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2016年9月25日日曜日

論文紹介 裏切られた短期決戦の想定

私たちは自分にとって都合が悪い未来を想定しようとしませんし、それを可能な限り回避しようとする心理が働くものです。これは将来の戦争について考える場合に特にあてはまる事象であり、歴史的には1914年、つまり第一次世界大戦が勃発する前のヨーロッパで広く見られた事象でもあります。というのも、多くの識者や軍人は、第一次世界大戦が短期間で決着するものだと信じていたのです。

今回は、第一次世界大戦が短期決戦で終わるという見通しがどのように形成されていたのかという問題に取り組んだ論文を取り上げ、その内容の一部を紹介したいと思います。その上で、現代の安全保障環境においても戦争が長期化するというリスクを無視すべきではないことを考えたいと思います。

文献情報
Hambridge, Robert W. "World War I and the Short War Assumption," Military Review, Vol. LXIX, No. 5, (May 1989) pp. 36-47.

普仏戦争とモルトケの影響
古くから軍隊は過去の戦争を戦おうとする、と言われていますが、第一次世界大戦はまさにその一例でした(Hambridge 1989: 39)。つまり、欧米の軍隊では将来戦争が短期決戦になるということが広く予見されるようになり、戦争計画でもそれが当然の想定として受け入れられていったということです。しかし、どうして将来の戦争が短期決戦になると予見されていたのでしょうか。
プロイセン陸軍参謀総長ヘルムート・フォン・モルトケは普仏戦争で巧みに作戦を指導し、そのことが国内外で高く評価されただけでなく、ヨーロッパ各国でプロイセン軍を一つのモデルとした軍制改革を進める契機をもたらしたことで知られている。
その経緯を理解するためには、19世紀プロイセン陸軍の参謀総長ヘルムート・フォン・モルトケ(Helmuth von Moltke)が普仏戦争で見せた卓越した作戦指導について知ることが重要です。
「1870年から1871年にかけての勝利によって、19世紀後半の軍事思想におけるヘルムート・フォン・モルトケの遺産は際立っていた。普仏戦争において「動員のためのプロイセンの命令から7週間以内、そして本格的な戦闘開始から5週間以内、攻撃を受けていた東部の要塞に配備された守備隊を例外とすれば、フランスの正規軍は壊滅していた」しかし、モルトケの個人的名声と彼の勝利の偉大さは、後の世代の軍事思想を啓蒙するのではなく、破壊する傾向があった。それは将来の大戦でより重要となるであろうアメリカ南北戦争の教訓を軍事思想家が見過ごす事態をもたらした」(Ibid.)
19世紀の軍人の眼から見れば、プロイセン軍は最も先進的な軍隊の一つであり、モルトケはその思想的権威として捉えられていました。実際、ドイツ国内においても、モルトケの後任者としてドイツ軍の作戦計画の立案に当たったアルフレート・フォン・シュリーフェン(Alfred von Schlieffen)にも、モルトケの影響が見て取れます(Ibid.)。さらに、普仏戦争の敗戦国であるフランスもモルトケの作戦を熱心に研究するようになっていました。
「当然のことながら、普仏戦争の結果はまた、第一次世界大戦前のフランス軍の思想に影響を与えた。フランス人は次の戦争が戦場で敵を撃滅するという一回の戦闘を目標とした国家全体が参加する全面戦争になるだろうと信じていた。何人かのフランス人の研究者は、模範としてドイツ軍を観察し、一般徴兵法の支持者になった。普仏戦争の結果として学んだ教訓は、ナポレオンの戦いの原則と結びつき、第一次世界大戦の勃発前の年月を通じてフランス人の戦術的、戦略的思考に組み込まれた」(Hambridge 1989: 37)
しかし、モルトケが各国の軍人に影響を与えたとしても、それは将来の戦争が長期化しないと見積もった直接的な要因ではなく、あくまでも間接的要因であったと著者は考えています。モルトケの戦争指導をモデルとして見なすことは一つのきっかけであり、より直接的な判断の誤りは別の要因に求めなければなりません。それが戦時財政の問題と攻勢主義の問題でした。

長期戦は不可能であるという固定観念
1900年のパリ万国博覧会、19世紀最後に行われた万博として盛大に実施された。当時の科学と技術の発達、文化と経済の進展は戦争に伴う人的、物的費用を増大させ、戦果から得られる利得を相対的に小さくするものであったため、長期戦争は不可能であり、言論としてもそのような見解が有力であった。
普仏戦争の研究を通じてモルトケの作戦を将来の戦争に再現しようとする軍人にとって、戦争の長期化は想定外の事態というよりも、非現実的な事態として認識されるようになっていきました。そのような認識を強化していたのが戦時財政についての次のような判断でした。
「第一次世界大戦より前のヨーロッパでは、長期戦争が財政的に不可能であるという一般観念が存在していた。大規模な陸軍の動員は参戦国の財政的、経済的な活力を崩壊させると見られていたため、それが紛争の長期化を不可能にすると考えられていた。イギリスでは陸軍元帥のロバーツ卿は日露戦争を終結に導いたポーツマス交渉に日本を向かわせた要因の一つが財政的問題であったと見ていた。エドガー・クラモンド(Edgar Crammond)は『タイムズ』の記事で欧州列強の6カ国が将来の戦争で負担する費用の一日当たりの平均は880万ポンドであり、これは平時の一日当たりの支出の9倍以上であると見積もった。それゆえ、彼は列強の戦争方針は短期の戦争と見積もらなければならない、と結論付けたのである」(Ibid.: 40)
つまり、戦時財政は短期間で破綻する恐れが生じるため、近代国家によって遂行される戦争は必然的に短期にならざるをえないということです。
長期戦争を第一次世界大戦を経験していない人々にとってみれば、こうした経済的要因に基づく説明には説得力がありました。戦争が勃発すれば、人員だけでなく物資や輸送手段などが国家の管理下に置かれることになり、国民生活に広範な影響が生じることは避けられません。
常識的に考えるのであれば、国家が経済を破綻させる危険を冒してまで大規模な対外戦争を推進するとは考えにくく、ましてやそれが何年にも及ぶほど長期化するなど非現実的なことだと思われました。

もう一つの問題は攻勢を極端に重視する軍事思想が台頭していたことです。
著者がここで取り上げているのは、ドイツ軍のシュリーフェンではなく、フランス陸軍元帥のジョゼフ・ジョフル(Joseph Joffre)の事例です。ジョフルは従来のフランス陸軍が受動的、消極的な防勢作戦を重視しすぎていることを疑問視し、攻勢の意義を強調すると同時に、その思想をフランス陸軍の教義として普及させていきました。
「新しく攻勢的な戦闘計画を導入し、フランス軍の首脳部を再編することで、フランス陸軍には新たな自信がもたらされることになった。フランスでは、数的に優勢な敵、たとえドイツ軍であったとしても、活力みなぎる攻撃精神が旺盛なフランス陸軍にかかれば撃破することが可能であると語られた。一部陸軍が関与した集中的な宣伝キャンペーンによって、フランス軍の兵士は部隊の規模にかかわらず、敵に対して優位に立っていると確信するようになった」(Ibid.: 42)
このようなフランスの攻撃精神を重視する考え方は、イギリスの防衛論争にも影響を与えていました。著者は当時イギリスの新聞や雑誌といった媒体では、フランス軍がドイツ軍と戦争になれば、普仏戦争の時のような短期決戦によってフランス軍が勝利を収めるであろうという意見が広められていたことを紹介しています(Ibid.: 43)。

一方のドイツでは東西二正面で作戦を有利に遂行するためには、防勢ではなく攻勢を選択すべきであるという考え方が主流となっていました(Ibid.: 43)。ドイツの状況で特異であったのは、短期決戦に持ち込まないと勝利が望めないという消極的な理由が大きかったということですが、結果としてはフランス軍と同様に攻勢を基本的方針とすべきという意見が有力でした。

各国の状況を一概に単純化することはできませんが、第一次世界大戦を知る前の人々が抱いていた将来戦争の観念はこうしたものでした。今だからこそ楽観的にすぎるとも思われますが、19世紀初頭のナポレオン戦争が1815年に終結してから、ヨーロッパはしばらく平和な時代が続いており、注目に値する武力衝突といえば普仏戦争ぐらいのものだったことを、思い起こさなければなりません。第一次世界大戦が勃発した際にも短期間で決着がつくはずであり、それが長期化するようなことは経済的にも、軍事的にも起こりにくいシナリオだったのです。

むすびにかえて
第一次世界大戦のような戦争はもはや核兵器という絶大な威力を発揮できる兵器体系が登場したことによって、不可能になったという考え方があります。この考え方を支持する人々は、冷戦期において将来の戦争が短期間で決着するはずであると予見していましたが、著者はこうした状況が第一次世界大戦の勃発する前の状況と類似点があると指摘しています。

そもそも核兵器が存在するからといって、戦争それ自体が不可能になったわけではありません。核兵器の使用にエスカレートしない範囲で、通常兵器を用いた限定戦争が長期にわたって継続するという可能性があることを見過ごすべきではありません。
「かつてヨーロッパで戦われた長期にわたる戦争と、将来のヨーロッパで戦われるであろう戦いとの間にある最も顕著な相違とは、核兵器が使用される可能性がある、ということである。将来の戦争がどれほど続くかは核兵器が使用されるかどうかによって判断されるだろう。この結論で設定した明示的想定は、核兵器は使用されないであろうというものである。この想定は必ずしも無効ではない。核兵器はソ連の浸透を阻止するための最後の手段としてのみ使用されるべきである。しかし、そうすることによって、 NATOは、自らが防衛し、また保護すると約束した領土を破壊することになる。またワルシャワ条約機構による核先制使用も、獲得しようとする土地を破壊してしまう。しかも、戦術核戦争よりも大規模かつ破壊的な戦争へとエスカレートするという可能性恐るべき現実となる。したがって、彼我の勢力は、ヨーロッパの戦場においてはいかなる規模であれ、核兵器を使用することに非常に慎重になるであろう」(Hambridge 1989: 46)
将来の戦争の様相を考えることは戦略研究の基礎と位置付けられます。しかし、それは自分にとって都合がよいように空想をめぐらせることであってはなりません。考えられるシナリオをさまざま用意し、それに対して現状の態勢でどこまで対応できるのかを丁寧に検証していくことが重要です。
現代の発達した兵器を使用すれば、たちまち多くの犠牲者が出ますし、そのような戦争は経済的に非合理的な事象なので、そもそも起こるはずもないという議論は、確かにもっともかもしれません。しかし、そうした議論に多くの人々が欺かれた歴史があることを知っておくべきではないでしょうか。

KT

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