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2016年11月25日金曜日

論文紹介 海上優勢とは何か

軍事学、特に海軍の戦略研究で使用される概念に海上優勢(maritime superiority, maritime supremacy, sea control)というものがあります。これはある海域を敵が利用することを妨げつつ、我が方が利用することを可能にする活動を指していますが、どのようにすれば制海が可能となるのでしょうか。

今回は、海軍史、戦略の分野で世界的に有名な研究者ジェフリー・ティル(Geoffrey Till, 1945-)が、この海上優勢という概念について考察した記事を取り上げ、その要点を紹介したいと思います。

文献紹介
Till, Geoffrey. "Sea Control and Denial," Trevor N. Dupuy, ed. International Military and Defense Encyclopedia, New York: Brassey's, pp. 2374-2378.

制海権・海上優勢とは
現代の海上優勢という概念は、かつて制海権(command of the sea)という用語で呼ばれていました。制海権とは戦争状態において海上交通を支配する能力やそれによって実現する状態をいいました。しかし、非常に小型の艦船の航行を一隻残らず完璧に統制するということは、どれほど大きな海上戦力をもってしても技術的に容易なことではなく、また軍事的な意味もさほどありません。著者も、そのような制海権を考えようとしても、過去の戦史にはそれに該当するような状況が見当たらないことを認めています。
「ほとんどの海軍戦略家は、制海権が絶対的なものではなく、相対的な能力であるということに同意している。どの国の海軍でも、そのような能力を多かれ少なかれ保持している。その海軍が能力を持っているかどうかということは、絶対的なものではない。例えば、制海権は時間の関係で制限される場合がある。いくつかの戦争で、いくつかの国家は持続的に制海権を保持しているが、アメリカの戦略家、アルフレッド・セイヤー・マハン(Alfred Thayer Mahan 1840-1914)は「英国が最も強大だった時でさえ、かつて海洋が排他的に支配されるということはなかった。海の支配権を巡る戦いは、彼我の優劣の変化によって記録された一連の戦役の様相を呈することがない」と述べている(Mahan 1911: 260-1)」(Till 2374)
また、著者は制海権が時間的な要因だけでなく、地理的な要因によっても制約される場合があることを紹介しています(Ibid.)。制海権はその用語が与える印象とは裏腹に、不完全、曖昧、相対的なものに過ぎません。制海権はその用語が与える印象があまりに強すぎたので、誤解をもたらす恐れもあり、次第に海上優勢が使用されることが一般化してきたと説明しています(Ibid.)。

海上拒否とは

海上優勢という概念との関係で重要なのが、海上拒否という概念です。海上優勢の獲得は、しばしば我が方が敵の妨害を受けずに海上交通路を活用できるほど優勢でなければならないと考えられていますが、必ずしもそうとは限りません。海上優勢ではなく、海上拒否を一つの戦略上の目標と考える場合もあるためです。海上優勢ではなく、海上拒否のために作戦を行う場合、その海域で我が方が自由に活動することは当初から期待されておらず、敵の自由な活動を防止することだけが目指されています。
「海上拒否の目的は海上を利用することではなく、敵がそうするのを防ぐことである。これは1950年代のソ連艦隊にとって限定的な目標であったと言われている。当時はソ連海軍の提督の主たる関心は、ソ連の北部海域をアメリカの対抗勢力に利用させないように防ぐことにあった。つまり、アメリカが同海域を利用し、空母艦載機によりソ連の領土に対して核攻撃を実施することを防止しようとしていたのである」(Ibid.)
海上拒否は我が方の海上交通の利用よりも、敵の海上交通の妨害に主眼があるということになります。例えば重要性の高い海域においては海上優勢を獲得しようとしている某国海軍が、あまり重要ではない海域については海上拒否を狙った作戦を行う、ということも戦略的には十分な合理性があります(Ibid.: 2375)。

ここでポイントとは、制海権よりも海上優勢の方が広い概念ではあるものの、それを獲得することだけが海上作戦の目的だと理解してはならないということです。あえて海上優勢を獲得することはあきらめ、極めて限定的な活動でもって海上拒否を図るということもあり、むしろ海軍の能力が劣後する状況においては、その方が合理的なこともあり得ます。このことを踏まえた上で、海上優勢を獲得する具体的な方法にどのようなものがあるのかについても確認していきたいと思います。

海上戦闘による海上優勢の獲得
海上優勢を獲得する第一の方法として考えられるのが海上戦闘です。しかし、海上戦闘を行うと言っても、その具体的な方法も一通りではありません。著者はこの点については大きく分けて3種類の方法があると論じています。
「現代の戦略家は、戦闘に関する3種類の異なる概念をしばしば区別する。局地的交戦(local engagement)は、例えば海上で物資を輸送し、水陸両用作戦を行うことによって、海上優勢を行使することを重視するものである。もし敵が我が方に対して挑戦しようとする場合に限れば、防御によって局地的交戦を実施する場合もある」(Ibid.: 2375)
「戦闘によって海上優勢を確保するための第二の構想とは、公海で敵対する勢力に対処することを目指す外洋作戦(open ocean operations)である。これは我が方から敵の部隊を見つけ出し、これを撃破する作戦である。世界の海の広さによって、監視と捜索のシステム、特に捜索の効率が高い航空機、人工衛星を重視することになる。時間と忍耐が求められる」(Ibid.)
「戦闘による海上優勢の確保に関する第三の構想は、前方作戦(forward operations)と呼ばれているが、これは新しい考え方ではない(中略)前方作戦に共通する基本的な考え方として、これが主導的立場を維持し、これを活用するための最善の方法であるということである。なぜなら、敵の攻撃に単に対抗する場合よりも、我が方が戦闘の時機、場所、形態を決定することができるためである」(Ibid.)
戦闘によって海上優勢を獲得する場合に考慮すべき方法は以上の3種類ですが、基本的に局地的交戦はより消極的な形態、外洋作戦になるとやや積極的になりますが、最も積極的な形態としては敵の勢力圏に進出する前方作戦と考えることができます。

現存艦隊による海上優勢の獲得

現存艦隊(fleet in being)は戦争状態においても敵に対して我の艦隊を可能な限り温存しようとする戦略上の構想であり、もし出撃させたとしても、海上戦闘となることを極力回避しようとする点に特徴があります。この場合、海上優勢を獲得することは到底期待できないとも思われますが、実際には劣勢な敵を発見次第、速やかに攻撃に転じるという側面もある戦略なので、戦術行動として絶対に戦闘を回避するというわけではありません。

現存艦隊は損害を最小限度にできる範囲で断続的に攻撃を仕掛けるものであり、敵がそのことによって自由に艦船を移動させることが妨げられるのであれば、局地的な海上優勢ならば獲得も不可能とは断定できません。著者は、現代の海上作戦においては、古典的な海上戦闘よりも、むしろ現存艦隊のような形態をとる可能性が高いとも示唆しています。
「いくつかの事例では、我と敵のいずれもが海上戦争において戦闘を避けようとしてきた。。これは第二次世界大戦におけるバルト海と黒海でのソ連艦隊とドイツ艦隊の事例に該当する。結果として、相互に相手の破壊を意図する勢力間で、古典的な戦闘が全般的に実施されなかった。将来の戦争では、戦略情勢が認める限り、一カ国または数カ国の交戦国が同じような海上防衛の建設的かつ理性的な活用を選択する可能性もある」(Ibid.: 2376)
現存艦隊の利点は我が方の戦力の消耗が抑制できる点ですが、欠点として決戦が不可能となり、敵に大きな損害を与えることも難しくなる点です。絶対的な海上優勢を確立しようとする際には問題もあるのですが、大規模な海軍を持たない国家にとっては重要な選択肢です。なぜなら、現存艦隊は相対的な戦闘力で劣勢であっても作戦基地の安全が確保されている限り継続して実施することが可能なためです。

海上封鎖による海上優勢の獲得
現存艦隊のような戦略で海上優勢を維持しようとする劣勢な敵に対して優勢な敵が採るべきは封鎖です。海上封鎖は海軍の戦略において重要な要素の一つですが、その利点は敵の艦船の活動を特定の水面に限定し、それ以外の海域での我が方の船舶の活動を最大限自由にできることが挙げられます。その方法については2種類あることを著者は紹介しています。
「現存艦隊として行動する弱小勢力に直面した場合、優勢な勢力は通常であれば、封鎖によって敵を封じ込めるか、無力化しようとする。封鎖の方法としては、近接封鎖(close blockade)と遠隔封鎖(distance blockade)があり、前者は敵の港湾の出入り口の周辺を、後者は我と敵との間に位置する潜在的目標に我が艦隊を配置させるものである。これら2種類の類型の唯一の相違点は、封鎖された当事者にどの程度の広さの海域で活動することが許容されているかという点である。いずれの方法でも、敵の勢力を紛争と無関係にしてしまうことが目標とされているが、封鎖の過程は苦労が多く、また長期化する。そのため、優勢な海洋勢力は封鎖をあまり魅力的な選択肢とは判断せず、より弱い勢力に対して戦闘を強制しようとするものである」(Ibid.: 2376)
海上封鎖が一旦完成すれば、少なくとも戦争状態が終わるまでの間はそれを維持しなければなりません。駆逐艦、巡洋艦、潜水艦、航空機等の手段で敵の動向を監視し続け、敵の艦隊に出撃の兆候があれば、直ちに主力を急行させる等の処置も必要となります。これは大変な労力を要する作業となります。

しかし、敵が持つ艦艇を港湾内部に閉じ込め、行動不能にしておけば、実質的に撃沈していることと同じ状態になり、しかも我が方の損害も抑制できるという利点もあります。別の海域から敵の艦艇が進攻してきてしまうと、我が方の戦力の分断を余儀なくされる欠点もありますが、海上優勢を獲得する方法の一つとして知っておくべきでしょう。

むすびにかえて

これまでにも用語が変化してきた経緯からも分かるように、海上優勢はあまり明確な概念ではなく、使用者によっても意味が変化してきました。また、その定義も必ずしも厳密にできる性質のものでもありません。そうした不都合にもかかわらず、海上優勢が長らく海軍の議論で重視されてきた理由は分かりませんが、我が方の海上交通路の安全を確保するためには、防勢に回るよりも攻勢の立場で積極的に敵の艦隊を撃破すべきだという考え方が根強かったからかもしれません。この考え方は、接触を一度断つと敵の捜索に大変な困難があった20世紀初頭以前の戦史を考えれば、妥当なものとも思われます。

しかし、艦船の位置を広域的に把握する手段が整った現代の観点から見れば、海上優勢についてより多角的な見方を持つことも必要となるでしょう。海上優勢が絶望的な状況であったとしても、海上拒否によって敵にその水面での海上交通を妨害することができれば、それは一つの条件下での作戦として成果を認めることができます。また海上優勢の獲得を目指すとしても、著者が説明したように敵の艦隊を撃破することがすべてだと考える必要も必ずしもなく、現存艦隊や海上封鎖によって、味方の輸送艦や商船を一時的、局地的にでも航行可能にすれば、それは所望の海上優勢を獲得していると判断することもできるでしょう。

KT

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参考文献
Mahan, A. T. 1911. Naval Strategy. Boston: Little, Brown.

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