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2016年11月13日日曜日

論文紹介 冷戦期における日本の陸上防衛力の発展とその課題

戦後の日米関係の歴史にはさまざな側面がありましたが、やや単純化された見方の中には、日本が米国に安全保障で依存していたために、冷戦期の日本の防衛努力は限定的なものに過ぎなかったというものがあります。しかし、戦後においても日本は防衛力の強化を完全に放棄していたわけではなく、通常戦力の分野で絶えず能力向上を続け、米国もその成果に注目していました。

今回は、日本の防衛力でも特に陸上防衛力に注目し、その意義について米軍の立場から考察を加えた論文を取り上げてみたいと思います。

文献情報
Ebel, Wilfred L. 1978. "Japan's Developing Army," Military Review, Vol. LVIII, No. 4(April 1978): 29-33.

戦後日本の国防と陸自の位置付け
1950年8月、警察予備隊での朝礼
戦後において日本は軍備の増強に一貫して抑制的であったとのイメージがあるかもしれません。確かに、日本は憲法の問題から「戦力」の保有を違憲とし、これに自衛隊が当たらないという複雑な解釈に基づいて防衛政策を動かし、自衛隊の大幅な拡張には慎重でした。しかし、一切の能力向上を放棄していたわけではありません。著者は、米国の占領統治を終了させるのと引き換えに米国の同盟国となり、通常戦力の質的向上を図ってきたと論じています。
「日本は過去四半世紀にわたり極めて低い軍事的能力を維持してきた。日本は1950年に事実上の軍隊を編成し始めたが、現在、第二次世界大戦の帝国陸軍よりも、その軍隊がより大規模な火力を運用しているが、日本の軍備増強にはほとんど注意が向けられていない。長年にわたり、第二次世界大戦後、日本の陸軍は、警察予備隊または保安隊として婉曲的に呼ばれていた。 現在においても、日本人は軍隊の所持を認めないことを好んでいる。 日本人の陸軍は、陸上自衛隊(以下、陸自)と正式に呼ばれている」(Ebel 1978: 29)
こうした名称が、日本国憲法の第9条に関する政府解釈によるものですが、日本政府は陸自を蔑ろにしてきたというわけではなく、日本の国防を支える通常戦力として頼りにしてきました。
「日本の米国占領が終了する代償として、日本が米国の軍事上の同盟国になることに合意したとき、アジアのスイスになるという選択肢は排除された。 つまり、世界が戦争に向かう場合には、日本だけが参戦しないということはほとんど不可能となった。日本の安全と福利は、自国の通常戦力を維持することと、米国の核の傘への依存が頼りである」(30)
1955年度の防衛予算と比較すれば、1976年度の防衛予算は10倍以上の規模に拡大しています(Ibid.)。陸自の勢力は12個の歩兵師団、1個の機械化師団の水準にあり、その内訳として7個の歩兵師団に9,000名で編制された4個連隊が、残余の5個歩兵師団には7,000名の編制された3個連隊が置かれています(Ibid.)。戦車の数は890両を数え、そこには74式戦車も含まれており、地対空ミサイルのホーク(MIN-23 Hawk)、155mm自走榴弾砲、75式130mm自走多連装ロケット弾発射機等の配備も進められていると評価されています(Ibid.: 31)。

陸自が直面しているマンパワーの問題
1957年3月、第一回防衛大学校卒業式
しかし、問題点として著者は陸自がマンパワーの問題に直面しており、防衛予算に占める人件費の割合が増大していると論じています。
「いくつかのかなり深刻なマンパワー問題が陸自を悩ませている。 人件費の上昇によって、防衛予算に占める人件費の割合が高まっている。隊員募集は簡単な仕事ではない。 陸士には骨の折れる業務と訓練日程をこなさなければならない。 ほとんどの例外なく、入隊した陸士は隊舎に居住する必要がある。 いくつかの専門的技能に関するものを除けば、陸士の任期はわずか2年間に過ぎない。陸自は1968年に女性に門戸を開放したが、その勢力は全体の1%未満である」(Ibid.: 31)
また、陸自には米軍における予備役士官の教育制度が整備されていません(Ibid.)。幹部になるのはほとんどが防衛大学校の学生であり、一般大学の学生が部分的に採用されているにとどまっています(Ibid.)。医官の不足も問題となっており、1973年に防衛医科大学校が設置されており、80名の学生を毎年受け入れることで対応が進められています(Ibid.: 32)。

しかし、大量に募集しなければならない陸士、陸曹の不足の問題は解決が容易ではなく、多くの専門家が陸自は多くの幹部を抱えすぎていると指摘される要因にもなっています。ただ、著者はこれは陸自の勢力をさらに拡大する余地を残すという点では意味があるとも考えています。
「多くの防衛専門家は、陸自に幹部が多すぎると認識している。23,739名の幹部、74,752名の陸曹に対して、陸士が56,217名しかいないが、これは規模を著しく拡大する上で十分な指揮官がいるということである。
 すべての幹部と陸曹は高度に訓練されており、勢力の急速な拡張が必要になった場合、彼らはより上位の階級で働くことが可能である」(Ibid.: 32)
ただし、日本は緊急事態の際に若年者を徴兵するための制度が整っていないため、こうした取り組みが戦局にどの程度の影響をもたらすのかは必ずしも明確ではありません。著者によれば、防衛計画の大綱において防衛力の量的拡大よりも質的向上を目指す方針が定められており、特に近年では後方支援に対する関心が高まっている点について言及しています(Ibid.: 33)。全体として、マンパワーの不足という防衛力の根本問題を、質的向上によってどこまで補完できるのかが重要な課題であることが示されています。

米国の立場から見た日本の防衛力
1986年10月、日米共同訓練
この研究で興味深いのは、日本が米国を信頼することが難しいと判断すれば、独自の立場で通常戦力の増強にまい進する可能性がある、と指摘されている点です。
そもそも米国にとって東アジアの重要性(少なくとも1970年代において)は、ソ連の脅威が顕著なヨーロッパと中東に次ぐものに過ぎず、東アジアを第一に考えなければならない日本と利害が一致しない部分がないわけではありません。そのため、著者は少なくとも通常戦力に関して日本は米国に対する依存度を軽減しようとすることもあり得るという判断を示しているのです。
「間違いなく、米国はヨーロッパを第一に、中東は第二に、そして日本を最後に注視している。米国は決して日本を守るという約束を撤回することはないが、そのことは問題とはならない。問題は、日本が永遠に米国の後についてくるかどうかである。安全保障のために米国に大きく依存し続けることを嫌う日本は、徐々に自国の軍備を構築していくことが予想される。 これは、必ずしも米国との関係の破綻を前提とするものではない。日米の貿易関係は、そうした不都合な事態を許すにはあまりにも重大である。さらに、日本は、通常戦力がどれほど強いかにかかわらず、米国の核の傘の下に止まることを確かに望んでいる」(Ibid.: 33)
著者の見解によれば、自立に向かおうとする日本の動向は理解できる事象に過ぎません。そのため、論文で著者は「日本は自らの運命の支配者であることを当然望んでいる。 もし、あまりに緊密すぎる米国との同盟が、日本の目的や目標にとって逆効果をもたらすようになれば、日本は対外政策でさらに大きな自立に向けて過度に邪魔されるべきではない」と述べています(Ibid.)。
なぜなら、このことはアジアで共産圏の脅威に対処すべき米国にとって歓迎すべきことであり、国際政治の安定化に寄与する可能性が大きいと考えられているためです。
「日本の周辺諸国が自衛隊の規模や編成に驚く必要はない。 自衛隊は、日本に軍事的挑戦を起こすか、さもなければ東アジアにおける武力紛争を引き起こす積極的な行動を取る可能性がある間違った国家を除けば、脅威とはならない。 むしろ自衛隊は、すべての超大国の重要な戦略的利益が収束する世界の一地域において、国際関係の安定を約束するものである」(Ibid.) 
このような記述の背景として、1975年にベトナムから部隊を撤退させたことにより、米国のアジアにおける影響力を大幅に低下する危険が生じていたことが考えられます。もし西側陣営の一員として日本が東アジア情勢の安定化により主体的に寄与するようになれば、それは米国の防衛負担の軽減に寄与することに繋がるものと捉えられていたのです。

むすびにかえて
歴史的には、この論文が出された時機は1978年4月のことでした。その年の11月に「日米防衛協力のための指針」(通称、「指針」またはガイドライン)が策定されており、本格的な共同作戦の体制が模索されるようになります。そうした節目の時期において、陸自の能力を積極的に評価し、転換期にあった米軍の世界戦略の一部を任せることも視野に入れるべきだという議論があったことには一つの意義がありました。つまり、日本の陸上防衛力が東アジア地域の安定化に積極的な影響を及ぼしえるという可能性が指摘され、ソ連に対する西側陣営が世界規模で展開する戦略において日本が一定程度の役割を果たし得るという認識を広めることに寄与したと考えられます。

KT

関連項目
事例研究 1986年の日米共同統合演習で見えた課題
事例研究 冷戦期における基盤的防衛力の妥当性
論文紹介 核兵器の重要性と日本が核武装する可能性

(冒頭の写真は陸上自衛隊第11旅団HP:http://www.mod.go.jp/gsdf/nae/11d/index.htmlより)

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