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2016年11月5日土曜日

文献紹介 抑止が難しい戦略もある

ジョン・ミアシャイマー(John J. Mearsheimer, 1947-)は、リアリズムの立場で国際政治を研究している米国の政治学者です。その研究業績の多くが安全保障に関するものであり、冷戦期に行ったヨーロッパにおける東西両陣営の勢力関係や軍事戦略に関する分析がよく知られています。

今回は、ミアシャイマーの研究でも抑止論に関するもの、しかも核抑止ではなく通常抑止についての議論を紹介し、抑止は単に戦力の規模や効率だけによって実現されるものではなく、相手方の運用が重要であるということを説明したいと思います。

文献情報
Mearsheimer, John J. 1983. Conventional Deterrence, Ithaca: Cornell University Press.

抑止とは、通常抑止とは
抑止(deterrence)は基本的に潜在的な攻撃者に攻撃を思いとどまらせるものであり、そのためには防御者がその攻撃者が目標の達成を防ぎとめるだけの軍事的手段が必要であると理解されてきました。著者は一般的な意味での抑止を次のように説明しています。
「最も一般的な意味における抑止とは、予期される利益が見積もられる費用やリスクを正当化しないために、特定の活動を開始しないよう敵対者を説得することを意味している。戦う決定は軍事的事項だけでなく、国家の能力が戦場においてその目標を達成できるかによってよっそくされるため、非軍事的要因も抑止に影響する。もし有効な軍事行動によって得られるような広く定義された政治的利益が存在すると我々が想定するならば、意思決定者に対して作用する要因を認識しなければならない。より具体的に述べれば、指導者は非軍事的な性質のリスクと費用を考察しなければならないのである」(Mearsheimer 1983: 14)
国家Aの指導者が国家Bを武力で攻撃しようとする場合、国家Aの指導者が期待できる戦果は国家Bが有する軍備に対する国家Aの軍備の相対的水準によって左右されます。より分かりやすく言えば、国家Aの指導者が国家Bに対して高い勝率が望めると判断すれば、それだけ国家Aの指導者が攻撃を決断する可能性は大きくなるということです。

著者は抑止を実現するための手段を必ずしも軍事的手段だけに限定しておらず、経済的手段、外交的手段などを駆使することによって抑止できる場合があることにも考慮していますが(ちなみに、このような対外政策はソフト・バランシング(soft balancing)という概念で分析されています)、やはり抑止力の基盤は軍事力であるとも考えていました。

一般に抑止論に関する研究で注目されるのは核兵器ですが、核戦力だけが抑止力の強化に繋がるわけではなく、通常兵器によって構成された通常戦力もまた抑止に繋がります。このような抑止の形態を通常抑止と定義することで、著者はこれまでの抑止論で軽視されていた領域を開拓しようとしました。そして、通常抑止を「本研究における定義として、通常抑止(conventional deterrence)とは、侵略者が有する戦場での目標を、通常戦力によって拒否する能力の機能である」と定義し、その条件に関する考察を試みたのです(Ibid.: 15)

抑止の実効性は相手が選ぶ戦略の影響を受ける
著者は通常抑止とは、防御者が持っている戦略の機能である、と考えました。潜在的な攻撃者が計画している作戦に伴う負担を増加させることによって、その攻撃者に自ら作戦の実行を思いとどまらせることが可能となるのです。この点は次のように説明されています。
「通常抑止は軍事戦略と直接関係する。より具体的に言えば、いかに国家が戦場で特定の目標を達成するために軍隊を運用するかという問題と関係している。意思決定者の問題として、まずその戦力を戦場でどのように使用するのかを決め、また攻撃者の戦力が防御者の戦力に見合っている場合に可能な結果が得られるのかを考えなければならない。つまり、意思決定者は戦争の特徴を予測しようとする。攻撃の計画、提案された戦略は合理的な費用で成功を収めるのだろうか。こうした考察は意思決定過程の中心に位置付けられる」(Ibid.: 28-9)
次に抑止機能を確保する上で防御者が注意を払うべき攻撃者の戦略について考えてみます。著者は攻撃者の選択し得る戦略を、消耗戦略(attrition strategy)、電撃戦略(blitzkrieg strategy)、限定目的戦略(limited aims strategy)という3種類に分類しています。
「要するに、攻撃者には3つの選択肢がある。最初の2つである電撃戦略と消耗戦略は敵を決定的に撃滅することが目標である場合に用いられる。反対に、限定目標戦略では攻撃者は敵の領土の一部分を獲得しようとする。それぞれの戦略は抑止に異なる影響を与える。それゆえ、抑止が特定の事例で成功するかどうかは、潜在的な攻撃者が考える戦略によって大きく左右される」(Ibid.: 30)
それぞれの戦略の類型について簡単に述べると、電撃戦略が狙うのは敵の部隊を心理的、精神的に破壊することであり、欺瞞、奇襲、機動などによって、敵の部隊の混乱を助長し、士気崩壊を連鎖的に引き起こさせ、戦闘能力の発揮を不可能にさせる戦略と言えます。消耗戦略は、敵の部隊を形成する人員や武器、装備を物理的に破壊、損傷させることを狙った戦略であり、戦力を最大限に集中していくという戦略です。

限定目的戦略とは、電撃戦略や消耗戦略とは異なり、敵の部隊から戦闘能力を奪うことよりも、敵が支配する領土の一部を獲得することに特化した戦略であり、著者は「限定目的戦略は領域の一部だけを攻略することに特化したものであり、同時に攻撃者は敵の部隊の主力と交戦することを避けようとする」と述べています(Ibid.: 53)。つまり、限定目的戦略はいったんその攻撃目標を奪取すれば、すぐに攻勢から防勢へと移転してしまうという特徴があります。

電撃戦は抑止が極めて困難
これら3種類の戦略で最も抑止しにくいのは、攻撃者が電撃戦略を採用している場合だとされており、反対に消耗戦略は抑止が比較的容易であると論じられています(Ibid.: 58)。ただし、限定目的戦略を採用してくる場合には、抑止できるかどうかの評価が非常に難しいと考えられています(Ibid.)。ただ、この戦略だと敵の主力を残したままになるため、持久戦に持ち込まれてしまうというリスクがあるため、やはり電撃戦略が抑止しにくいことには変わりありません。

しかし、なぜ電撃戦略は抑止が難しいのでしょうか。これは軍事的な理由だけでなく、政治的な理由も関係しています。
著者によれば、そもそも電撃戦という構想には防御者が準備した戦闘態勢を崩壊させるために、単なる奇襲ではなく、心理的な衝撃、精神的な打撃というものを最大限に活用する要素があります。
「心理的混乱は、機甲部隊が防御の均衡を崩している場合、攻撃の第一段階から直接生じてくるものである。攻撃者が敵の後方連絡線を遮断することによって敵の防御態勢を崩し続けていれば、防御者の部隊指揮官の間には助からないのではないかという危機感が広がっていく。彼らは何ら対策を講じることができない攻撃に直面しているということにすぐに気が付く。こうした心理的混乱と士気崩壊が確かなものとなれば、それは防衛の全面的失敗へと繋がるのである」(Ibid.: 38)
攻撃者が電撃戦略を実施した場合、防御者が組織的な抵抗を試みることが極めて難しいだけでなく、政治的観点から見ても電撃戦略には好都合な点があります。それは限られた軍事力によって大きな戦果を上げることができる可能性があるということです。それだけに、電撃戦略は実行が難しい戦略という側面もあり、失敗のリスクが大きい部分もあります。

しかし、政策決定者は、そのリスクを引き受けさえすれば、限られた兵力で大きな戦果を上げるとも考える可能性もあります。こうした状況は、特に政策決定者が追い詰められ、起死回生の賭けに出なければならない状態に置かれた場合に生じてきます。政策決定者は自らの政治的な行き詰まり突破するために、電撃戦略の効果に期待して戦争に乗り出してくるのです。
「そうした事例においては、潜在的な攻撃者が受け入れようとする軍事的なリスクは平和を維持することによる政治的コストによって大きく異なってくるであろう。言い換えれば、大きな政治的圧力は政策決定者に極めてリスクの大きい軍事行動を選択するように強いる可能性があるということである」(Ibid.: 62-3)
政策決定者にとって電撃戦略が最も魅力的に見えるのは、もはや軍事行動以外に選択肢がない時です。敵と味方の勢力は味方にとって絶対不利という状況であり、政策決定者がが追い詰められた状態に陥れば、電撃戦略の実行可能性が低く、失敗するリスクがあるということは大した問題にはならないのです。そのリスクに見合うだけの戦果を上げることが可能であると評価する可能性の方が大きく、そうなれば、どれほど防御者が通常戦力で万全の準備をしていたとしても、攻撃者が攻勢に出てくることになり、通常抑止は機能しなくなるのです。

むすびにかえて
この研究によれば、通常戦力によって相手を抑止しようとしたとしても、攻撃者が電撃戦略を採用し、それを効果的に実行してきた場合には、抑止が失敗に終わる危険が大きいと考えられます。電撃戦略は敵の人員や装備を破壊するのではなく、それを運用する政府組織、通信体系、指揮統制を麻痺させることを狙った戦略であり、第二次世界大戦では近接航空支援や機甲部隊による奇襲などの形態をとりましたが、現代においてはサイバー攻撃や精密誘導爆撃などのような形態も考えられます。

抑止は無意味だとか、重要ではないと主張しているわけではありません。こうした意思決定の中枢部や前線の部隊との連絡の遮断にも防護手段や対抗手段があり、そうした手段を講じることによって被害を軽減し、相手の電撃戦略の実効性を低下させる努力は大事なことです。ただ、完全な抑止が可能であると信じ込むことは危険なことです。軍事行動に極めて抑止しにくい形態が存在し、それを完全に封じ込めようとしても限界があるということを理解しておかなければなりません。

2 件のコメント:

  1. 最近になってこのサイトを見つけ、少しずつ過去の物も含めて読ませていただいております。有り難い事です。

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    1. このサイトが少しずつ知られるようになったのも、皆様のご愛読があったためと感謝しております。開始当初はまったくと言っていいほど、読者がいなかったので、私も執筆の方針でいろいろと悩み、諸事情で運営が休止になったこともありましたが、こうしてコメントを頂けることが大きな励みになっています。今後とも、何卒宜しくお願い申し上げます。

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