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2016年4月3日日曜日

論文紹介 オフショア・コントロール(Offshore Control)とは何か、日本の視点から

中国が接近阻止/領域拒否の能力を強化していることを受けて、エアシー・バトルという構想で米国はこれに対抗すべきという議論が研究者の間で議論されたことは、以前の記事で説明した通りです。
しかし、最近の戦略論争ではエアシー・バトルの構想に対して批判的立場を取る研究者も少なくなく、近年の米国国内の政治情勢が国防予算の増額を妨げている以上、より現実的な戦略を策定する必要があるという論調が見られます。

今回は、このエアシー・バトルの代替案となる戦略としてオフショア・コントロール(Offshore Control)の実効性を主張した研究の要点を紹介したいと思います。

文献情報
Hammes, Thomas X. 2012. "Offshore Control: A Proposed Strategy for an Unlikely Conflict," Strategic Forum, National Defense University, SF No. 278, (June), pp. 1- 16. http://www.dtic.mil/dtic/tr/fulltext/u2/a577602.pdf (Accessed, 2016 Feb. 4)

中国が核保有国である事実は見過ごせない
エアシー・バトルとオフショア・コントロールの違いとして興味深いのは、オフショア・コントロールが米中間で核のエスカレーションが発生する危険をより重視している点です。
中国は核保有国であり、弾道ミサイル攻撃を行う能力があるのですから、政治的決断が下されれば通常兵器による戦争を核兵器による戦争へと移行させることが理論上は可能です。

したがって、米国が対中戦略を考える際には、以下のような想定を置くことが必要であると著者は論じています。

前提(1)中国の側が紛争を開始する。
前提(2)中国との紛争は長期化する。
前提(3)米中の大規模紛争は世界経済に甚大な損害を与える。
前提(4)米国は中国の核使用に関する意思決定過程を理解していない。
前提(5)宇宙及びサイバー空間では第一撃が大きな優位性をもたらす(Hammes 2012: 3-4)。

これらの想定を踏まえれば、米国が中国を全面的に攻撃するような戦略は実行不可能です。
中国軍で核兵器がどのように運用されるのかを熟知していれば、核のエスカレーションを管理することも可能かもしれませんが、そのような情報は最高機密の扱いであり、米国としてこれを完全に把握できている保証はありません。

対中戦略の研究において核戦争の可能性を軽視するようなことは適切ではありません。著者は「中国の装備品を攻撃する方法は、中国が持つ核の能力によって制限されることを米国は受け入れなければならない」と著者は述べています(Ibid.: 4)。

予算内で米軍に実行可能な戦略は海上封鎖である
もう一つ考えるべきは、最近の米国の政治情勢で歳出の増加は現実的ではなくなっているということです。どのような戦略であれ、その計画を予算化して実効性を確保できなければ、現実に意味を持ちません。
現在の米国の歳出削減の動きから考えれば、著者は少なくとも紛争が開始された時点において限られた装備品で実行できる戦略を組み立てておく必要があると考えました。

オフショア・コントロールはこうした情勢判断に基づいて組み立てられた戦略であり、中国を遠方から封鎖するというのがその基本的な構想です。
「それ(オフショア・コントロール)は第一列島線の内側の海域を利用することを拒否し、第一列島線の海域と空域を防衛し、第一列島線の外側の空域と海域で優位に立つという多層的構造を確立するものである。中国の空域に進出する作戦は行わない。この進出の禁止は、核のエスカレーションの確率を低下させ、戦争をより容易に終結に導くことを意図したものである」(Ibid.: 4)
東シナ海と南シナ海に沿った線が第一列島線、東京からグアム、ミクロネシアに至る線が第二列島線。
より詳細にこの戦略の特徴を見ていくと、著者は第一列島線の内側つまり東シナ海に展開されるのは第一に潜水艦、機雷、そして小規模な航空兵力であると述べています(Ibid.)。
これらの兵力は中国が海上交通路を利用できなくさせ、海上封鎖を直接的に行う部隊に位置付けられます。

さらに第一列島線上の防衛では米軍の各種装備をもって当たりますが、この地域で米軍は同盟国とともに中国軍を迎え撃つことができる体制をとります。特に重視されているのは戦力の空白地帯を作らないように間隙なく空軍、海軍の展開に適した陸上基地を設置することであり、そこでは地対空ミサイルと地対艦ミサイル、さらに機雷戦能力を重視します(Ibid.: 5)。

そして第一列島線の外側では中国の経済を支える海上交通路を完全に遮断してしまいます。著者は「中国に輸入される原油の80%がマラッカ海峡を通過する。もしマラッカ海峡、ロンボク海峡、スンダ海峡、そしてオーストラリアの北部と南部の海上交通路を支配すれば、海運を遮断することができる」と分析しています(Ibid.)。これらの海上交通路を失えば中国の経済力は大幅に低下させることができると同時に、軍事力の稼働にも影響を及ぼすことが期待されます。
こうすれば、中国本土を攻撃しなくとも、戦争を終結に導きやすいというのが著者の考えなのです。

予想される中国の対抗戦略のリスクは限定的
オフショア・コントロールに対して中国が取り得る戦略を著者は直接的なものと間接的なものに区分して考察しています。

第一に、中国は平時に行う威嚇を強化する戦略をとる可能性があります。もともとオフショア・コントロールは第一列島線に領土を持つ諸国家との同盟を前提にした戦略であり、特に韓国、日本、オーストラリアとの防衛協力が重要であると指摘されています(Ibid.: 7)。
つまり中国はオフショア・コントロールに対抗するには、米国と直接的に敵対する必要はなく、その同盟国への圧力を強め、戦争に巻き込まれるリスクを見せつけることで、同盟から脱落させることが可能なのです。
さらに、中国が同盟国に対して航空機やミサイルによる攻撃を加えることや、経済制裁による報復措置をとることもまた予測されます(Ibid.)。

第二に、中国はオフショア・コントロールに対抗して世界規模の通商破壊を行うことも戦略的には考えられます。
オフショア・コントロールでは第一列島線を防衛線として重視していますが、中国が潜水艦を増強し、また世界各地に置いた作戦基地を利用できるようにしておけば、そのような防衛線の外側で中国軍の部隊が活動を展開し、米国とその同盟国の海上交通路に脅威を及ぼすことは可能です(Ibid.: 8)。
さらに中国の対応として、無人機による攻撃、宇宙空間、サイバー空間における攻撃、証券市場における米国債の売り浴びせ、また情報戦、心理戦の展開なども予測されますが(Ibid.: 8-9)、著者は基本的にこれらのリスクに対応することはオフショア・コントロールの枠組みで対処可能であると論じています(Ibid.: 7-9)。

東アジア地域における台湾の防衛をどう考えるべきか
このオフショア・コントロールの最も重要な問題の一つは台湾の問題です。台湾防衛の可能性は米中関係の研究で最も長らく研究者が検討を続けてきた論点ですが、著者はこの論点について次のように述べています。
「中国は台湾に対して奇襲的に圧倒的なミサイル攻撃を加える能力を保有する。米軍部隊は台湾軍部隊と行動を共にすることも、台湾に展開することもできない以上、米国が突発的な攻勢を食い止めることも、せめて攻勢を遅らせることもできない。もしこの地域で米国の航空勢力が存在するとしても、移動式発射装置を捜索し、攻撃するために航空戦力が有効ではないことが歴史的経験から明らかである」(Ibid.: 12)
著者は海兵隊員らしい率直さをもって米軍の現戦力で中国のミサイル攻撃から台湾を防衛することはができるとは考えにくいことを認めています。
ただし、対上陸防衛に対しては台湾にも対応できることがあり、特に機雷、対艦ミサイル、潜水艦、防空能力の強化によって中国軍が重視する短期決戦を阻止することは米国の援助があれば実行可能とされています(Ibid.: 13)。

全体としてオフショア・コントロールという戦略の特徴を見ると、米国の歳出削減という制約の中でも実効性が期待されるように工夫された戦略ですが、それと同時に中国との対外関係を悪化させる事態は避けたいという米国の意向を反映した戦略という側面があることも確認されます。
つまり、もし中国が武力攻撃を仕掛けたとしても、米国としては可能な限り速やかに中国と講和に持ち込むことを重視しており、東アジア地域で使用する兵力が過剰に大きくなることを避けようとしているのです。

オフショア・コントロールと日本の防衛
この議論を踏まえて日本が考えるべき安全保障上の論点が少なくとも二つあります。

一つはオフショア・コントロールで中国の軍事行動をはじめとする武力攻撃を抑止し、また必要に応じて対処する上で果たして十分なのかという疑問が残ります。
自衛隊は憲法9条の下で攻撃的能力を持たない専守防衛の戦略方針を採用していますが、これは米軍が自衛隊に代わって攻撃的能力を発揮することを一定程度想定したものです。もし米軍がオフショア・コントロールのような戦略を本格的に採用した場合、自衛隊の態勢を大幅に見直す必要がどれほど出てくるのか、検討しておくことが必要かもしれません。

第二の課題は、中国がこのオフショア・コントロールをどのように認識するのかという点です。
著者は米国のオフショア・コントロールに対する中国の可能行動を検討した上で、中国にできることは必ずしも多くはなく、中国の海上交通路を封鎖しさえすれば、時間をかけて米中対立を軟着陸させることができると見ています。
しかし、もし米国がオフショア・コントロールで中国本土を攻撃しない方針をとると、中国の政策決定者は武力攻撃が失敗したとしても、予想される損害を小さく見積もる危険が出てきます。これは抑止の観点から望ましいことではありません。

結局のところ、東アジア地域で米軍部隊が後退配備をとると、それだけ他の同盟国の部隊が前進配備を取らざるを得ません。そして米国には米国の国益があり、日本の国益のために米国が行動するに違いないと無条件に想定するべきではありません。

大国との同盟に安全保障体制を依拠するすべての国家は、その大国の国内政治の展開によって国家の主権や独立が左右されてしまいます。
絶えず変化する国際政治の世界で生き残るためには、情勢の変化に素早く対応できるように、平素からさまざまな安全保障戦略を研究し、備えておくことを欠かせないことを今一度確認すべきだと思います。

KT

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