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2017年5月7日日曜日

学説紹介 『孫子』の戦略思想と不戦屈敵の論理

孫武(前535?-?)は世界最古の兵書『孫子』の著者として知られている。その生い立ちはほとんど明らかになっていないが、その後の軍事学の基本文献として現在に至るまで研究されてきた。鳥取県湯梨浜町の孫武像
『孫子』は今なお多くの読者を得ている軍事学の古典であり、その解釈に関してはさまざまな研究が行われてきました。

その戦略思想の特徴としてしばしば指摘されるのは、不戦屈敵の考え方であり、つまり武力の行使は可能な限り避けるべしとする用兵思想です。

これは戦争を忌避する現代のわれわれにとっても親しみやすい軍事思想といえるかもしれません。

今回は、そんな『孫子』の戦略思想を考える上で特に重要な「謀攻篇」の一部の内容を取り上げ、戦略学の観点から解説したいと思います。

『孫子』の根本思想にある不戦屈敵
『孫子』の不戦屈敵は「謀攻篇」の冒頭においてはっきりと語られています。
「孫子曰く、凡そ用兵の法、国を全うするを上と為し、国を破る之に次ぐ。軍を全うするを上と為し、軍を破る之に次ぐ。旅を全うするを上と為し、旅を破る之に次ぐ。卒を全うするを上と為し、卒を破る之に次ぐ。伍を全うするを上と為し、伍を破る之に次ぐ。之の故に百戦百勝は、前の善なる者に非ざるなり。戦わずして人の兵を屈するは、善の善なり」(金谷『孫子』44-5頁)
つまり、あらゆる戦争術の基本原則として、敵対する国家、軍勢をそのままの状態で屈服させることこそが優れた用兵であり、これを打ち破ることはよくない用兵である、ということです(伍は大体5名、卒は100名、旅は500名、軍は12,500名の部隊のことです)。

戦闘によらず敵の軍勢をそのままの状態で降伏させることができれば、それに勝る手はないというのが『孫子』の基本的な立場なのですが、ある研究ではこれが近代戦争においてまったく無視されてきたことが指摘されています。
「しかるに、近代戦の本質を如実に語る世界大戦は、孫子のそれとは全く反対に、ただに敵軍の殲滅を企図したばかりでなく、残虐にも無防御の都市を空襲して、非戦闘員である老若婦女子を殺戮し、或は無制限潜航艇戦を行って非戦闘員を海底の藻屑たらしめ、或は敵国の人民を飢餓に陥らしめ、肉体の水防によってそれに宿る抵抗意志を捥ぎとり、否応なしに屈服を強いるようなひどい手段を使用することになった。これ敵国敵人の全部を根こそぎ転覆せんとする全破主義であって、孫子の所論とは余りにひどい相違である」(公田、大場『孫子の兵法』90頁)
こうした解釈は確かに一面では成り立つのですが、『孫子』の戦略思想を誤解させやすいものでもあることに注意しなければなりません。

本当に『孫子』の内容を理解するためには、不戦屈敵の根拠が道徳的な論理ではなく、戦略的な論理であることを学ばなければならないのです。

不戦屈敵の背後にある戦略的思考
戦争が武力の行使に陥る傾向がある理由そのものを『孫子』は説明してはいませんが、ともかく戦略家はそうした傾向を抑制する必要があると考えていました。

そのことは次の記述からも分かります。
「故に上兵は謀を伐つ。其の次ぎは交を伐つ。其の次は兵を伐つ。その下は城を攻む。攻城の法は已むを得ざるが為なり」(金谷『孫子』46頁)
謀というのは計画のことをいいます。つまり、最も優れた用兵(上兵)とは、敵国が計画(謀)を実行に移す前に挫くことであり、その遂行を不可能な状況に追い込むことです。

もしそれが失敗したならば、敵国に従う同盟国や従属国に圧力を加えて離反させる政策、つまり「交を伐つ」という方法が選ばれます。

一番目と二番目の案が失敗すれば、ようやく武力による攻撃に移り、まずは敵軍の撃破、次いで敵の本拠地である城の攻略と移ります。

言うまでもなく、後の方策になるほど多くの犠牲が生じる危険が高まっていくと考えられるのですが、『孫子』はこうした一連の方策に順序立てて取り組むことを促すことで、武力の行使に至る前に事態を収拾できる可能性を残そうとしました。

ただし、これは戦争を可能な限り避けるためではなく、味方の損害はより小さく抑えることが可能となり、それだけ結果として得られる利益も大きくなると見込まれるためでした。

その根拠として『孫子』は謀攻の原則に関する次の記述が参考になります。
「必ず全きを以て天下に争う。故に兵頓れずして利全くすべし。此れ謀攻の法なり」(金谷『孫子』46-7頁)
これは戦略家がよく行う利害の比較であり、兵を失うコストを避けながら、利益を最大化することが「謀攻」の原則とされているのです。

つまり、戦争で敵を攻めるべきか、それとも戦争を避けるべきかは、費用に対して得られる利益のバランスにかかっており、不戦屈敵も費用を節約する一つの方策でしかないということです。

「謀攻篇」という表題そのものがこの考え方を端的に表しており、研究者の尾川も「我が損害を最小限度に止める為め、大に之を謀らねばならぬという意味で、本篇に謀攻と名づけたもので、中々に含蓄ある命名である」と述べています(尾川『孫子論講』65頁)。

また、『孫子』は必要があれば市民に対しても容赦なく武力を行使する可能性があることを論じていたことも考慮すべきです。

「火攻篇」で敵地に火を放てば住民をまとめて焼殺できることを示唆したことは、その一例であり、これも『孫子』は不戦屈敵を推奨しながらも、利害をその根拠においたことが分かります(同上、306-7頁)。

むすびにかえて
「謀攻篇」は『孫子』の戦略思想の基礎に当たる箇所であり、不戦屈敵の考え方がよく表れているところです。

しかし、その内容を個別に検討していくと、『孫子』が戦争を避けるべきだと単純に論じていたわけではありませんでした。

簿記で売上から経費を差し引いたものだけが本当の利益として計上できるように、『孫子』では戦争において戦利品から損失を差し引いたものだけが本当の戦果として見なしていたに過ぎませんでした。

言い換えれば、不戦屈敵が推奨された最大の理由は、戦争によって我が方が支払うコスト(人的、物的な損失など)で、将来得られる利益の価値(新領土とその住民、兵士)の価値が相殺される恐れがあったためでした。

現代の観念からすると冷徹すぎる印象を受けるかもしれませんが、万事を利害に基づいて判断したことにより、『孫子』は軍事思想史の歴史で確固とした地位を築き、また長く読み継がれてきたのです。

KT

参考文献
尾川敬二『戦綱典令原則対照 孫子論講』(湯浅邦弘監修「孫子」叢書第6巻)大空社、2013年(1936年)
公田連太郎、大場弥平『孫子の兵法』中央公論社、1935年
金谷治『新訂 孫子』岩波書店、2000年

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