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2016年9月30日金曜日

論文紹介 米ソ決戦における米海軍のASW戦略

現代の世界において潜水艦が果たしている戦略上の役割は極めて大きなものであると言わなければなりません。
潜水艦発射弾道ミサイルが開発されて以降、特に原子力で推進する潜水艦については、敵の政経中枢を核攻撃する主要な手段として位置付けられるようになりました。弾道ミサイルを搭載していない潜水艦についても、潜航可能な距離が延伸されており、こうした特性を活用することは戦略上重要な意味を持っています。

今回は、ソ連の潜水艦部隊が著しく増強され、米国の脅威となっていた1980年代の軍事情勢を踏まえ、戦略の観点から米海軍の潜水艦隊を有事においてどのように運用すべきかを研究した論文を紹介したいと思います。

文献情報
Stavridis, James. G. 1987. "Creating ASW Killing Zones," Proceedings, 112: 38-42.

ソ連の潜水艦の脅威と米国側の戦略構想
この論文が出されたのは、1986年に米国が戦略防衛構想(Strategic Defense Initiative, SDI)を発表し、ソ連を軍事的に封じ込める姿勢を明確に打ち出した直後のことでした。当時の米海軍は海洋戦略(Maritime Strategy)の構想に従って、攻勢的な海上戦力の態勢を充実させることに努力しており、ソ連に対する海上での圧力を強めようとしていました。しかし、ソ連海軍は1970年代から増強を重ねてきた潜水艦部隊をもって、こうした圧力に対抗していました。

著者はこうした状況を理解し、米海軍で対潜戦闘(Antisubmarine Warfare, ASW)が今後の海上作戦で最も重要な要素であると考えていました。論文でも「ソ連の潜水艦戦略は原子力攻撃潜水艦(SSN)、原子力巡航ミサイル潜水艦(SSGN)に対する障壁作戦と原子力弾道ミサイル潜水艦(SSBN)に対する高度に攻勢的なASWの活動を組み合わせることが求められる」と述べています。

ここでの障壁作戦とは、広く解釈すれば海上封鎖に近い意味を持つ構想であり、言い換えれば交通上の重要な海面において、各種センサーと兵器体系を展開し、ソ連の潜水艦の位置をいち早く察知し、これを確実に撃破するという構想です。このような阻止線を構成できれば、確かにソ連海軍の潜水艦を一部の海域に閉じ込めておくことは可能になると考えられます。
しかし、このような戦略を実行に移す場合には、世界各地の海域のどこを重視するのか、言い換えれば、どこでソ連海軍の進出を食い止めるのかという点が問題でした。

ソ連の可能行動の分析と作戦地域の区分
北極圏は北極海が中心であるが、ベーリング海やノルウェー海も含まれており、冷戦構造の下では米ソの勢力圏が最も近接している海域として戦略的に重要であった。著者もここをレッド・ゾーンとして区分し、有事には敵のSSBNを撃破する攻勢作戦を実施することを構想している。
そもそもソ連海軍が戦時に入ったならば、どのような行動を取ると考えられるのでしょうか。非常事態における潜水艦の運用は高度な軍事機密に属する事柄ではありますが、著者は次のような可能行動が考えられると述べています。
「ソ連は護衛のための1隻か2隻のSSNもしくはSSGNを伴わせて、SSBNを外海に派遣する。このことはSSNを刻々と捕捉されないようにするだけでなく、同盟国の軍艦や商船を自在に攻撃することを可能にする。ソ連は60隻以上のSSBNを保有し、おおよそ120隻のSSNとSSGNを持っている。これだけの戦力があれば、このような戦略を容易く実行することは十分に可能である。前方に配置されたSSNとSSGNの柔軟性を確保するために、ソ連はこれらの潜水艦を用いれば、空母戦闘群(CVBG)や同盟国の海上連絡線(SLOC)に対する攻勢に出ることも可能であり、またSSBNを護衛するような防勢も可能である」
著者は、さらにディエゴ・ガルシア、スービック湾、ロタ、ホーリー・ロッホといった米軍の主要な基地に対して攻撃を加えるために、ソ連がSSGNを使用する可能性についても指摘しています。潜水艦についてはさまざまな運用が可能ですが、著者はソ連の可能行動に対処するためにはASW戦隊の運用が重要であると考えましたが、それを全般的に配備するような考え方ではなく、特定の地域に重点を置く態勢が望ましいと考えました。

著者の見解によると、最も重視すべき海域は北極海、北海、バレンツ海、カラ海、ラプテフ海、東シベリア海、オホーツク海とされており、これらの海域はソ連が核攻撃能力を確保するために、SSBNを展開する公算が大きいと判断されています。その戦略的な重要性からレッド・ゾーン(red zone)に区分されています。
次に重視すべきとされている海域は日本海、ベーリング海、グリーランド・イギリス間の海面、そしてボーフォート海です。ここではソ連がレッド・ゾーンに進出を図る米国のCVBGを撃破するため、ソ連のSSNなどが活発に活動すると見られています。著者はこれらをオレンジ・ゾーン(orange zone)と呼んでいます。
最後に重視すべき海域が米国と同盟国のSLOCを構成する海域であり、具体的には北太平洋、北大西洋、インド洋、南シナ海が含まれます。ソ連のSSNなどが商船に対して攻撃を仕掛けることや、基地に対する直接的な攻撃もこうした海域で実施されるものとされており、著者はイエロー・ゾーン(yellow zone)と呼んでいます。

作戦地域の特性に応じたASW戦力の運用
長時間の飛行が可能であり、かつ旋回性能に優れた対潜哨戒機は現在のASWの基本的手段である。潜水艦を捜索し、発見すれば魚雷や爆雷によって攻撃する能力を備えており、著者はイエロー・ゾーンで運用すべきと主張している。
このように作戦地域を区分することによって、著者はそれぞれの地域の特性に応じた戦力の運用が促進されると考えました。
例えば、米海軍が平時にレッド・ゾーンに艦艇を派遣する場合にはSSBNを使用し、オレンジ・ゾーンでは長距離哨戒機、そしてCVBGとASW戦隊はイエロー・ゾーンにおいて使用します。ただし、同盟国のASW部隊はそれぞれのゾーンに特定の割合で配備するものとします。有事には米国のSSNでイエロー・ゾーンとオレンジ・ゾーンの敵の脅威を一掃し、レッド・ゾーンに我の部隊を進出できるようにしておくのです。

しかし、具体的な作戦行動はどのようなものになるのでしょうか。
著者は米ソ開戦に至った場合に考えられるシナリオとして、著者は第一段階として戦争への移行、第二段階として主導権の獲得、第三段階として敵との戦闘の遂行を考えています。

第一段階では米国のSSNがイエロー・ゾーンとオレンジ・ゾーンの敵を捜索し、オレンジ・ゾーンで敵と接触した場合には長距離哨戒機に引き継ぎ、また同地に配備するASW戦隊(タイコンデロガ級1隻とスプルーアンス級2隻、オリバー・ハザード・ペリー級2隻で編成)で警戒に当たります。もし使用が可能であればCVBGもイエロー・ゾーンに展開しておき、ソ連のSSNとSSBNの基地に攻撃を加える準備を整えます。

第二段階に移ると、ソ連のSSNとSSBNの作戦計画について評価した上で、国家政策レベルでの決定を下し、レッド・ゾーンで対潜戦闘を開始します。同時にオレンジ・ゾーンで捕捉しておいたソ連のSSN全てをASW戦隊で攻撃し、CVBGについては敵のSSBNの基地であるウラジオストクなどを破壊し、その活動水準を低下させます。こうした一連の初動で敵の潜水艦部隊の主力をどこまで撃破できるかによって、第三段階の展開も大きく変化してきます。

第三段階においてはレッド・ゾーンでの戦闘を継続するか、部隊をオレンジ・ゾーンにまで退却させるかを判断します。この判断はソ連の計画どのように再評価できるのか、レッド・ゾーンでの戦闘がどのように進むのかによって異なります。オレンジ・ゾーンで活動するASW戦隊については長距離哨戒機と連携し、地域ごとに対潜障壁を形成する作戦に移ります。ここからは、まだ捕捉できていないソ連のSSNを捜索する作戦を継続することが主眼となります。

むすびにかえて
日本の防衛という観点からこの論文で興味深いのは、日本の周辺に位置する海域が、米海軍の戦略において重要な意味を持つことが言及されている点です。

レッド・ゾーンに区分されるオホーツク海は北海道の北東方向に位置しており、有事にはここで米国はソ連のSSBNを撃破するための対潜戦闘を実施することも検討していました。オレンジ・ゾーンに区分される日本海、そしてイエロー・ゾーンに区分される北太平洋に至っては、日本列島を取り巻く海域全体が米ソ決戦における重要な作戦地域となることも論じられています。戦略的に重要な位置にある日本が、強力なASW能力を持つことの意義は高く評価されるべきでしょうし、日本がカバーすべきオレンジ・ゾーンの防衛線が脆弱になれば、それだけレッド・ゾーンにおける米海軍の攻勢にも影響が出てくると認識することが重要です。

KT

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