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2016年3月30日水曜日

論文紹介 健全な通常戦力こそ安全保障の基礎である

軍事力はその形態によって核兵器から構成される核戦力と、その他の通常兵器から構成される通常戦力に大別されます。
核兵器は通常兵器のそれと比較にならないほど大きな威力を持っており、安全保障の研究者にも通常戦力と核戦力を組み合わせて運用する方法に関する研究を行う人がいます。

しかし、誤解すべきではないのは核戦力を持つことが無条件に国家の防衛に役立つというわけではないことです。
核兵器の外形的な威力に目を奪われると、軍事的能力として核戦力には通常戦力以上の価値があると考えてしまいたくなりますが、今回はそうした考えに批判的な立場から通常戦力の意義を主張した研究を紹介します。

文献情報
Howard, Michael. 1982/83. "Reassurance and Deterrence: Western Defense in the 1980s,"Foreign Affairs, Vol. 61, No. 2, pp. 309-324.

新冷戦で露呈した核戦力の対米依存
1980年代のヨーロッパは新冷戦の真っ只中であり、ソ連軍がアフガニスタンに侵攻したことを一つの契機として、西側と東側の政治的、軍事的緊張が世界中で高まっていました。
こうした国際情勢の変化を受けて当時のヨーロッパ諸国では改めてソ連軍の脅威に対抗するための防衛体制を構築する必要が高まっているとする論調が出てきます。
このような議論は、米国の対ソ核抑止能力を強化するように、米国に対して強く求めるべきであるという結論となる場合が少なくありませんでした。

しかし、イギリスの歴史家であり、軍事史の研究で知られた著者のハワードは、自国の防衛体制を外国の核兵器に依存させるような考え方には根本的な欠陥があると考えていました。
彼が「ヨーロッパについて限定していえば、緻密に構築された核戦力は、(東側と西側という異なる)政治的社会が対峙する現実の課題に耐えきれなくなっている。(中略)米国の核の保証が消滅すると、ヨーロッパ人の士気は崩壊することになるだろう」と指摘したことは、ヨーロッパ人が安全保障においてより独立した能力を持つ必要を示すためでした。

ヨーロッパ諸国は自衛のための通常戦力を整備せよ
しかし、だからといってイギリスをはじめとする西ヨーロッパ諸国が核戦力を増強するような政策を選択することにも著者は反対していました。
そもそも米国が核戦力の整備を重視するのは、米国の同盟国が整備する通常戦力が、相対的にソ連の通常戦力に対して劣勢であり、有事の際にはヨーロッパ正面の防衛線を維持できないと予測されたためです。

この状況を変えることがヨーロッパの安全保障の課題であり、そのためには各国が自衛のための通常戦力を着実に整備することが必要であると著者は論じています。
「今、求められているのは米国の核の保証を強化することではなく、反対の政策である。核の保証に関する要求は米国人を苛立たせると同時に、ヨーロッパ諸国で異論が噴出するだろう。しかし、ヨーロッパは軍事的、社会的、経済的に可能な範囲で自衛力を強化することにより、米国の核戦力への依存を小さくするように努力すべきである。自衛力の強化とは、通常武器により、通常の手段で防衛する、という意味である」
ここで生じる疑問点は、著者はヨーロッパ諸国が自衛力として核戦力を整備することになぜ否定的だったのかという点です。
米国の核戦力への依存を小さくする努力として、ヨーロッパ諸国が核戦力の増強を推進するという選択も考えられますが、著者はあえて通常戦力の増強を重視しています。これはなぜなのでしょうか。

何のための軍事力なのかを考える
この疑問に対して著者は、米国の対ソ戦略において核による抑止が有用であったとしても、それがヨーロッパ諸国の領土防衛に有用であるわけではないためだと答えています。
米国の利害とヨーロッパの利害には相違点があり、それらを混合すると整備すべき戦力を間違って判断してしまう恐れが生じます。
「ソ連の西ヨーロッパ諸国に対する核攻撃または核脅迫はまったく予想できない事態というわけではない。これは防止すべきことだが、政治的な可能性の一覧において高い順位にあるわけではない。ソ連の核攻撃または核脅迫の防止を基礎に置いてヨーロッパの防衛を考えるべきではない。通常戦力だけが領土防衛を効果的に遂行する基本的な任務を担う。核抑止はこの第一義的な領土防衛任務に従属させるべきであり、その逆であってはならない」
米国の立場でヨーロッパの防衛を考えるのであれば、中東やアジアなどの他の正面に配備すべき戦力の関係で、核戦力による通常戦力の補完という考え方も成り立ちます。

しかし、そもそもヨーロッパ諸国が第一に考慮すべきは自国領土の防衛であり、そしてソ連の核攻撃さえ抑止すれば、自国の領土が防衛できるというわけではありません。
領土の防衛に必要な装備とは、核弾頭や弾道ミサイルなどの核兵器ではなく、小銃や機関銃、迫撃砲、装甲車、戦車、航空機、ヘリコプターなどの通常兵器であると著者は論じているのです。

最後に
核兵器と通常兵器はその形態が異なる武器体系であるため、状況によってその有用性が異なってきます。その国家が置かれている安全保障環境の特性、そしてその国家が選択した戦略によって、どのような軍事力が必要であるのかは千差万別です。

北朝鮮の核実験などを受けて、日本でも核武装の必要性を議論する機会が少しずつ増えてきているように思われます。
しかし、核兵器がどのような機能を持っており、それが日本の戦略にとってどのような役割を担うことができるのか、日本の核武装に周辺諸国がどのような行動を起こすのかを考慮した上で、議論を進める必要があるでしょう。
今の防衛計画で目標とする通常戦力の水準を無事に満たすことができるかどうかという財政の状況も考えず、核武装ありきの議論を展開することは現実的ではありません。

KT

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