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2016年9月19日月曜日

論文紹介 即応展開部隊(RDF)とウォルツの中東戦略

湾岸戦争で退却するイラク軍の部隊が破壊したクウェートの油田。湾岸地域は特に産油国が集中している地域であり、原油の取引を通じて世界経済に与える影響も大きく、米軍の戦略でも重要な地域と見なされてきた。
冷戦期に米軍が中東地域の重要性を認識するきっかけとなったのは、1979年のソ連によるアフガニスタン侵攻でした。
当時、米軍は中東地域に十分な規模の部隊を配備しておらず、事態の急変に対応できないことが懸念されていました。1979年9月1日に米上院外交委員会では中東地域におけるソ連軍の脅威に対応するため、即応展開部隊(Rapid Deployment Force, RDF)の創設が提案されており、この提案が受け入れられて1980年3月1日にRDFの設置に至ります。

RDFは中東における米軍のプレゼンスを強化する重要な一歩でしたが、十分な議論が尽くされないまま設置された側面もあり、政治学者のケネス・ウォルツ(Kenneth Waltz)はRDFの戦略が不明確、曖昧なまま残されていることを懸念していたのです。
今回は、こうした状況でウォルツがRDFの戦略について、主に軍事的観点から検討した論文を紹介したいと思います。

論文情報
Waltz, Kenneth N. 1981. "A Strategy for the Rapid Deployment Force" International Security, Vol. 5, No. 4, pp. 49-73.

中東でRDFが必要となる理由を考える
ケネス・ウォルツ(1924-2013)は米国の政治学者
国際政治の理論、ネオ・リアリズムを確立した研究者として世界的に知られている。
この論文でウォルツが最初に指摘していることは、米国がRDFを必要とすることは明らかであるものの、具体的にRDFにどのような任務を、いかに遂行させるのかという戦略が不明確なままになっている、ということでした。

当時の計画によれば、RDFに配属される兵力は、陸軍3個師団、海兵隊3個師団、レンジャー2個大隊、特殊部隊を主力としつつ、空母3個任務群(太平洋と大西洋に6隻ずつ展開している空母任務群から抽出)、数個飛行隊(戦闘機飛行隊40個を本土、30個を西欧、10個を北東アジア)をふくめることが予定されており、緊急展開の兵站支援を目的とする海上事前集積船14隻の整備も含めて、1980年代半ばまでに態勢を完成させることになっていました。

しかし、著者はこの戦力を使用することで米国が達成したい目標は何か、それを達成するための具体的な戦略がどのようなものかについては十分に議論されていないことを懸念していました。
「米国がベトナムで得た教訓とは、米国が海外において軍事的に干渉すべきだということでも、すべきでないということでもない。そうではなく、三つの条件が満たされる場合に限って我々は軍事的な介入を行うべきである、ということである。すなわち、核心的利益が危険に晒されていること、非軍事的手段が核心的利益を保全できないこと、そして武力の使用により我々の目的が達成できると期待できることである」(Waltz 1981: 49)
著者はソ連の活動が無条件に米国の国益を侵害するものと決めつけてかかることは危険なことであるとも述べており、もしソ連が中東で政治的、軍事的活動を活発化させるからといっても、それが直ちに米国の死活的利益を脅かすものと見なすべきではないと述べています(Ibid.: 50-51)。実際、米国経済は中東の原油に必ずしも依存しているわけではなく、ソ連が中東で支配権を拡大したとしても、それだけで米国が経済的に行き詰まるとはまでは著者は断定していません(Ibid.: 51)。

しかし、視野を米国だけではなく、世界全体に広げると、事情は変わってきます。中東の特に湾岸諸国は全世界の35%に当たる原油を供給しており、この数字は非共産圏に限定すると45%にまで跳ね上がるという統計もありました(Ibid.: 52)。中東地域でソ連の軍事行動を抑止できず、中東諸国の原油供給が滞る事態に至れば、米国と同盟、友好関係を持つ多くの西側諸国が経済的危機に直面する可能性があったのです(Ibid.: 53)。
「他国でも果たせる役割はさておき、米国は以下の3種類の脅威に対処する準備を整えているべきである。すなわち、原油の供給と輸出に大きな影響をもたらすOPEC諸国に対する禁輸、地域的混乱に起因する原油の供給と輸出への攪乱、軍事的攻撃・破壊工作、以上の3点である」(Ibid.)
ここで重要なポイントとは、RDFの任務はソ連軍に対して勝利を収めることではない、ということです。中東諸国が以前と同様に原油を世界各地に供給し続けていれば、RDFの目的は達成されていると言えるのです。このように著者はRDFの任務を分析した上で、次にどのような戦略を採用することが最良なのかをを検討しています。

RDFは「トリップワイヤー」として考えるべき
アフガニスタンの首都カブールで警戒に当たっているソ連軍の部隊、歩兵戦闘車BMD-1に乗車している。中東地域におけるソ連軍は機甲師団、機械化歩兵師団を陸路だけで戦略機動させることが可能であるため、海路、空路に頼らざるを得ない米軍は有事の際には極めて不利な状況に置かれることが予測されていた。
著者の見解によれば、RDFの任務は中東地域においてソ連軍を打ち負かすことであってはなりません。とはいえ、中東地域でソ連軍が発揮しうる軍事力の水準に見合った兵力を保持することは重要です。そこで著者は中東地域におけるソ連の軍事的優位を次のように考察しています。
「ソ連の主たる優位は以下の通りである。
距離:ペルシア湾は米国から7,100マイル離れているが、ソ連からは1,100マイル程度しか離れていない。
指向可能な兵力:米国は97,700名の陸軍と海兵隊の部隊をRDFに配属させており、そこには空挺師団1個を支援できる後方支援部隊と、3個海兵旅団を支援できる航空機、後方支援部隊が含まれている。ソ連はイランの北部国境地帯に80,000名から90,000名の9個師団、さらにコーカサス、トランスコーカサス、トルクメニスタンの軍管区には、合計で約200,000名から成る23個の機械化歩兵師団が航空支援を受けられる態勢で配備されている。米国は空挺師団1個、空中機動師団1個、合計で33,200名の部隊を保有しているが、ソ連は49,000名から成る空挺師団7個を保有している。
時間:ウォルフォウィッツの報告書によれば、米国は30日でイランに20,000名の部隊を展開できるが、ソ連は同じ時間で同地に100,000名以上の部隊を展開できると推計されている」(Ibid.: 59)
中東地域における米ソ間の勢力を比較してみると、空間的、勢力的、時間的観点のいずれにおいても米国はソ連に対して不利である、と著者は見ていました。当時のソ連はアフガニスタンを軍事的に占領していたものの、湾岸諸国にまで部隊を前進させることができていませんでした。アフガニスタンから湾岸地域まではおよそ700マイル以上の距離があり(Ibid.: 60)、また山地などの自然障害も少なくありません。
1980年代の国際情勢を示した世界地図。米ソ間の勢力圏が直接的に接触しているのは欧州、極東であるが、1970年代末から中東の情勢が変化し、またソ連軍がアフガニスタンに侵攻したことで、米国と同盟、友好関係にあるパキスタン、サウジなどの諸国の防衛が米軍の世界戦略で問題となった。
こうした戦域の地理的特徴を活用しながらソ連軍に対して遅滞戦闘を行うべきとする意見もあったのですが(Ibid.: 64)、消極的、受動的な作戦だけで軍事的に優勢な敵の侵攻を阻止することは困難です。より現実的なRDFの戦略として、著者は抑止戦略、具体的には対ソ報復のトリップワイヤ―として考える方が望ましいと述べています。
「抑止者は報復の理由を必要とし、米国にはその理由が十分にある。要旨者はまた報復のための攻撃目標を必要とする。もしソ連がペルシア湾における油田を封鎖した際には、報復こそが抑止の信頼性を確保する。しかし、工作員が原油の供給を止めれば、我々は誰を攻撃するのだろうか。この問題への解答は、トリップワイヤーとして機能するために必要な部隊の範囲を定義することを助けてくれる。トリップワイヤ―としての部隊に防衛を依存することは、人々を不安にさせることである。より大規模な部隊があれば、我々はより安全であるという気分になるかもしれない。しかし、それは強調したい論点とは、そのワイヤーが不正規な方法でしか突破できないように十分な戦力規模を持っていなければならない、ということである。そして、これが米国に報復のための攻撃目標を付与し、抑止力が機能するための条件を確立するのである」(Ibid.: 67)
中東のRDFだけではソ連軍の侵攻を食い止めることはできませんが、ソ連軍が米軍と戦闘状態に入ったという事実があれば、米国はソ連軍に対する報復として、さらにレベルの高い軍事行動に移ることが可能となります。

ただし、原油供給の途絶が危機的状況に瀕しない限り、安易にRDFを動かすべきではありません。なぜなら、RDFとは「原油部隊(oil force)」であって(Ibid.: 71)、その任務はあくまでも米国にとって死活的利益である原油がソ連の支配下に落ちることを防ぐことにあるためです。それ以外の目的で運用し、兵力を増強するようなことは戦略的に必要なこととは必ずしも言えず、また望ましいことでもないと著者は考えていました。

むすびにかえて
著者の見解は、冷戦初期に欧州正面で北大西洋条約機構の兵力が不完全であった頃に交わされた「トリップワイヤ―」の議論を、ほとんどそのまま1980年代の中東情勢の戦略に応用したものだと言えるでしょう。
いざ戦争になればたちまち撃破されてしまうほど小規模な兵力であったとしても、それが無意味というわけではありません。それを引金としてさらにレベルの高い軍事行動を取り、敵に報復する攻撃的能力があれば、潜在的な侵略者に対して抑止効果が期待できる、と戦略的には考えることができます。

この種の戦略論は、当時の米国において中東地域におけるプレゼンスをめぐりどのような議論があったのかを理解する上でも参考になりますし、また核兵器を持たない中小国が小規模でも通常戦力を保持していることに一定の戦略的な意味があることを理解する上でも参考になると思います。
また、政治学の世界で権威として知られるウォルツが、このような軍事問題に関心を持っていたという点も興味深いことであり、彼の政治理論を理解する上での参考にもなるのではないかと思います。

KT

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