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2017年3月7日火曜日

論文紹介 冷戦期の「海洋戦略(Maritime Strategy)」に対する批判

新冷戦の時代、ソ連の軍事的脅威に対抗するため、米国のロナルド・レーガン大統領は大規模な海上戦力の増強に乗り出します。

この米海軍増強の根拠として打ち出された戦略が「海洋戦略(Maritime Strategy)」だったのですが、1980年代を通してこの戦略をどう評価すべきかについて議論が分かれていました。

その論争の背後には米軍内部の予算獲得競争もあったのですが、純粋に戦略の観点から見ても、研究者から実行可能性に疑問が投げかけられていたのです。

今回は、「海洋戦略」に戦略を批判した米国の政治学者ジョン・ミアシャイマー(John J. Mearsheimer)の論文を紹介したいと思います。

文献情報
Mearsheimer, John J. 1986. "A Strategic Misstep: the Maritime Strategy and Deterrence in Europe," International Security, Vol. 11, No. 2, pp. 3-57.

問題はレーガン政権の「海洋戦略」である
著者はレーガン政権が打ち出し、米海軍が中心となって推進していた「海洋戦略」はヨーロッパでソ連軍の侵攻を抑止する上でほとんど役に立っていないどころか、むしろ妨げているのではないかと疑問を持っていました。

この論文の冒頭で著者は次のように述べています。
「レーガン政権による軍備増強の中心的要素は、米海軍の規模を600隻に増勢する計画に基づいている。この600隻の戦力は、ソ連に対して世界規模の通常戦争を遂行する海軍の構想である「海洋戦略」を実行する上で必要であると言われている。これは中央ヨーロッパの航空・陸上戦力を犠牲にしながら整備されており、これらはレーガン政権の任期にわたって大幅に強化されていない」(Mearsheimer 1986: 3)
冷戦においてヨーロッパは米国の世界戦略で特に重視されてきた地域でした。この地域は東西ドイツの国境線を中心にNATOとWPの地上部隊が対峙する部隊態勢にあるため、もし開戦となれば直ちに地上戦になる可能性が大きいと見積もられていました。

つまり、ソ連に対する抑止力を確保するためには、こうした地上戦を想定した武器や装備を揃えておく必要があり、海上戦力の充実をそれに優先させることは戦略的に正しくないと思われたのです。

しかし、従来とは異なる戦略方針によって米海軍の能力を対ソ抑止力に繋げていくような戦略が「海洋戦略」に含まれているならば、こうした著者の批判は的確なものとは言えないでしょう。

そこでこの論文では、こうした「海洋戦略」を裏付ける議論の内容を詳細に検討し、レーガン政権の「海洋戦略」がヨーロッパのソ連軍の侵攻を抑止することに寄与するかどうかを評価することが目指されています。

研究の第一歩として検討されているのは、米海軍が新冷戦で担うべき戦略的任務をめぐる議論です。

諸説あった冷戦期の米海軍の戦略的任務
冷戦という戦略環境で米海軍が果たすべき任務については、さまざまな議論があったのですが、著者は大きく分類すると次の四種類が挙げられると述べています。
(1)潜水艦発射弾道ミサイルによる核抑止
(2)世界各地での軍事的影響力の発揮
(3)第三世界の紛争に対して軍事的介入
(4)ヨーロッパでの戦争の抑止(Mearsheimer 1986: 8-9)
(1)から(3)については「海洋戦略」の議論とあまり関係がありません。ソ連軍との戦争を想定する(4)が重要です(Ibid.: 9)。

この任務の分析については議論が混乱している部分もあるため、著者は次のような整理を提案しています。

第一の議論とは、米海軍はヨーロッパの抑止にほとんど影響しないという趣旨の議論であり、これはソ連軍がヨーロッパで開戦するとなれば、地上部隊と航空部隊を重視するはずだという想定に基づいています。

そのため、米海軍の任務はアメリカ本土とヨーロッパを結ぶ海上交通路を維持することであり、それほど大規模な艦隊を持つ必要はないと考えられています(Ibid.: 9)。

第二の議論は、ソ連軍が欧米間を結ぶ大西洋上の海上交通路を遮断しようとすると想定し、これを保護できるような能力が米海軍に必要とする議論です。

この場合、米海軍としては海上優勢を獲得するために積極的にソ連海軍を基地から叩くのか、それとも防勢的な姿勢で待ち構えるのかによって必要な戦力の形態が大きく異なる可能性があると著者は指摘しています(Ibid.: 12-3)。

第三の議論は、米海軍として海上から戦力投射能力を発揮することで影響を及ぼすことができるという議論です。

この見解によれば、米海軍としてヨーロッパでの戦争が勃発すれば、海兵隊をソ連本土または東ヨーロッパの沿岸地域に着上陸させる構想が考えられます。

このことによって、ヨーロッパ大陸で地上戦が繰り広げられたとしても、ソ連の地上部隊の後方や側面を脅かすことができるのではないかと期待されます(Ibid.: 13)。

第四の議論は、ヨーロッパ域外のソ連の重要地域に脅威を与えるというものであり、例えば第三世界の同盟国やアジア方面のソ連の基地が攻撃目標の候補となります。

この戦略の利点として、ソ連がヨーロッパ正面で攻勢に出たとしても、戦域を例えば東アジアに地域的に拡大することによって、ヨーロッパに兵力を集中することを妨害できます(Ibid.)。

第五の議論は、潜水艦の意義を強調するものであり、米海軍の潜水艦によってソ連海軍の弾道ミサイル原子力潜水艦を撃破することを主張する議論です。

このような対潜戦によって米ソ間で戦略核兵器の優劣を挽回できれば、それはヨーロッパ域内でのソ連軍が攻勢に出ることを一掃難しくできると考えられます。

マハンの影響が強い「海洋戦略」の内容
著者は1981年から現在にかけて修正が重ねられてきた「海洋戦略」の内容を見ていくと、上記した二番目から五番目までの四つの議論の組み合わせとして評価できると述べています(Ibid.: 17)。

そして、そのいずれにも実行可能性の観点から問題があることを指摘しています。

まず、第三と第四の議論ですが、著者は現在の米海軍が大規模な攻勢作戦を遂行できる態勢を整えたとしても、それはヨーロッパ正面に展開するソ連軍にとって抑止力にはならないと考えています。
「これらの戦略の支持者は軍事力に対するマハンの考え方に依拠している。彼らは海上優勢が大国の地位にとって極めて重要であると信じている。(中略)これらの新マハン主義者にとって、攻勢志向の海軍はソ連のような大陸勢力に対して優位性を与えてくれる上で重視している。
国際システムの勢力関係に対するこうした見解は、根本的に間違っており、米ソの対立にほとんど当てはまらない。マハンの理論は研究者によって広く知られているが、当時の議論のほとんどは時代遅れである」(Ibid.: 32-3)
著者は太平洋の支配をめぐって戦った日本と米国のような海洋勢力同士の対立においてはマハンの戦略研究は意味があると認めていますが、米国とソ連のように海洋戦略と大陸勢力の対立においては安易に適用すべきではないと批判しています(Ibid.: 33)。

例えば20世紀初頭にイギリスがドイツと対立した際には、イギリス海軍がどれほど有力であったとしても、第一次世界大戦でのドイツ軍の侵攻を抑止できず、結局は地理的環境に応じた地上部隊が抑止力として必要だったと述べています(Ibid.)。

また海上交通路を確保するために攻勢に出る構想についても著者は批判的な見方を示しています。

もしこのような作戦を実施する場合、ノルウェー海とバレンツ海で米海軍が攻勢に出ることになりますが、これはあまりに危険が大きい作戦であり、第一次世界大戦でイギリス艦隊が優勢であったにもかかわらず、ドイツの潜水艦や駆逐艦から雷撃されることを恐れて戦艦のような高価値の艦艇を進出させることが難しかった事例を思い出すように促しています(Ibid.: 36)。

潜水艦でソ連の弾道ミサイル潜水艦を撃破するという構想ですが、これについても著者は抑止力に寄与する程度はほとんどないと判断しています。

むしろ、そのような作戦は核戦略上の観点から危機管理を難しくしてしまう側面があるため、かえって戦略的安定性を損ない、核戦争の危険を増大させることも考えられています(Ibid.: 45-8)。

むすびにかえて
著者は「海洋戦略」にも評価できる部分があることを認めています。それはソ連の政策決定者がヨーロッパで攻勢に出ることを思いとどまるように、欧米間の海上交通路をしっかりと保護しておくという構想に関するものです。

しかし、全般として見れば、やはりレーガン政権の「海洋戦略」は対ソ抑止の観点から間違った戦略だと結論付けられています。

当時、こうした米海軍首脳部に対する批判は論争を引き起こしました。

実際、著者の批判に行き過ぎた面もあったと指摘されましたが、間もなく国際情勢が米ソ冷戦の終結へと向かったので(1989年)、論争も下火になっていきました。

「海洋戦略」の妥当性を徹底的に批判したこの研究の意義についてですが、戦略というものを考える上で一つの教訓を与えているように思います。

その教訓とは戦略学の権威とされる学説をそのまま現代の軍事情勢に当てはめる危険性であり、「海洋戦略」の場合では米海軍の主流派が傾倒していたマハンがその権威としての役割を果たしていました。

マハンは確かに学術的に重要な戦略思想家ですが、軍事技術が大きく進歩した現代の軍事情勢においては妥当性が大きく低下しています。

過去の戦略思想を学びつつも、それを批判的に捉える視点がなければ、かえって問題解決の弊害となる恐れがあることをよく理解しておかなければなりません。

KT

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