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2016年11月22日火曜日

ジョミニが考える軍事政策の基本原則

アントワーヌ・アンリ・ジョミニ(1779-1869)、スイス出身
スイス軍、フランス軍を経てロシア皇帝の軍事顧問となった軍事学者、著作に『戦争術概論』
19世紀の軍事学者アントワーヌ・アンリ・ジョミニの研究業績で最も有名なのは、戦略の基本原則に関するものです。例えば、敵の兵站線に脅威を及ぼすように、我が勢力を機動させることは、ジョミニが主張した戦略上の原則としてよく参照されています。しかし、ジョミニの研究は戦略の分野だけでなく、軍事政策の方面にも及んでおり、現代の用語で言うとこれは「防衛行政」または「防衛政策」に該当します。

今回は、ジョミニの軍事政策に関する考察を紹介し、それが戦争の指導においてどのような意義を持つのかを考察したいと思います。

軍事政策の問題とは

そもそも、軍事政策とはどのように定義される政策なのでしょうか。
ジョミニの説によると、軍事政策は対外政策や戦略など軍隊の対外的な使用に直接関係する部分を除外することによって定義することができます。また、その問題には人員の確保、資金の管理、統帥の確立、士気の保持などが挙げられます。これらの事項をよく検討し、それらが作戦に及ぼす影響をよく見極めることが重要となります。
「この分類によれば、国民の情念、軍事制度、現役、予備役、資金、自己の政府と社会制度に対する愛着、執政部の特性、軍隊の司令官の特性、軍事的能力、司令官の作戦行動を決定する首都の内閣会議や戦争指導会議の影響、幕僚が支持する戦争方式、一国の常備軍と軍備、侵攻を企図する国家の軍事地誌、軍事統計、直面することが予想されるあらゆる種類の敵の勢力と障害、そして外交と戦略に含まれない一切がこの軍事政策に含まれている。
 政府はこれらの詳細な知識を入手することに決して怠慢であってはならず、全ての計画の立案においてこれらを考慮に入れることが必須である。これ以外のことで軍事政策について確立された法則というものは存在しない」(Jomini 1862: 38-9)
ここで述べられた通り、軍事政策は軍事的要因だけでなく、政府や社会といった非軍事的要因が相互に影響し合う複雑な問題です。軍隊を一から作り上げるために必要な人的、物的資源を包括的に調達するだけでなく、それらを適切な仕方で管理しなければなりません。軍隊の規模が大きくなるほど、軍事政策で取り組まれるべき問題も拡大することが分かります。

戦争の準備が軍事政策の本質である

ジョミニは完璧な軍隊を維持するためには、少なくとも12個の条件があると考えました。
(1)優れた徴兵組織を持つこと、(2)優れた編制、(3)よく組織された予備役制度、(4)教練と管理業務に関する優れた教令、(5)厳正でありながらも、自尊心を高める規律、(6)よく考慮された褒賞制度、(7)よく指導を受けた工兵および工兵の特技兵科、(8)可能であれば敵に対して防勢または攻勢の両面において優れた武器、(9)理論的、実践的な教育を受けた士官により組織された参謀本部、(10)兵站部、病院、一般行政の優れた制度、(11)戦争の主要な作戦を指揮、指導するための任命制度、(12)人民の軍事精神を高めて、これを保つこと、以上の12点がジョミニの考える軍事政策の検討事項です(Ibid.: 43-44)。

いずれも戦争の遂行に関連する事柄ではありますが、これらの検討事項に共通する特徴は、準備に時間を要するということです。ジョミニは軍隊の要求が戦時、平時を問わず常に完全に満たされていなければならないと主張していたわけではありませんでした。重要なことは、膨大な資源を管理する体制を事前に準備しておくということであり、そのために国家が常時臨戦態勢にあるようなことは現実的ではないと考えていたのです。
「私は国家が常に剣を手にし、常に戦争に備えているべきであるという助言にはまったく同意できない。そのような状況は人類にとって悲惨であり、非現実的な条件を満たさなければどのような国家であっても不可能である。私はただ文明国の政府は短期間で戦争を遂行する準備を常に整えている必要があり、つまり文明国で戦争の準備ができていないということは決してあってはならない、と述べているだけである。政府の先見性と軍事政策の完全性により、その賢明な体制は準備作業の大部分を処理することが可能となるのである」(Ibid.: 46)
軍事政策も国家の政策体系の一部である以上、他の領域の政策課題にも配慮しなければなりません。ジョミニの立場によれば、少なくとも平時における軍事政策の目標は、各種資源や労働力を柔軟に軍事部門に再配置し、国家の動員体制を準備することだと理解されていたのです。

望ましい軍事政策のあり方

ジョミニはさらに優れた軍事政策のモデルとして10個の施策を述べています。それを読めば、ジョミニがどのような軍事政策を目指していたのかを知ることができます。ここではその要点を紹介しておきます。
(1)国家の指導者は政治と軍事の両方について学識が与えられていること
(2)また、彼自身が軍を指揮しない場合、その能力に最も優れた将軍を見出すことができること
(3)常備軍の規模は必要に応じて予備によって倍加できるようにしていること
(4)戦争に必要な装備や物資を武器庫や補給処に十分に確保し、他国の技術開発の成果も積極的に活用すること
(5)軍事学の研究を推奨、表彰し、その分野の研究団体に敬意を払わせることで、優秀な人材を確保すること
(6)平時の幕僚はあらゆる事態に備えて平素から計画を立案し、関係する歴史、統計、地理、理論について研究させておくこと
(7)攻撃または防御を行う相手国の軍事的能力を判断するための研究に、優秀な士官を充てて、成果があればこれを表彰すること
(8)開戦となった際に作戦の全局にわたる計画を準備することは不可能であるが、我が作戦が成功するために不可欠な基地機能や物的準備を事前に整えていること
(9)作戦の構想については彼我の戦争の目的、敵の特性、地域の状況、また作戦で使用し得る戦力、戦争に介入する恐れがある国家の能力などが考慮されること
(10)国家の財政状況を戦争状態に適応させること(Ibid.: 49-51)
興味深いのは、ジョミニが理想とする軍事政策のかなりの部分が軍事学の研究を促進することと関係している点です。軍事学の研究に従事する団体の社会的地位を高めるために政府として褒賞を与えることは、軍事政策の一部でなければならず、こうした取り組みによって優秀な人材を獲得することが目指されています。

また軍事政策を遂行するためには、財政に関する配慮も欠かせないともジョミニは論じています。その議論の一部を紹介すると、次のような記述が見られます。
「歴史は最も豊かな国家が最も強いわけでも、また最も幸せでもないということを実証している。軍事力の規模という点から見れば、鉄は少なくとも金と同じ価値がある。しかし、我々は賢明な軍事制度、愛国心、よく管理された財政、国内の富と公的信用、これらの組み合わせこそが、国家に最も大きな力を与え、また長い戦争を遂行できるようにすることを認めなければならない」(Ibid.: 51)
これらの記述から、ジョミニは軍事政策を厳密な意味での軍事行政に限定していたわけではないことが分かります。学術研究や財政運営といった領域においても戦争指導と関係している要素が見られると考えており、特に平時において敵国の能力を詳細に知るための研究には政策的に大きな関心を寄せていました。

むすびにかえて

軍事政策はある意味において戦略や戦術よりも重要な問題と言えます。国家の軍事政策が適切でなければ、緊急事態の際に軍隊を運用すること自体ができなくなってしまいます。軍事政策の問題として各種資源を速やかに動員し、これを合理的な方法で管理することはやはり重要な問題です。それだけでなく、ジョミニは平素から軍事学の研究を推奨することによって、国内に知的基盤を整えておくことを軍事政策の目標と位置付けていました。これはジョミニの軍事思想に関する研究でもあまり重視されることはない側面ですが、軍事政策の全体像を考える上で人的、物的資源の効率的な動員だけでなく、知識の準備をも考慮に入れるという発想は興味深いと思います。

確かにジョミニの軍事政策に関する議論の一部はすでに時代遅れになっている部分もあるのですが、その基本原則については今でも妥当する部分があり、この方面の研究を発展させるに当たって読まれる価値があると思います。

KT

参考文献
Jomini, A. H. (1862) The Art of War, trans. G. H. Mendell, and W. P. Craighill. West Point: U.S. Military Academy.(邦訳、ジョミニ『戦争概論』佐藤徳太郎訳、中央公論新社、2001年)

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