最近人気の記事

2016年11月1日火曜日

論文紹介 東アジアの地域特性と勢力均衡の安定性

東アジアは世界でもトップクラスの規模の経済力、軍事力を持つ国家がひしめき合う特異な地域です。世界最大の軍事力、経済力を誇る米国を筆頭とし、それに政府統計上は世界第二位のGDPを記録し、陸海空軍の近代化を推進している中国が続き、さらにヨーロッパ情勢でも大きな影響力を持つロシアもいます。この東アジア地域には潜在的な紛争地域が広範に分布している点も特徴であり、朝鮮半島、台湾海峡、尖閣諸島、南シナ海の問題解決は容易なことではありません。

今回は、こうした東アジアの国際情勢を一から理解するために、その地理的要因の影響を検討し、この地域の政治的安定性を考察したロバート・ロスの有名な論文「平和の地理学:21世紀における東アジア」を取り上げ、その内容の一部を紹介してみたいと思います。

文献情報
Ross, Robert S. "The Geography of the Peace: East Asia in the Twenty-First Century," International Security. Vol. 23, No.4(Spring, 1999), 81-118.

東アジアの地域特性を考える意義
著者は1990年代の研究者の多くは東アジアの先行きについて悲観的な見通しを持っていたことを紹介しています。そもそも国際関係論にはリアリズムとリベラリズムの二つの理論的立場があるのですが、リベラリズムの立場に立つ研究者は、平和維持の基盤とされている自由民主主義(liberal democracies)、経済的相互依存(economic interdependence)、さらに多国間制度(multilateral institutions)のいずれもが欠けていることを懸念していました。
またリアリズムの立場に立つ研究者は、中国の台頭によって勢力の移行(power transition)が進み、地域秩序の再編成をめぐる対立が激化するという別の理由から、不安定化に向かう恐れが大きいと見ていたのです(Ross 1999: 81)。

著者は東アジアが不安定化する恐れがあるという判断それ自体には同意できるとしていますが、そもそもこれらの研究には東アジアに特有の地理が考慮されていないことが問題であったと次のように述べています。
「経済発展や技術水準、教育水準といった数多くの要因が大国の地位を支えているが、地理は大国としての地位の前提条件を有するかどうかを決定するものであり、どの国家が大国になれるのか、21世紀において東アジアが二極化に向かうのか、多極化に向かうのかを決定する」(Ibid.: 82) 
また、この論文が発表された1999年の時点では、米国を中心とする一極構造が議論されていた時期でした(Ibid.: 83)。しかし、著者は世界の超大国としての地位を米国が獲得できたからといって、あらゆる地域で際限なく影響力を及ぼすことができるわけではないと批判しています。
著者によれば、世界全体が一極構造であったとしても、地域単位で見れば二極構造や多極構造が形成されることは十分にあり得る状況であり、現に東アジアでは米国と中国の二極構造が形成されてきていることが議論されています(Ibid.)。

大陸勢力と海洋勢力による勢力圏の二極化
東アジアにおける米国と中国の二極構造の特徴は、その勢力圏の分布の仕方にあります。中国は大陸をより大きく支配する勢力圏を構成していますが、米国はこれに対して海洋を支配する勢力圏を構成する傾向が見られます。著者は中国がこれまでにも大陸で地続きになっている諸国に対する影響力の拡大を重視してきたことを次のように説明しています。
「ポスト冷戦の東アジアにおける二極的な地域構造は、大陸を支配する中国と海洋を支配する米国によって特徴付けられている。北東アジアでの北朝鮮の立地は、中国の国境に接しており、また戦略的、経済的に孤立していることから北朝鮮の経済と安全保障は中国の覇権を必要としている。中露国境地帯においては、中国が通常戦力で優位に立っている。ロシア政府は兵士に十分な給与を与えることも、兵器産業に投資することも、また軍事施設を維持することもできておらず、ロシア軍の物的能力と士気は低下している。(中略)中国は東南アジア地域を支配下に置いている。ミャンマーは第二次世界大戦以来、中国の事実上の保護国である。1975年の東南アジアからの米軍の撤退によって中国の地域的な影響力は拡大され、タイは米国との関係強化から中国との関係強化に転換した。中国政府だけがソ連とベトナムの脅威からタイの安全保障を担うだけの信用があった」(Ibid.: 84)
(記述内容については1999年の論文からの引用である点に注意して下さい)
著者は、中国が指導的地位を握る勢力圏は東アジアの大陸部のほぼ全体に及んでいると述べていますが、その例外が韓国だとして言及しています。朝鮮半島の南部を領有する韓国は、米国との軍事同盟を維持してはいますが、地理的に見れば中国の影響を受けやすい場所に位置している国家です。現に台頭する中国との関係に配慮する動向が韓国の政策には見られることも指摘されており、「1990年代中頃から中国政府と韓国政府は戦略的関係を強化している。両国は日本の軍事的能力に対して大きな懸念を共有している」と書き記しています(Ibid.: 85)。これは対日政策という観点で見ると、韓国と中国の地政学的な利害に一致する部分があることを示唆するものです。

このような中国の動向に対し、米国は東アジアの海洋部分を主に支配しようとしてきました。ただし、長期的に見ればその勢力圏は次第に後退しつつあります。1975年にタイから撤退し、1991年にはフィリピンから部隊を撤退させたことはその具体的事例です(Ibid.)。
とはいえ、依然として米国はシンガポール、マレーシア、インドネシア、ブルネイで基地施設を利用することを認める合意を取り付けており(Ibid.)、何よりも日本の基地に海上戦力、航空戦力を配備し続けることで、東アジア各地に対する戦力投射能力を確保することに成功しています(Ibid.: 86)。
この広範な戦力投射能力によって米国の東アジアにおける勢力圏を海上において保持することができています。

米国の勢力に対抗する中国のバランシング
こうした著者の議論で特に注目すべき主張としては、東アジアの地理的特徴が政治的安定を強化する方向で作用している、というものがあります。
すなわち、東アジアの勢力均衡として陸上勢力と海上勢力の二極構造のパターンを示していることは、多極構造のパターンを示す場合と比べて政治的に均衡しやすいだけでなく、相互に相手の勢力圏に対して軍事行動を起こすことが難しくなるため、紛争のリスクを軽減すると判断されているるのです。なぜこのような判断が導かれるのでしょうか。

論文で著者は「東アジアが安定化するかどうかは両国が相手の勢力圏に進入していく戦略的能力と野心にかかっている」と書き記しています(Ibid.: 92-3)。しかし、東アジアのように勢力圏の境界が海と陸で区分されている場合、海上を支配する米国の攻撃正面は陸上に向かい、陸上を支配する中国の攻撃正面は海上に向かうことになります。したがって、潜在的な攻撃者は既存の兵力に加えて、攻撃正面の地理的環境に適した装備体系や運用方法を新たに準備しなければならなくなってくるのです。このような地理上の影響が東アジアで現状打破を引き起こすことを難しくしていると著者は考えているのです。

中国はかつてのドイツやソ連と同じように現状打破を試みるだけの潜在的な国力を持っており、海洋権益を獲得しようと、海軍を強化してくる事態も考えられます(Ibid.: 94)。しかし、中国の海上戦力は米国に匹敵するものではありません(Ibid.: 96)。中国が自らの勢力圏を海上に広げようとしても、米国の勢力に対抗できるだけの能力がありません。それだけでなく、航空戦力の運用が海上戦争の勝敗を大きく左右する現代の安全保障環境において、中国は空軍でも米国に劣後しているという問題点を抱えているとも指摘されています。
「東アジアにおいて米国は絶対的観点、相対的観点のいずれから見ても、衰退している勢力ではない。米国は二極構造における大国であり、次の四半世紀にわたってその地位を維持するだろう。米国の海洋国家としての戦略的な縦深と離隔は、中国を含む沿岸諸国の海域と空域を支配し、また海軍と空軍が負うリスクを最小限にしたまま突破することを可能にする。これらの能力によって、米国は国際社会における資源を利用できる状態を確保しつつ、敵対する大国の海上戦力を無力化するだけでなく、さらには沖合における同盟国と資源に対して手出しできないようにさせることもできる。米国は次の四半世紀もそうした資源と能力を保持することになるだろう。米国が中国に疑念を持つのと同じように、中国が米国に疑念を抱くことは必然的なことである。米国は中国の領土的統一に対して挑戦することができる唯一の勢力である」(Ibid.)
つまり、東アジアの状況は二極構造といっても、米国が中国に対して優位に立っている側面があるということになります。勢力均衡の考え方に基づけば、中国は米国の軍事的優位に対応するためにバランシング(balancing)をする必要があり、現に中国は市場経済への転換、技術移転の推進、特に海軍と空軍の技術革新によって国力の底上げを進めています(Ibid.: 97)。
とはいえ、このバランシングは直ちに勢力均衡の安定を損なうものではなく、むしろ地域の安定性を強化すると考えることもできます。東アジアの勢力圏が地理的に分離されている限り、二大勢力は互いに干渉せずにすむためです(Ibid.: 99)。

「平和的・協調的大国秩序」の主張
著者は、このような議論をしていたからといって、21世紀の東アジアの情勢を楽観視していたというわけではありません。弾道ミサイルのような装備の開発が進むと、従来よりも相手の勢力圏に対して打撃を与えることが技術的に容易となるため、攻撃者にとっての地理上の障壁が小さくなることが予測されたためです。

この論文の結論としては、そうした技術環境の変化を踏まえた上で、中国の軍事的拡張主義に対して米国が過剰に反応しないように提言されています。つまり、米中関係が軍拡競争に陥らないように努め、可能な限り友好関係を模索すべきとされており、論文では次のような議論が示されています。
「米国が地域の勢力均衡に対する貢献を維持し続けるであろうという保証も、中国がその野心を限定するであろうという保証も、また米中両政府が台湾の問題を平和的に管理できるという保証も存在しない。地理と二極構造の望ましい効果を別とすれば、戦域ミサイル防衛のような21世紀の武器体系は安全保障のジレンマ(security dilemma)を悪化させ、軍拡競争を引き起こし、二国間もしくは地域の緊張を高める可能性がある。ここから言える最善のことは、構造と地理によって東アジアは相対的に安定しており、平和的な秩序をこの地域において見通す上でより大きな自信と、大国間の協力を最大化するように努力する機会を政策決定者に与えてくれる、ということである」(Ibid.: 117-8)
このように著者は、米中関係の将来像としては「平和的で協調的な大国秩序」を目指すべきと論じています(Ibid.: 118)。この議論から導き出されるのは、中国に責任ある大国として振る舞うように求めるという政策です。しかし、このような著者の提言がどこまで妥当性を持っていたのかは、2016年現在の状況から見れば、議論の余地が残るところでしょう。

むすびにかえて
東アジアの地域情勢が二極構造のパターンをとり、中国と米国の勢力圏がそれぞれ地理上の障壁によって分離されていることは、勢力均衡の安定性を強化する要因となっていることは確かでしょう。これは東アジアの地域情勢を理解する上で重要な点です。しかし、地理上の障壁は絶対的な障害ではありません。また、長期的に見て米国が東アジアで軍事的優位性を維持し続けることができるかは予断を許さない状況があります。

東アジアに領土を有する日本としては、どのような地理的環境の下に国際情勢が展開しているのかを正しく理解することが重要となります。また、米国と中国の勢力圏が朝鮮半島、東シナ海、南シナ海でせめぎ合う中で、中国軍と米軍の勢力関係が今後どのように推移していくのかを見積ることも欠かせません。こうした要因を総合することによって、日本にどのような防衛力が必要なのかを判断することができるようになるためです。

KT

0 件のコメント:

コメントを投稿