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2016年4月11日月曜日

論文紹介 日本版A2/ADと日米共同作戦のあり方

近年、東アジア地域の安全保障環境が厳しさを増している理由は一つだけではありませんが、その最も重要な要因は中国が接近阻止・領域拒否(以下、A2/AD)を戦略構想として重視していることです。A2/ADは作戦領域に敵が進入することを阻止し、また作戦領域に進入した敵の活動を拒否することをいいます。
つまり、中国は台湾をはじめとする東アジア地域の戦略要点に米軍部隊が接近することができない状況を創出することに取り組んでいるのです。

この軍事的脅威を受けて米国は確証接近(Assured Access, AA)という対抗戦略を打ち出しましたが、国内の政治情勢が国防予算の増額を抑制する方向に作用しているため、戦略に十分な実効性が伴うのか疑問が残されています(米国が直面する国防予算の限界を受けて、オフショア・コントロールを主張する研究も一部で出されていることは以前にも紹介した通りです)。

こうした安全保障環境の変化の中で、中国が採用したA2/ADを日本でも採用できないかという議論が出されています。今回は、日本版A2/ADの実効性について考察した論文の要点を紹介したいと思います。

文献紹介
永岩俊道「米国の対中軍事戦略と日本の対応―日本版「接近阻止・領域拒否戦略」体制の構築―」『国際安全保障』第41巻、第1号、2013年6月、60-72頁

中国は長期的観点からA2/AD戦略を展開している
戦闘訓練のために離陸する中国空軍の戦闘機J-11。
2015年末の時点で95機が配備され、防空任務等の目的で使用されている。
中国の戦略の源流として著者は毛沢東が1938年に『遊撃戦論』の中で展開し、鄧小平によって再解釈された戦略思想に着目しており、その基本的な特徴を次のように説明しています。
「その戦略思想は彼我の戦力比が味方に不利な段階では戦略的防御を意味する「韜光養晦(とうこうようかい)」を基本とする。つまり、能力を隠し、力を蓄えることを堅持し、将来の好機に備える。彼我の戦力比が改善されてほぼ拮抗状態になった場合には、戦略的対峙へと進み、「堅持韜光養晦、積極有所作為」へと移行する」(永岩、61頁)
さらに著者は、中国は最終的に戦力比が味方に有利になれば、戦略的反攻に移行し、当該地域での覇権を確立することを目指すとも述べています。
興味深いのは中国の戦略が単に一局面における戦力運用の問題だけを考えるものではなく、より長期的、将来的な視点に立っているという指摘です。中国は自国が相対的に弱者であり、米国と正面から戦っても勝てないことをよく理解しており、その上でA2/ADのような構想を打ち出してきているのです。

このことからも、中国のA2/AD戦略が単に米国の接近を一時的に食い止めることに終始するものではなく、より長期的観点に基づいて、米国の軍事的優位を脅かす意図があると考えなければなりません。
著者は中国軍の近代化の状況を見ても1991年の湾岸戦争を一つの契機として国防予算を継続的に増額させてきたことにも言及しており、中国が軍備を近代化させる取り組みが長期的な展望に立っていることを示しています(同上、62頁)。

東シナ海正面において日本版A2/AD戦略を準備
2013年の演習の際にF-15Jに搭乗する航空自衛隊の操縦士。
2015年末の時点で201機が運用されており、配備数としては空自で最も数が多い戦闘機。
著者は尖閣諸島を含む南西地域が中国軍の海洋進出を阻む障害として重要性を持つという判断に基づいて、「日本版A2/AD戦略」を実施するために自衛隊の戦力を活用することを主張しています。
その具体的な構想として以下のように説明がなされています。

(1)南西諸島域に堅固な海上・航空優勢領域を構築
(2)第一列島線以内に所在する中国海空戦力に対するスタンドオフ攻撃能力を自ら整備
(3)第二砲兵の弾道ミサイルおよび巡航ミサイル攻撃等に対し残存性、継戦性を高め、作戦基盤を堅固にするとともに戦力の適切な分散体制を確立
(4)南西諸島には堅固な作戦基盤を複数確保し、所要の陸海空自衛隊を事前配備(同上、67頁)

これは第二次安倍内閣で策定された「防衛計画の大綱」の内容に非常に近い戦略構想ではあります。特に航空優勢と海上優勢を南西地域に確立する重要性については、複数の研究が同じ見解を示しています。

ただし特異な事項として「第一列島線以内に所在する中国海空戦力に対するスタンドオフ攻撃能力を自ら整備」が盛り込まれていることが挙げられます。
この「スタンドオフ攻撃能力」が具体的にどの程度の射程を有する武器のことを指しているのかにもよりますが、著者としては東シナ海に展開し、活動している中国軍の海上、航空部隊を積極的に自衛隊として捕捉し、攻撃を加える能力を保持すべき、と考えています。

中国の領域を脅かさない限度で攻撃的能力を整備
中国海軍のミサイル駆逐艦「珠海」、排水量が3,670t、最大速力は35kn。
「日本版A2/AD」を掲げていますが、この論文で著者は日本が中国と同じ戦略を採用すればよいという単純な主張をしているわけではありません。
なぜなら、A2/ADという戦略構想を準備するためには従来の専守防衛の考え方のままでは限界が生じてくるためです。著者が強調しているのは、むしろその問題点の方です。

著者は中国の領土または領海に対する攻撃は行うべきではない、という姿勢を明らかにした上で、東シナ海においては一定程度の攻撃的能力を自衛隊が保持すべきと考えました。
「中国同様、日本も攻防兼備の能力を確保する。かつては専ら侵略的装備品と見なされた遠距離攻撃兵器や空母ですら、中国は自らのA2/AD戦略のために整備している。日本の場合、原則として中国の領空・領海いないへの攻撃は企図しないことを言明しつつ、第一列島線内の緊要な領域で機能できる攻防兼備の能力を確保し、必要に応じ迅速に対応する」(同上、68頁)
これは、それまで専守防衛の姿勢にそぐわないと見なしてきた防衛装備品であっても、攻撃と防御の両面でバランスよく戦闘力を発揮する必要も考えられるため、今後はそれを取得することも検討すべきという考え方です。(同上、64-5頁)。
中国の領土、領海、領空に対する脅威を脅かさないことを一つの限度としてはいるものの、これは自衛隊のそれまでの戦略を大きく見直す必要があることを指摘したものとして注目すべき内容といえるでしょう。

中国に対抗できる日米防衛協力のあり方
日本が構築すべき防衛体制が従来の路線の延長であってはならないという立場に立つ著者ですが、その考え方は日米防衛協力の将来像に関する考察でも表れています。
まず日米共同作戦の考え方として著者は「日米はその堅固な作戦基盤を根拠に第一列島線領域付近における作戦の主導権を確保する。その際、敵防空網を突破できる複数の回廊を確保しつつ、敵縦深部のA2/AD防御態勢の無力化を追求できる統合共同作戦態勢を整備する」と述べています(同上、68頁)。
これはエアシー・バトル構想で予定された米軍による中国本土に対する攻撃の可能性が想定されたものといえます。

その役割分担に関しては同盟の片務性に関する見直しをはじめ、グレーゾーン事態における対応を詳細に検討し、「日米防衛協力の指針」の改訂により、自衛隊と米軍の協力をより緊密なものとする必要が述べられています。
こうした一連の議論で著者が目指しているのは、米国がその厳しい財政状況により単独で所要の防衛体制を確立することができない分、それを強化された自衛隊の能力で補完し、東アジア地域の安定を確保するということです(同上、69頁)。
従来のような受け身の日米同盟ではなく、日本が積極的に地域の勢力関係に関わっていくことがここでは意図されているのです。

むすびにかえて
この記事では日本のことが中心となりましたが、著者は元空将であることもあり、この論文では中国の軍備の近代化の状況や米国の戦略に関しても細かな検討が読み取れます。

中国が直ちに日本に対して軍事行動を起こし、大規模な武力紛争が発生するという可能性は依然として小さいと著者は見積っていますが、引き続き不意の軍事衝突から大規模な紛争へと事態が拡大する恐れがあるとも認めています(同上)。
この安全保障上の課題に対応するに当たって、日米同盟だけを頼りにすることは必要なことであるが、日本自身の安全保障体制を整えてこそ日米両国の同盟がより一層強固なものとなるという著者の考え方は、原則論ではありますが非常に重要だと思います。

ただし、この原則論をもって日本版A2/AD戦略を受け入れるべきかどうかは、さらに議論されるべき論点だと私は考えます。
確かにA2/AD戦略を日本として採用すれば、それは中国のA2/AD戦略にとって新たな障害となるかもしれませんが、それは具体的にどのような武器体系をどの程度の規模保有することにより実現されるのかは必ずしも明確ではありませんし、また国民の理解が得られるのかどうかという問題もあります。

戦略の選択は究極的には政策、政治上の意思決定に従属する問題です。この論文で提起された議論を受けて、日本がどのような防衛力を保有するべきなのか、改めて国民的な議論が求められると思います。

KT

2 件のコメント:

  1. 他の記事でも度々触れられていますがスタンドオフ攻撃能力は専守防衛より攻撃的であり、安全保障のジレンマを引き起こしやすいですよね。
    島嶼にASM・AAを設置するあたりが落とし所になるのでしょうか

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    1. コメントありがとうございます。ご指摘の通り、現実的には南西諸島にASMの配備を進める案が無難ですし、その点に関しては従来の防衛計画の大綱とも大きな相違もないと思います。スタンドオフ能力は安全保障のジレンマを引き起こすとのご指摘の仰る通りです。
      ただ、ここで著者が最も問題視しているのは、米軍の能力低下に伴う日本の抑止力の低下であり、それゆえ自衛隊がより積極的な能力の向上に努めるべきという考えになっています。
      従来の自衛隊の作戦が米軍が対中攻撃で縦深突破が可能な能力を保持することを前提にしているため、米軍が所要の戦力を整備できない可能性を懸念する著者としては、従来の防衛態勢では抑止の実効性に疑問が残ってしまうと懸念しています。「日米は(中略)敵防空網を突破できる複数の回廊を確保しつつ、敵縦深部のA2/AD防御態勢の無力化を追求できる統合共同作戦態勢を整備する」と著者が述べていることは、まさに縦深突破の能力整備に自衛隊がこれまで以上に取り組むことを示唆するものです。
      まとめると、スタンドオフ能力の整備を日本として控えることは、政策的に慎重な選択ではあります。しかし、諸般の軍事情勢の変化に伴い、自衛隊がより積極的に前面に出て防衛態勢を取ることが求められつつあることも実態としてあり、だからこそ一定程度の攻撃的能力を保持すべきか否かが論点となるということだと思います。この点に関しては専門家の間でもかなり議論が分かれるところだと思います。

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