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2016年2月11日木曜日

プラトンは戦争の原因をいかに説明しているのか

世界で最も有名な哲学者であるプラトン(前427年-前347年)は哲学者(知を愛する者)こそが権力者とならなければ、国家は不正から逃れることができないと論じたことで知られています。
当時、プラトンがいた都市国家アテナイの政治体制は民主制でしたが、プラトンは民主制が個々人の私益のために暴走する傾向を持ち、また矛盾と混乱に満ちているとして批判的立場をとっていました。それゆえ、国家を適切に指導する能力を持つ哲学者でなければ権力を掌握するべきではないと考えていたのです。

このようなプラトンの政治哲学はよく知られていますが、今回はプラトンの政治哲学を踏まえた上で、彼が戦争の原因をいかに説明していたのかを紹介してみたいと思います。

アテナイの政治情勢と哲人政治の必要性
当時のアテナイでは民会と呼ばれる市民集会の議決によって政策が策定されていました。民会に出席する議員はアテナイ人を両親に持つ30歳以上の成人男性でなければならず、自由市民としての身分を持ち、また有事においては兵士として従軍する義務を負わなければなりませんでした。
したがって、常備軍は編成されておらず、官僚制に関しても市民がくじ引きで任期ごとに分担しているという状態でした。

言い換えれば、当時のアテナイ市民は兼業として政務に従事しており、政治権力に対するアクセスが容易でした。このことが市民同士の権力闘争を加速させており、プラトンは強い問題意識を持っていたのです。

権力闘争によって国家の結束が損なわれる危険性を除去し、人々が財産や名誉等の短期的な利益ではなく、知恵や謙虚さ、公正さといった重要な美徳に沿って善い人生を送るためには、哲学者(つまり徳の重要性を理解している知識人)が国王の地位に就き、その合理的な判断の下に人々の思想と行動を統制することが重要である、とプラトンは考えました。

しかし、王と言ってもその哲学者は世襲制であってはならないとプラトンは主張しています。
その結果、プラトンの政治哲学では、男女分け隔てなく、あくまでも実力主義に基づいて国民を知的能力に優れた最適者、戦闘能力に優れた守護者、そしてその他の民衆に区分する国家の理想的モデルが提案されています。

現代の研究では、このようなプラトンの政治思想を民主主義の批判に基づく全体主義の擁護として解釈する見方もありますが、その後でシラクサ王国の政治顧問の仕事を通じて実際の政治を経験してからは、より穏健な思想へと変化したことも分かっています。

戦争の原因としての不均衡な経済成長
ペルシア戦争に勝利したことでエーゲ海の海上優勢を確立したアテナイは海上貿易を通じて経済的に台頭し、政治的、軍事的にもギリシア半島各都市を支配下に置くことができる国力を備えていた。
貴族階級の出身だったプラトンは青年期に最盛期のアテナイでソクラテスの教えを受けていたが、アテナイでソクラテスの影響力の拡大を懸念した勢力は、ソクラテスの言論が若年者を惑わせるものとして死罪にしたことで、プラトンは民主制への敵意を強めることになった。
プラトンが哲学者を頂点に多数の職業軍人を擁する国家体制を構想し、その理由として人々が目先の利益を求めて行動する傾向があるため、これを統制しなければならないからだと主張したことは、先に述べた通りであり、政治学の教科書でも広く言及されているところです。
しかし、この国家体制を建設する理由の一部には戦争の防止をも含まれていた、ということはあまり理解されていません。

そもそもプラトンは戦争が発生する理由とは、「必要なだけの限度を超えて」国民が隣国の人々の土地を獲得することにあると考えていました(上143)。これはプラトンが哲人政治によって是正しようとした人間の過剰な物質的欲求の一部でもありました。
「われわれはさらに戦争の起源なるものを発見した。すなわち、国々にとって公私いずれの面でも害悪が生じるときの最大の原因であるところのもの、そのものから戦争は発生するのだ、と」(上144)
この論点に関してプラトンは人間が持つ欲求それ自体が問題だと主張しているわけではありません。ここで問題となるのは、物質的欲求の拡大を促進する一連の過程であり、バランスを欠いた経済成長の過程なのです。

経済成長がなぜ戦争の原因となり得るのか
プラトンの説明を要約すると次のようになります。
元来、あらゆる国家は人間が自給自足の生活を営むために建設されていました。
人間はその生存自活のために一カ所に集団生活を始めますが、少しずつ人口が大きくなるにつれて、食料の調達、住居の建設、衣服の生産を分担するために農夫、大工、織物工等の分業が進んでいくものだとプラトンは説明していきます(上131-132)。

その理由は生産性の高さです。
プラトンの例えに沿って説明すると、「農夫は一人で四人分の食料を供給し、四倍の時間と労力をその食糧生産のために費や」した方が、自分ひとりだけのために作る代わりに、残りの四分の三の時間を住居建設や衣服の生産に使い、自分は自分のために自分のことだけをするよりも遥かに効率的なのです(上133)。
これは分業によって単位時間当たりの労働生産性が増加すれば、それだけ国家全体の生産力も増大し、国民はより豊かになるということです。

経済成長を続けていくと、分業が複雑多様化しておくため、必需品の流通を促すための貨幣の機能が重要となり、ここに商業の発達も促されることになります。
特にプラトンは農夫や職人が市場で生産物を交換する労力を節約するために、商人の果たす役割が大きいと考えており、国内の市場で売買のための世話をする小売商人や外国と貿易するための貿易商人もまた分業体制を整えていくと述べています(上138)。
こうして国家が十分に成長して自給自足となります。プラトンはこうした国家を「健康な国家」と表現しました。

しかし、こうして必需品が満足に供給されるようになると、人々は徐々に奢侈品を求めるようになります。
ここで「健康な国家」は損なわれ始めます。つまり、奢侈品の生産、サービスに専念する詩人、吟遊家、俳優、舞踏家、召使、教育係、乳母、理髪師、料理人等が国家の中に現れてくることになるのです。彼らは人々の生活水準を高めますが、必需品の生産に携わらないため、無計画にこのような産業が肥大化していくと、国家は従来の土地で自給自足することが難しくなります。
ここで新たな土地や資源の獲得に打って出る必要が生じてくるのです。
「そうすると、われわれは、牧畜や農耕に十分なだけの土地を確保しようとするならば、隣国の人々の土地の一部を切り取って自分のものとしなければならない。そして、隣国の人々のほうでもまた、われわれの土地の一部を切り取ろうとするだろう。―もし彼らもはやり、どうしても必要なだけの限度を超えて、財貨を無際限に獲得することに夢中になるとするならばね」(上143) 
終わりに
プラトンは戦争が人間のある意味で自然な欲求に基づくものであり、それは高度に経済成長した国家にとって土地や資源が慢性的に不足しやすい事情によるものだと考えていました。
したがって、哲人政治を導入すべきとプラトンが考えていたのは、(彼自身が哲学者であり、人間として善い生き方を重視していたこともあるのですが)人間がその欲望を満たすために際限のない経済成長を続ければ、それは戦争を引き起こすリスクに繋がるという判断があったと考えることは重要なことです。
奢侈品の生産に携わる国民が増加し、結果として自給自足がままならくなった国家を、プラトンは「豚の国家」、「贅沢な国家」と表現しています(上140-141)。

古代ギリシアの哲学者であるプラトンの学説を現代の政治情勢にそのまま当てはめることはできませんが、そこで提起されている問題は依然として重要な意味を持っていると思います。

KT

参考文献
プラトン『国家』藤沢令夫訳、上下、岩波書店、1979年

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