川(ravine)、洞窟(cave)に区別することが可能です。
下の図は地形に関する名称の一例となります。
陸地の地形に関する名称。
(Collins 1998: 28)より引用。
戦術的な観点から地形を見る場合に重要となるのは、それぞれの地点から射撃しようとした時の他の地点に対する相対的な高さです。
一般に地形判断では、緊要地形、障害、偽装・掩蔽、視界・射界、接近経路の五点が研究事項ですが、視界・射界の判断は部隊が持つ火力を適切に発揮するために行います。

ある地点と他の地点の間にどれだけの高低差が存在するかによって、その地点に位置する射手が目標を直接視認することが可能な視界と照準して射撃することが可能な射界の広さや方向などが規定されるのです。
地形の起伏と視界、射界の相互関係を表した図。
上の図は純粋な地形上の頂点と、軍事的な頂点の相違を表している。
下の図は、地形の起伏と視界の関係をそれぞれ表している。
(Collins 1998: 31)より引用。
ある地点から他の地点を視界に収めた時に、空中と地形の境界となる線のことを空際線といいます。
空際線上に乗り出すと遠距離からでも容易に視認することができるため、その存在を偽装することが難しく、射撃の目標となる危険が極めて高くなります。

空際線は稜線と誤解されやすい用語でもあります。稜線は厳密には山や丘の峰の連なりのことを指しており、空際線を構成することが極めて多いということは確かですが、稜線が常に空際線であると考えるのは大きな間違いです。

なぜなら、どの地点からその地形を観察するかという視点によって空際線は違って見えるためです。遠方から見るとある丘の稜線が空際線として見えたとしても、その丘の付近から見ると視界が狭まるので稜線が空際線とは見えなくなります(先ほどの図の上の絵で確認してみて下さい)。

ある地点と他の地点の高低差を判断する能力は、空際線を見極める上で必須のものであり、日頃から地図を判読し、現地で地形を観察する訓練を欠かすことができません。

参考文献
Collins, J. M. 1998. Military Geography for Professional and the Public, Washington, DC: National Defense University Press.

2015年7月9日木曜日

論文紹介 いかに空軍の後方支援はあるべきか


一般的に思い描かれる航空作戦のイメージは、空中で敏速に機動しながら戦う航空機の戦闘です。しかし、より大局から見れば航空作戦は空中で戦われる前の段階、つまり地上で航空機が補給・整備を受ける段階から始まっていると言えます。

今回は、航空作戦でもあまり目立たない後方支援に関する教義について考察した研究成果を紹介したいと思います。

文献情報
Reynolds, Dennis L. 1989. Combat Support Doctrine: Guidance or Hinderance? Research Report, Maxwell: Air War College.

この研究で展開された著者の議論の出発点になるのは、1985年に米空軍が初めて兵站、特に後方支援に関する包括的な教義を明らかにした教範『空軍教範1-10:後方支援教義(Air Force Manual 1-10: Combat Support Doctrine)』です。

そもそも教義とは軍隊の作戦の基礎的原則であり、したがって平時における教育訓練の内容を定める基準としての性格もあります。
したがって、『後方支援教義』は、空軍として戦闘力を創出し、それを維持する方法に関する教義として非常に幅広い活動に適用されることが想定されています。

この教範の内容を少しだけ取り上げて紹介すると、例えば航空戦力に対する後方支援の原則として以下のものが列挙されています。
即ち、目標の原則、リーダーシップの原則、効率の原則、障害/摩擦の原則、均衡の原則、統制の原則、柔軟の原則、調整の原則です(Reynold 1989: 16)。

著者はこれらの原則は確かに兵站の研究で一般的に受け入れられている原則ともよく一致しているとしながらも、航空作戦における兵站の特性が十分に考慮されたものとは言えないと批判しています。特にいくつかの原則に関しては明確に抹消されるべき原則である、とさえ述べています(Reynold 1989: 30)。

この理由を説明するために著者は、当時の米軍が想定する主戦場がどこであるかを思い出す必要があることを指摘しています。

つまり、ワルシャワ条約機構軍と北大西洋条約機構軍が対峙するヨーロッパ地域こそが米空軍の考える戦域であり、ここで戦争が開始されるとソ連は第一撃をもって最優先の攻撃目標である米国の空軍基地に徹底した攻撃を加えることが予想されていました(Reynold 1989: 24)。
このような流動的な状況において米空軍の後方支援が停滞し、航空機の出撃する機会が失われることがあれば、その戦略的影響は致命的なものになりえます。

『空軍後方支援』の問題点として著者が特に強調しているのは自己完結(self-sufficiency)の原則が盛り込まれていない点です。
従来の教義では空軍基地が他の民間企業や基地の外部の地上設備との連絡線が途絶えることが考慮されていないため、大規模な戦争が勃発して外部との連絡が取れなくなると、後方支援の機能が全般的に阻害されてしまう恐れがあります。

著者は補給や通信などあらゆる後方支援の能力において外部依存の度合いを最小限度に抑制すべきであり、これらの努力は結果として航空戦力の生存性を高めることに寄与すると考えました。

もちろん、著者は『後方支援教義』のすべてを全否定することはしておらず、全体として空軍の兵站の在り方を指導する有効な指針として評価はしています。
しかし、教義は単なる理論体系ではなく、実際に有用なものであるべきであり、そのためには実戦的な検証と研究努力が必要であるということが結論として述べられています(Reynold 1989: 39-40)。

この研究で著者が指摘している問題は、単に整備や補給の重要性を指摘するに止まるものではなりません。
第一撃によって施設や人員に損害が発生し、外部との連絡が途絶しても、なお飛行隊を出撃させるだけの持久力を持った後方支援能力こそが空軍の兵站のあるべき姿であることが述べられています。

KT

2015年7月8日水曜日

論文紹介 通常戦力による抑止


一般に抑止とは、相手の利益を上回る費用を強いる防衛体制を準備することで、相手が攻撃する事態を防止することを言います。
また、抑止はその根拠となる軍事的手段の種類によって、通常戦力による抑止と核戦力による抑止に大別されます。

今回は、現代の米軍の戦略を考える上で通常戦力の在り方を理論的に検討した論文を紹介したいと思います。
通常戦力に依拠している自衛隊の防衛戦略を考える上でも、参考になる内容が含まれています。

文献情報
Gerson, Michael S. 2009. "Conventional Deterrence in the Second Nuclear Age," Parameters, (Autumn): 32-48.

通常戦力によって相手国の攻撃を抑止するには、著者は三種類の戦略的論理を理解しておくことが必要であると考えています。

第一に、攻撃者は一般に費用を増大させる持久戦を好みません。核戦力を伴う全面戦争に至らない限定戦争でも、攻撃者は一般に速戦即決、つまり消耗の大きい持久戦よりも短期間で決着を付ける決戦を追求しようとします(Gerson 2009: 37)。

第二に、抑止の成功は基本的に防御者の軍事力に依拠しています。武力紛争を通じて攻撃者が目標を達成することを防止することが可能な軍事的能力を、防御者が保有していなければ攻撃を拒否することはできません(Ibid.)。
また著者は、相手の攻撃を受動的に拒否する能力を持つだけでなく、攻撃に対して能動的に報復を加える懲罰的能力もまた重要であることについて指摘しています(Ibid.)。

第三に、軍事力の局地的均衡が通常戦力による抑止では決定的に重要な場合があります。なぜなら、先に指摘したように、攻撃者は短期決戦の可能性を最大限追求するので、迅速に勝利を収めることが可能な地点が一カ所でもあれば、そこで攻撃者を効果的に拒否することができなくなり、全体として抑止が失敗する危険も大きくなるためです(Ibid.)。

このような通常戦力による抑止をめぐる戦略上の一般的な判断を適用して、著者は中国の戦略に対抗する際に重要な抑止の着眼点を次のように述べています。
「『近代化された高度な技術環境における局地戦争』という中国の構想は、サイバー戦、宇宙戦、情報戦を含んだ対称戦闘と非対称戦闘の両方を目的とし、技術的に高度な武器を使用することによって、局地的、短期的、集約的な武力紛争を戦うことを思い描いている」(Ibid.: 39)
つまり、攻撃者の速戦即決の構えに対して防御者が十分な戦力を準備し、どの攻撃地点が選択されても防御者として局地的優勢を許さない前方展開(forward deployment)の態勢が重要となります。

もし防御者が選択する戦略配置が主力の移動に時間を要する態勢にあると、潜在的な攻撃者は防御者の主力が到達する前に作戦目標を達成する機会がありうると認識する恐れがあり、その結果として抑止が失敗することにも繋がってしまうのです。

潜在的な攻撃者に対する戦略配置に即応性を持たせることが、抑止にとって直接的な意義があることは、日本の安全保障を考える上でも留意すべき議論であるだろうと思います。

KT

2015年7月7日火曜日

なぜ軍人は挙手の敬礼をするのか

 
敬礼は世界各国の軍人に広く共有された文化の一種と言えます。
国によって姿勢は微妙に異なるのですが、一例として挙手の敬礼を簡単に紹介すると以下の通りです。

まず気を付けの姿勢(不動の姿勢)を基本とし、右肘は体側に対して90度の角度で持ち上げて地面に対して大体水平を保ちます。
さらに、五指をまっすぐに揃えながら右手の人差し指と中指の間がちょうど右目の右上方向と帽子のひさしとの交点に位置するようにします。
他にも細かい注意点があるのですが、これが挙手の敬礼の概要と言えます。

そもそも、なぜ軍人はこのような挙手の敬礼をするのでしょうか。挙手の敬礼の由来は何なのでしょうか。
この疑問についてこれまでさまざまな仮説が提示されてきましたが、結局のところ研究者の間で諸説分かれており、明確な結論が得られたわけではありません。
ここではJohn F. Geraci(2013)の整理を踏まえて二つの仮説を紹介してみたいと思います。

まず歴史的な観点から見てみると、右腕を上げる敬礼は古代ローマの軍隊において始まったという仮説があります。
これは語源からも裏付けられている考え方であり、英語で敬礼を意味するsaluteはラテン語のsalutareに由来しています(Geraci 2013: 698)。
このラテン語の本来の意味は「敬意を表す」というものです。これが敬礼の起源の一つという考え方があります。
ただし、ローマ軍の敬礼は右腕を高く上げる敬礼であり、敬礼の形が現在の挙手の敬礼と異なるという批判があります。

これとは異なるもう一つの考え方は、騎士の時代における慣習に由来するという考え方です。
中世のヨーロッパでは武装した騎士が相手に対して敵意を持たないことを示す際には兜の面頬を上げる動作をして見せていたとされています。
こうすることで、自分が何者であるかを相手に対して明らかにする習慣が戦場で形成されていたと考えられています。
つまり、挙手の敬礼はこの動作の名残として兜を装着しなくなった後にも残った戦場の慣習ではないかと考えられます(Geraci 2013: 698)。
これも仮説の域は出ませんが、こちらは先ほどのローマの敬礼と比べれば、より現代の敬礼の形に近い形式であるということが言えるでしょう。

今回の記事で取り上げたのは主に挙手の敬礼の由来をめぐる説の状況ですが、軍隊の敬礼は挙手の敬礼だけではありません。
捧げ銃の敬礼、着剣捧げ銃の敬礼、姿勢を正す敬礼などの形態もあり、小火器を使用する敬礼と重火器を使用する敬礼でもまた種類が異なってきます。

これらの敬礼も同じように戦場での過去の慣習から発展して成立した事例が多く、軍隊の敬礼は戦場の硝煙の中で形成された文化的慣習の一種であることが伺われます。
このように人類学的、歴史的な観点から軍隊の文化を考察することもまた、戦争に対する理解を深めるアプローチとして有用ではないかと思います。

参考文献
Geraci, John F. 2013. "Customs and Etiquette," Piehler, G. K., ed. Encyclopedia of Military Science, London: Sage, pp..697-702.

関連文献
Boatner, M. M. 1956. Military Customs and Traditions, New York: D. McKay.
Hackett, J. 1983. The Profession of Arms, New York: Macmillan.
Melagari, V. 1972. The World's Great Regiments, London: Hamlyn.

2015年7月6日月曜日

論文紹介 安定的抑止(stable deterrence)とは何か、なぜ重要なのか

1970年代、米国ではソ連軍による核戦力の増強にどう対処すべきなのか議論が起きていました。
個別誘導多弾頭、潜水艦発射弾道ミサイルなど、それまで米国が技術的に独占していた分野でソ連が次第に追い付き始め、戦略環境が大きく変わりつつあったためです。

今回は当時の論争にも大きな影響を与えたケーハン(Jerome H. Kahan)の論文を取り上げ、米国が追求すべきは安定的抑止であるという考察について紹介します。

文献情報
Kahan, Jerome, H. 1971. "Stable Deterrence: A Strategic Policy for the 1970s," Orbis, 15. Summer, pp. 528-543.

安定的抑止とは何か
著者の核戦略の考え方は、ソ連が一定程度の抑止力を持つことを認めながら、米国の核戦略を調整すべきだというものでした。
これが安定的抑止の基本的な戦略思想であり、そのため第一撃に対する脆弱性を低下させることが最優先事項とされていました。
「1970年代の米国にとって確実な戦略的政策は次の二つである。(1)確実かつ多様な抑止力を維持し、報復能力に高い信頼度を与えること。(2)ソ連の抑止力を脅かすようなシステムあるいは戦略をとらないこと。このような政策を『安定的抑止(stable deterrence)』と呼ぶ」
つまり、著者はソ連の核戦略を一方的に破綻させるような戦略をとるのではなく、相互に共存できる範囲で互いの核戦略を規定することを目指すべきだと考えていたのです。
「抑止は二面性を持つため、米国はその計画がソ連の戦力・政策・認識に対して与えうる効果についてよく知らなければならない。もし米国の計画がソ連の抑止を危険にするとソ連が認識すれば、ソ連は米国からの第一撃を恐れることは間違いない。危機に対して先制攻撃を始める傾向がより強まってしまう。このような条件では核戦争の危険が増大することになる。その報復能力を保全するためにはソ連は戦略戦力を拡充、改革するに違いない」
いわば、相手の攻撃を完全に阻止する特徴を持つ武器や戦略は、相手の攻撃を抑止することができると同時に、相手が自国の攻撃を抑止することを困難にしてしまう二面性があるということです。

相手はもはや自国を抑止することができないと判断すれば、逃げ場を失った兵士が決死の反撃を試みるように、その国家は先んじて攻撃を仕掛ける動機が生まれます。これでは、米国にとって抑止の本来の目的を達成することはできないだけでなく、軍事力の増強に多額の予算を費やさなければならなくなります。
「米国はソ連が明確な優位を獲得する事態を防止することが可能であり、またそうすべきだが、米国はソ連が対等の立場を得て、それを維持することを妨害することはできない。上記した『安定的抑止』の政策は、戦略兵器に対する支出増加を要求せずに米国の安全保障に対するリスクを最小化するであろう。この安定的抑止の追及はソ連に同様の対応を促すであろう。これが重要な目標となる。1970年代の戦略的安定は彼我が戦力を縮小し、明確な第二撃能力を持つ「生き残るための攻撃能力」を増強することで完全に達成できる」
ケーハンの研究の興味深い点は、相手が自国の攻撃を抑止する能力を持つことで、自国として相手を抑止する本来の目的をより達成しやすくなると指摘したところです。
戦略における相互依存の理解しなければ、いくら軍事力を増強しても、それは安定した抑止を可能にはしません。相手の軍事力の構造やその機能を踏まえた戦略を採用することこそが重要であることをこの研究は示しています。

KT

2015年7月5日日曜日

文献紹介 第一次世界大戦での戦術の進化


第一次世界大戦は近代的な陸軍戦術の原型が始めて具体化された戦争であり、現在の戦術を考える上でも貴重な手がかりが数多く含まれています。
今回は、戦術の研究で知られた陸軍少将バルクにより執筆された第一次世界大戦に関する研究を紹介したいと思います。

文献紹介
Balck, W. 1922(1911). Development of Tactics: World War, Bell, H., trans. Fort Leavenworth: General Service Press.

目次構成
序論
1.平和の訓練と戦争の現実
2.機動戦
3.西部戦線における陣地戦、1914年-1917年
4.東部戦線とイタリア戦線における戦争
5.戦争における戦技
6.陣地戦における防御戦闘
7.限定的目標に対するドイツ軍の攻撃
8.機関銃
9.歩兵の攻撃
10.世界大戦の前の騎兵
11.砲兵
12.1918年
結論

戦術の基礎は教練(drill)にあります。どれだけ時代が進んだとしても、教練が兵士を諸制式を学ぶための出発点であり、あらゆる部隊行動の基礎であることには変わりはありません。(基本教練の概要については過去の記事を参照して下さい)

著者が「私たちは、検閲のためではなく、戦争のために教練を発達させるのである」と述べたように、部隊教練を戦争の現実に適合するように手直しすることが極めて重要となります(Balck: 1922: 14)。
それがゆえに、第一次世界大戦で戦闘様相の変化に直面した各国陸軍は戦闘教練の抜本的な再検討に取り組まなければなりませんでした。

バルクが注目した事例の一つにフランス陸軍の取り組みがあります。塹壕戦の膠着状態を打破してドイツ軍に対抗するため、フランス軍は戦術を基礎から見直し、特に歩兵部隊の火力を運用するための戦術を大幅に刷新しています。

第一次世界大戦が勃発した当初、歩兵部隊は味方の砲兵と連携しながら攻撃をしていました。
つまり、歩兵部隊は敵の防御陣地が味方の砲撃で破壊された後に攻撃を開始していました。
確かに敵の防御陣地をあらかじめ破壊することができれば、歩兵部隊が前進する上で有利だと考えられますが、実際に砲撃を受けた敵は攻撃の企図を事前に察知することが可能であり、また突撃支援射撃で破壊可能な防御陣地は相対的に少数でした。

したがって敵に対する奇襲を成功させるためには、歩兵部隊が独力で突撃を実施する他ありません。
1916年のフランス軍では戦闘の基本単位となる大隊が3個歩兵中隊、1個機関銃中隊で編成されていました(Balck 1922: 39)。

次の図は第一次世界大戦が勃発して間もない1915年から1916年にかけてフランス陸軍で採用された部隊教練の大隊隊形を図示したものです。
攻撃態勢にある歩兵大隊の陣形の概観。
前方の左翼から第一、右翼に第二、後方に第三中隊が配置されている。
大隊長の位置は各中隊の中間であり、攻撃正面は400から500メートルに達する。
(Balck, 1922: 41)より引用。
戦術的な観点から見た場合、この隊形の特徴は正面より縦深が重要視されていることです。
前面に展開する第一、第二中隊の兵士たちは敵の陣地に対して六度にわたって波状攻撃を仕掛けることが可能であり、さらに第三中隊が予備としてこれに続行することになります(Balck 1922: 40)。
このような隊形をさらに詳細に見ると、部隊行動の最小単位として中隊を構成する小隊よりもさらに下位の分隊が位置付けられている点です。
これは戦闘では大隊長の作戦方針を基礎とするとしても、現場においては分隊長の指揮が重要性を持つことを意味しています。

また、関連する戦術上の興味深い変化として、この時期から兵士たちに開けた場所で射撃するのではなく、地形地物に適応した姿勢や態勢で射撃することが徹底されるようになったことが指摘されています(Balck, 1922: 40)。もはや、大隊として一斉に前進するような動作は放棄されており、また陣地攻撃に伴う損害を抑制するために、これらの措置はいずれも重要な意味を持っていました。

最後にまとめると、バルクは第一次世界大戦における各国陸軍の戦術の変化について数多くの記述を書き残し、それにどのような戦術的な意味があったのかを考察しています。
現代の陸上戦闘が基礎とする戦術の原点が第一次世界大戦にまでさかのぼることを示唆する興味深い著作です。

KT

2015年7月2日木曜日

文献紹介 2030年、東アジア地域で何が起きるか


あらゆる政策決定の基本となるのは正しい情勢判断であり、情勢判断は将来に起こりうるシナリオを詳細に検討する作業を必要とします。
今回は、東アジア地域における日本、中国、米国の三カ国の相互関係の推移をシナリオごとに分類し、発生の公算などを検討した研究を紹介したいと思います。

文献情報
Swaine, Michael D., Mochizuki, Mike M., Brown, Michael L., Giarra, Paul S., Paal, Douglas H., Odell, Rachel Esplin, Lu, Raymond, Palmer, Oliver, Ren, Wu. 2010. China's Military and the U.S.-Japan Alliance in 2030: A Strategic Net Assessment, Washington, D.C.: Carnegie Endowment for International Peace.

目次
1.はじめに
2.分析結果の要点
3.分析方法
4.日米中のシナリオ
5.日米中の六つのシナリオ
6.日米同盟に望ましい政策選択

この研究の結論を要約すると、東アジア地域で中国が継続する軍備増強を阻止する確実な手段は存在しておらず、日本と米国は事態が政治的、軍事的危機に発展する危険に対処せざるをえなくなるということが述べられています。

このような結論は、少なくとも研究者の間で既に繰り返し確認されている将来の展望ではあります。
この研究の独自性が何かと言えば、体系的なシナリオ分析が展開されている点です。
つまり、最も公算の高いシナリオから発生する公算が低いシナリオまで網羅的に検討が加えられていることが挙げられます。

2030年までの視野で考えた場合、最も発生する公算が高いと見積もられているシナリオは「均衡の喪失」と呼称されるものです。
これは全般として見ると中国より日本、米国側にとって軍事的に優勢な状況でありますが、政治的、軍事的安定はやや不安定であり、中国と米国の軍事支出が対GDP比率が高い水準で推移し、日本の軍事支出が低いまま推移することで2030年に発生すると見積られます。
部分的にではありますが、日米同盟にとって優勢な状況であると言えます。

それ以外のシナリオも見てみると、全部で以下の通り6種類に分類されます。
・均衡の喪失:最も発生の公算が高い
・限定紛争:発生の公算は高い
・脅威の軽減:発生の公算あり
・アジア冷戦:発生の公算は低い
・中国の地域覇権:発生の公算は限定的
・日中対決:最も発生の公算が低い

すべてを詳細に説明することはできませんが、発生の公算が二番目に高い限定紛争のシナリオの詳細を見てみます。このシナリオでは中国が戦わずして日本と係争中の地域を支配する可能性が指摘されています。
つまり、優勢な中国の脅迫に対して劣勢な日本が宥和を選択せざるを得ないほど追い込まれた状況であり、米国としても日本と共同して中国が仕掛けてくる軍事的危機に武力で抵抗するまでには至らないので限定的な形態での紛争が発生します。

ちなみに、このシナリオの前提とされているのは、中国と米国GDPに対する軍事支出を非常に高い水準で維持しているのに対して、米国と日本の水準が低いまま推移することにより発生すると見積もられています。

また発生の公算が低いとされる中国のアジア地域における覇権が確立されるシナリオですが、この状況が発生する主要な要因は西太平洋で米国の勢力が後退することであり、劣勢に立たされた日本が中国と協調する路線を選択した場合に発生すると考えられています。

最も発生確率が低いと見なされている日中対決の要因について見てみると、これは米国がアジアから完全に勢力を後退させ、日本が自主防衛を選択して核開発を実施し、かつ中国が積極的に現状打破を意図する政策を選択することで発生します。
このシナリオになった場合の中国の軍事的優勢は日本が宥和路線に転じて中国と協調使用とする場合よりも限定的となってしまうため、中国として望ましい事態とは言えなくなります。

東アジア地域の将来についてはさまざまなシナリオが考えられるのですが、基本的には日本と米国の同盟に優勢な状況で推移する公算が強いと考えられます。ただし、最も発生率が高いと考えられている均衡の喪失ではなく限定紛争のシナリオが発生した場合に注意が必要な点があります。

なぜなら、このシナリオの場合には日本周辺地域における米国の軍事的優勢が中国の軍事力の相対的な強化によって低減するので、国際情勢としては非常に優劣が不明確な状態になりやすいためです。
勢力関係の優劣が不明確だと中国を抑止することはより難しいことが予想されます。

KT

2015年7月1日水曜日

文献紹介 ソ連によるスイス進攻は可能か


ヨーロッパの永世中立国として、スイスには国民皆兵の思想を実践し、また歴史に残る優れた武器を開発した歴史と伝統があります。
その軍事力は大国といえども決して侮ることができるものではなく、永世中立を維持するために他国との軍事同盟に頼ることができませんが、それだけの自主防衛の能力を整備しています。
しかし、その軍事力が実証的にどの程度の水準であったのかはそれほど知られていないのが実情です。

今回は、冷戦末期のヨーロッパ情勢を踏まえて東側陣営の攻撃に対するスイスの防衛力を分析した研究を紹介したいと思います。

文献情報
HERO. 1980. Potential Warsaw Pact Invasion of Switzerland: Quantified Judgement Model Analysis, Preliminary Report, Dunn Loring: Historical Evaluation and Research Organization.

地理的観点から見れば、スイスはフランス、ドイツ、イタリアの中間に位置する山地を領有しています。
冷戦当時の情勢を考えると、ワルシャワ条約機構軍(以下WP軍)が北大西洋条約機構軍(NATO軍)に対して大規模な攻勢に出ればWP軍は南翼側面をスイスに暴露する態勢となります。
またNATO軍の立場からスイスを見ると、スイスはちょうど右翼側面を自然と掩護する位置にあるため、正面に戦力を集中させやすいという有利があります。
ここにWP軍がスイスを攻略する戦略上の理由が見出されます。

もしスイス軍を撃破することが戦略的に可能であれば、NATO軍は後退する際に右翼側面に対する抵抗を強化する必要に迫られるでしょう。
また、WP軍は前進するために左翼側面に不確定な脅威を抱えずに、西ドイツを超えてフランスへと部隊を進撃させることができます(Ibid.: 2)。
以上の理由から、WP軍のスイス進攻は非現実的なシナリオであるという訳ではありません。

この研究によると、ソ連の教範では敵よりも常に味方の規模が優勢になることを作戦の基本原則としていることに触れています。
具体的には3-5:1の比率で戦車部隊を、6-8:1の比率で砲兵部隊を、4-5:1の比率で歩兵部隊を投入するように、などと指示されています(Ibid.: 3)。

つまり、WP軍の攻撃に立ち向かうスイスにとって重要なのが動員開始時期の決定です。
WP軍の総力を以ってしてもスイスに対して数的優勢を確保することができないとあきらめさせるか、もしくは数的優勢を実現するために他の正面での戦力を抽出せざるを得ない状況に持ち込めば、WP軍は攻撃に踏み切ることができなくなると考えられます。

しかし、スイスは国民皆兵の軍隊ですので、平時の戦力が小さく、即応性が相対的に低いという特徴があります。
作戦に先立って総動員を発令し、国民を招集して部隊を編成し、それを前方の陣地に配備するためには、相当程度の時間的猶予が必須となります(Ibid.: 3-4)。
スイスの総動員の開始時期が遅くなり、スイス軍の戦力規模が小さいままであるほど、WP軍が本格進攻を仕掛ける危険は高まる
研究ではNATO軍が第一撃で壊滅することなく、堅実な後退行動をとると想定して15日間の時間的猶予を見積っています(Ibid.: 4)。
しかし、WP軍の攻撃の進捗によってはほとんど十分な準備を整えることができないことも予想されます。

次にWPが選択しうる攻撃の方法を検討しなければなりません。
第一に、ソ連が先制してスイスに対して核による攻撃を実施する場合が考えられます。WP軍がNATO軍を圧迫してスイスの国境付近に到達する前に予め核で攻撃したならば、スイスは戦わずして大きな損害を被ることが予想されます。
永世中立であるため米国の核の傘に入っておらず、さらにスイス自身に核戦力に基づく反撃能力を備えていないため、核戦争となれば一方的な被害が続出する状況は避けられません(ただし、スイスでは被害を最小限に抑制するための民間防衛組織や核シェルターが整備されている利点があります)(Ibid.)。

第二に、首都ベルンを目指して通常戦力を用いた進攻を仕掛けてくる場合が考えられます。
スイスは国土全域を要塞化していますが、国土が狭隘なために国境から首都までの戦略上の縦深がほとんどなく、WP軍が仕掛ける攻撃の方向や速度に応じてスイス軍が柔軟に予備を展開することが地理的に困難です。
そのため分析では、少なくともソ連軍の立場から考えれば、進攻開始から短くて5日、長くて7日の内にベルンは占領される危険があるという判断が示されています(Ibid.: 4-5)。

さらに加えれば、ソ連軍の8,500名規模の空挺部隊を投入することも考えられます。
このような空挺部隊は2日から3日の間は補給無しで作戦行動が可能なため、スイス軍は前方からの圧力だけでなく、背後で後方連絡線を遮断することが可能であるため、スイス軍の部隊は各地で深刻な打撃を受ける可能性があることが示唆されています(Ibid.: 5)。

研究ではさらに分析の裏付けとなったデータについてもまとめられていますが、私なりにこの研究の意義をまとめておきたいと思います。
この研究では、永世中立の現実として自国の防衛だけに頼る安全保障政策の限界が示唆されているように思いました。
永世中立は完全な自主防衛能力の準備を必要としますので、国民に対する負担は大きくなります。しかし、それだけの努力を払ったとしても、大国との国力の格差を埋めることは極めて困難であると言わなければなりません。

もちろん、この分析結果それ自体を再検証することも含めて、非大国の軍事戦略を問い直す研究は日本でも大いに求められていると思います。

KT