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2017年8月18日金曜日

論文紹介 暴動鎮圧にも戦術がある

本来なら暴動は警察学の研究テーマであって、軍事学の研究テーマにはそぐわないと感じられる読者もいるかもしれません。

しかし、世界の発展途上国で実施されている不正規戦争の事例を調べてみると、暴動がゲリラ戦を補完する戦術として利用されることもあり、一概に暴動は警察力で鎮圧すればよいと片づけるわけにはいかない場合があります。
これは米軍のように外国で占領地の治安維持に当たる場合があれば、なおさらです。

今回は、暴動を鎮圧する方法を戦術の観点から考察した論文を取り上げ、その要点を紹介したいと思います。

論文情報
Stanton, Martin N. "Riot Control for the 1990s," Infantry, Vol. 86, No. 1(January-February 1996), pp. 22-9.

不正規戦争の一環としての暴動
この研究の目的は、米軍の暴動鎮圧ドクトリンを見直すことにあるのですが、著者は特に発展途上国に進駐した米軍部隊が暴徒の対処に当たるという状況を想定していました。

この研究が発表された当時は1990年代、つまりポスト冷戦の時代であり、発展途上国に米軍部隊が派遣され、現地の暴動を鎮圧する任務を数多くこなさなければなりませんでした(Stanton 1996: 22)。

著者は1990年代前半の米軍の戦闘経験に基づき、発展途上国の暴動は事実上のゲリラ戦として側面があったとして、次のように論じています(Ibid.: 23)。
「例えばソマリアにおいては、兵士は戦闘員(gunman)と対決するのと同時に、投石や手にしたもので打撃を加える群衆とも対決した。射撃を加える戦闘員を捕獲するため、部隊が暴動を起こすソマリ族を圧迫し、打撃する場面が何度も生じた。同じ暴動に致死的な暴力と非致死的な暴力を組み合わせて用いたことが、反応をより複雑なものにしてしまった」(Ibid.)
つまり、治安維持部隊を襲撃する暴徒は意図的に女性や子供を捲き込むことによって、武装している戦闘員の安全を確保する場合があり、暴動鎮圧をより困難にする可能性があるということです。

治安維持部隊にとって、このような暴徒から戦闘員だけを見つけて捕獲することは極めて困難なことですが、もし暴徒の接近を無制限に許せば部隊に多くの損害を出すことになりかねません(図1)。
暴動鎮圧の状況図、白丸が非武装の群衆、黒丸が武装したゲリラ、四角が兵士、斜線が障害をあらわしている。武器を使用する人間を非武装の人間が守ることによって、兵士は武器の使用を制限される態勢となる。
(Ibid.)
米軍は1960年代から暴動鎮圧について研究しており、野戦教範(FM 19-15)では分隊4個からなる小隊を基礎とする隊形も考案されていました。
しかし、著者はこれでは1990年代の暴動に対処することは不可能と考え、新たな小隊編制を考案することにしました。

暴動鎮圧を戦術的に考察する
それまで分隊4個からなる小隊編制がドクトリンで定められていましたが、著者は分隊3個からなる小隊編制に置き換えることを提案しています(Ibid.: 26)。

その上で全体の兵力を暴動鎮圧、監視、予備、特殊任務という4種類の部隊に区分して運用するべきとされており、それぞれの任務は次の通り示されています。
  • 暴動鎮圧部隊:群衆に対峙して暴動鎮圧隊形で通常展開する部隊であり、その規模は指向可能な兵力の3分の2を超えるべきではなく、可能な限り小規模にとどめる。
  • 監視部隊:暴動鎮圧部隊の状況を監視し、致命的な脅威から掩護するために展開する部隊であり、これは指向可能な兵力の3分の1までの規模にまで拡大できる。この部隊には狙撃手と自動火器、そして双眼鏡と望遠鏡が必要である。
  • 予備部隊:緊急事態に対処するため予備として拘置される部隊。
  • 特殊任務部隊:迫撃砲小隊のように特別な機能を果たすための部隊であり、非致死性の装備を使用する。
著者の提案する部隊の編制とその配置。群衆の正面に対峙するのが暴動鎮圧部隊だが、その左右両翼に監視部隊を配置し、後方には予備の部隊と特殊任務を遂行する部隊が配置されていることが分かる。なお、配置は地形に応じて変更することができる。(Ibid.: 27)
これまでの暴動鎮圧の要領と比較すると、小隊の規模は縮小されていますが、その分を他の任務に当たらせることができるようになり、暴動の鎮圧要領により柔軟性を持たせることが可能となります。

例えば、著者は1,000名の暴徒が50名の部隊を圧迫して戦力比が圧倒的に不利になった場合であれば、阻止線を突破される前に部隊として発砲すべきと論じていますが(Ibid.)、暴徒が集中した地点に予備を展開して400名程度の戦力を確保していれば、1,000名の暴徒が圧迫してきたとしても、それほど危険な自衛措置を取る必要なくなり、結果として互いの損害も減ると論じています。

著者の提案で注目すべきは監視部隊の配置です。暴徒が占領する街路を左右に挟む建物については、監視部隊を常に配置しておかなければならない、と著者は念入りに強調しています(Ibid.)。
これは暴徒の中に潜む戦闘要員を特定し、必要に応じて狙撃を行うための戦力であり、正面に展開する主力に情報をもたらす役割も担います。

著者の見解によれば、暴動鎮圧で最も難しいのはこの監視部隊の配置を常に適切にすることです。
もし暴徒が街路を移動すれば、部隊も状況に応じて移動しますが、この際に監視部隊を移動させることは難しく、主力である暴動鎮圧部隊との連携を保つことにも困難が生じます(Ibid.)。

例えば、著者は車両でバリケードを破壊する際に、最も警戒すべきは暴徒からのRPGによる攻撃であると指摘しており、もしそのような場面で暴徒の両翼に配置された部隊の監視がなければ、撃破される危険があると警告しています(Ibid.: 28)。

むすびにかえて
このような研究は今の日本に必要ないように思われるかもしれません。しかし、平和維持活動のような任務を遂行する場合、現地住民の暴動に捲き込まれる危険も考えられるため、決して無関係というわけでもないのです。

また、暴動が不正規戦争の一部として極めて暴力的な形態をとる可能性があるという著者の指摘は反乱または対反乱作戦の様相を考える上で興味深いものです。

一般にゲリラ戦では政府の監視が届きにくい農村部に拠点を置かれますが、支持者が多い場合などでは都市部を拠点に活動する場合もあり、市街地では一般民衆を暴動で捲き込むことによって警察や軍隊から安全を確保することも一つのテクニックです。

近代以降の戦争では国外の正規戦争と国内の不正規戦争が相互に影響し合う事例も少なくなく、こうした不正規戦争の一面を知識として知っておくことも大事なことだと思います。

KT

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2017年8月11日金曜日

学説紹介 嘉手納を弾道ミサイル攻撃から守り抜けるか

沖縄県の嘉手納飛行場は台湾に最も近接した米軍基地であるだけでなく、第一列島線上に位置する空軍基地でもあります。

米軍の対中作戦において嘉手納のような基地は戦力投射能力の基盤としての意味を持っていますが、これが弾道ミサイル攻撃で機能停止に追い込まれる危険はどれほどあるのでしょうか。

今回は、中国軍の弾道ミサイルの脅威を踏まえ、嘉手納飛行場の防空問題に関する分析を取り上げ、最近のデータも交えてその要点を紹介したいと思います。

弾道ミサイル攻撃の被害見積
1977年に撮影された嘉手納飛行場の航空写真、国土交通省作成
元海兵隊員で、米海軍大学校の元教授のMarshall Hoylerは嘉手納に対する弾道ミサイル攻撃について次のような想定で検討しています。
「中国が嘉手納の滑走路を破壊しようとすると想定しよう。高い命中精度のミサイルがあれば、わずか12発の単一弾頭で実行することができるだろう。6発の弾頭は3,700メートルの滑走路を3つに分断することが可能であり、戦闘機はおろか、AWACSや輸送機も着陸することができなくなる」(Hoyler 2010: 94)
さらにHoylerは滑走路だけでなく、地上に配備された機体もクラスター弾を搭載したCSS-6を40基ほど使用すれば一掃できると推計しています(Ibid.: 95)。

ちなみに、CSS-6(DF-15)は射程が600kmの短距離弾道ミサイルであり、中国では1990年から配備が確認されています。

2017年版の『ミリタリー・バランス』では推定81基保有していると報告されており、CSS-7(DF-11)の推計数と合計すると、短距離弾道ミサイルは189基と見積もられています(Military Balance 2017: 279)。

ただし、嘉手納飛行場には15カ所の掩体壕が設置されているので、それらに格納していれば、ある程度の被害軽減を図ることは可能とも指摘されています(Hoyler 2010: 95)。

中国軍の攻撃要領としては、まず滑走路を破壊し、航空機の離陸を封じてから、シェルターで防護されない機体をクラスター弾で広範囲に破壊する、という手順になるだろうとHoylerは判断しています(Ibid.)。

嘉手納飛行場の防空能力
PAC-3を整備する米兵、実戦での使用は湾岸戦争から始まり、米国以外では日本、韓国、ドイツ、イスラエルなどで運用されている。
弾道ミサイル攻撃が甚大な被害をもたらす危険があることが判明した以上、これに適切な対策を講じなければなりません。

Hoylerは、まず嘉手納飛行場の脆弱性を軽減するためにはシェルターを増設し、被害の局限を図るべきだと述べています(Hoyler 2010: 95)。

しかし、もちろんこの措置では発生する被害を事後的に小さくすることしかできません。

弾道ミサイル攻撃の脅威に対処する上で活用を考えなければならないのは地対空ミサイルであり、HoylerはPAC-3を分析対象として取り上げています。
「嘉手納のパトリオット高射大隊は、対弾道ミサイルPAC-3が配備された高射中隊4個からなる。パトリオット高射中隊には8個の発射装置があり、それぞれの発射装置には16発のミサイルが配備されている。嘉手納のPAC-3高射大隊が発射装置の再装填を行わないとしても、これらの数字は512発(4×8×16)のミサイルの保有を意味している」(Ibid.: 96)
沖縄に配備された高射大隊の規模から、Hoylerは264基のPAC-3が配備されていると見積っており、さらに早期警戒システムが完全に作動して撃破率が70%になると想定すると、対処可能な弾道ミサイル攻撃の規模は132基までだと述べています(Ibid.)。

先ほど述べた通り、2016年末時点での中国軍のCSS-6の推定数は81基とされているので、この数値をもとに計算すれば嘉手納飛行場に被害が生じるとは考えにくいでしょう。

ただし、軍事力に関するデータは情報源によってかなりの幅があることにも留意すべきでしょう。

この論文が出された2010年に出された米国防総省の見積では、中国軍がCSS-6を350基から400基も保有しているとの推計も紹介されています(Ibid.)。

むすびにかえて
嘉手納飛行場にとって弾道ミサイル攻撃の脅威は深刻なものですが、米軍もその脅威には相応の資源を割いて対応していることが分かると思います。

少なくとも2017年の『ミリタリー・バランス』のデータで推計する限り、嘉手納飛行場の防空能力は中国軍のCSS-6の攻撃に対処可能な水準にあるといえます。

ただし、米国防総省の見積が示唆するように、中国軍が132基以上のCSS-6を一斉に発射する能力を持っている可能性があるということも理解し、被害局限のための取り組みも進めておく方がよいということも分かりました。

こうした結果を見ると、米軍の防空への取り組み方が未だ不十分と感じるかもしれませんが、米国防総省が2010年度に調達したPAC-3の実績が791基であり、嘉手納の512基のPAC-3はその3分の2に近い数字になることも理解しておかなければなりません(Ibid.)。またPAC-3だけが弾道ミサイル防御のすべてというわけでもないことも付け加えておきます。

昨今、弾道ミサイルをめぐって東アジア情勢が不安定化しています。日本のミサイル防衛の体制をさらに改善できないか考えてみるきっかけになればと思います。

KT

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参考文献
Marshall Hoyler, China's Antiaccess Ballistic Missiles and U.S. Active Defense, Naval War College Review, Autumn 2010, Vol. 63, No. 4, pp. 84-105.
The Military Balance 2016-2017, 2017, The International Institute for Strategic Studies.

2017年8月9日水曜日

文献紹介 戦術学をゼロから学ぶ人への入門書

最近、戦術に関する入門書が少しずつ増えているようで、大変喜ばしいことだ思います。
しかし、戦術について何も知らない読者は、その書籍の内容がどれほど優れているのか、またどのような問題があるのかを判断できないため、その議論をそのまま受け取ってよいのか困ることも少なくないようです。

今回は、今年出版された戦術の入門書を取り上げ、その内容について簡単なコメントを行ってみたいと思います。

文献情報
木本寛明『戦術の本質 戦いには不変の原理・原則がある』サイエンス・アイ新書、SBクリエイティブ、2017年

戦いの原則から始まる堅実な解説
戦術学の研究文献にもさまざまなタイプがあり、思想的・概念分析的アプローチによるものもあれば、歴史的・定性分析的アプローチによるもの、そして理論的・定量分析的アプローチによるものなどがあります。

この著作は思想的・概念分析的アプローチに重きが置かれており、歴史的事例の分析や数理モデルの議論はほとんど出てきません。
その代わりに、初めて戦術に関心を持った読者が基本概念を幅広く理解することが目指されています。

著者が研究の基礎としているのはイギリス陸軍軍人フラー(J.F.C. Fuller)が提唱した「戦いの原則」です。

これは1924年に英陸軍が刊行した『野外要務令第2部』に初めて記載されたもので、後に米陸軍、陸自の教範にも影響を与えました。

その中には目標を確立してそれを徹底的に追及するという目標の原則や、戦闘で敵に対して主動的地位を確立することの意義を説いた攻勢の原則などがあり、『戦術の本質』の第1章「戦いには不変の法則がある」はほぼこれらの原則の解説に費やされています。

ストライカー旅団戦闘団に焦点
第2章以降は米陸軍の教範の記述に沿って戦術のさまざまなテーマについて説明がなされており、特に第2章「戦いの基盤」においては戦闘力の構成要素にどのようなものがあるのかが論じられています。

ここで印象的なのは、著者はあまり歴史上の部隊編制の分析に踏み込むことを避け、ストライカー旅団戦闘団(SBCT)のような現代の部隊に絞って紹介している点です。

SBCTはネットワーク化された米陸軍の歩兵部隊であり、3日間程度の戦闘を独立して遂行する能力を備えています。
SBCTは高度な指揮統制システムを持っているため、これについて知ることはサイバー戦を含めた現代の陸上作戦の様相を考える上での参考となりますし、兵站、人事、情報といった要素についても比較的丁寧に解説されています。

基本的に著者は旅団レベルの戦術を念頭に置いた議論を展開しており、以降の議論でも旅団に関する言及が繰り返されています。

分かりやすい図解、テーマの選択基準に疑問
第3章「戦いのサイエンス」では、機動や突破、迂回のような攻撃機動の方式から始まり、さまざまな戦闘行動のパターンについて説明がなされています。

どの項目を見ても概念図で丁寧に解説されているため、文章の意味がとりにくい初心者でも確実にイメージできるような工夫も見られます。

ただし、この章では当然取り上げられてしかるべき重要なテーマに関する解説が、部分的に省略されています。

例えば、著者は攻勢作戦の一種と分類される遭遇戦の解説に4頁を費やしていますが、同じく攻勢作戦の一種とされる陣地攻撃、戦果の拡張、追撃に関しては紙面を割いていません。

米陸軍の教範に依拠すると述べているにもかかわらず、独自の判断であえて一部の行動について取り上げずに済ませた意図はよく分かりません。

ただし、防勢作戦に関しては陣地防御、機動防御、後退行動に関する解説が一通り確保されていますし、数式を出さないもののランチェスターの交戦理論についても言及がなされています。

軍隊の思考過程が理解できる
第4章の「戦いのアート」では、状況判断から決心に至るプロセスが解説されており、ここでも米軍の教範の内容をほぼ忠実に記述しています。

米軍では軍事的意思決定過程(military decisionmaking process)が標準化されており、任務の受領から始まって、任務の分析、行動方針の案出、分析、比較、承認、そして計画・命令の作成に至るまでの間に、どのような事項について考察すべきなのかが定められています。

また任務の受領から命令の作成に至るまでに与えられる時間については、指揮下部隊の準備を考慮して、現在から作戦開始までの3分の1の時間だけを使用するという3分の1ルールも紹介されており、軍隊以外の組織における意思決定にも活かせる考え方が紹介されています。

ここでも著者が議論で念頭に置いているのは旅団レベルの部隊運用なので、ここでの議論も旅団本部での幕僚活動を想定したものとなっていますが、METT-TCという中隊以下の指揮官を対象とした任務分析の方法についても簡単に紹介されています。

第5章の事例研究には問題がある
残念ながら、第5章「アートとサイエンスの叙事詩」はこの著作で最も完成度が低い章であり、この著作の価値を著しく引き下げていると言わざるを得ません。

この章では米軍の教範の内容から離れて、歴史上の事例に関する分析が行われているのですが、その分析の視座は曖昧であり、事例の選択基準も明確ではなく、無理やり文章を寄せ集めた印象さえあります。

この著作は全般として戦術の入門書という性格が強いのですが、この章における事例分析に関しては時代背景の説明や基本情報の提示が不十分であり、しかも十分な根拠に裏付けられていない著者の印象論は知識のない読者を困惑させます。

気になったのは、ここまで陸上戦闘を前提にした戦術が議論されてきたにもかかわらず、海上戦闘の事例が2例ほど突然登場する点であり、これはまったく不適当な事例選択です。

しかも、著者は一貫して旅団レベルの戦術を想定して議論しているにもかかわらず、この章で取り上げられる事例はいずれも旅団レベルの運用ではないため、全体の一貫性が大きく損なわれているという問題も指摘できます。

むすびにかえて
防大12期の陸上自衛官だった著者は、富士学校の機甲部副部長や幹部学校の主任研究開発官などの職務を通じて機甲部隊の戦術研究に長く取り組まれていたこともあり、その考察には全体として堅実さと安定感があります。

現代の陸上作戦の様相を踏まえて、ゼロから戦術について勉強してみようと意気込む方であれば、この著作を通じてさまざまな戦術の基本概念を知ることができますし、より専門的な研究に移るための導入学習としてもちょうどよい教材だと思います。

ただ、本書の議論には全体として体系性に欠けるところがあります。
取り上げているテーマの選択の仕方にも米軍の教範に依拠する部分とそうでない部分があり、特に最後の事例分析に問題があることはすでに指摘した通りです。

結論として、戦術の基本概念をゼロから知りたいという方であれば、この著作はよい出発点であり、丁寧な図解だけでも読む価値があると思います。

ただ、戦術の原則や概念にあまり関心がなく、具体的な事例分析を読んでみたいという方であれば、この著作ではなく、家村和幸編『図解雑学 名称に学ぶ世界の戦術』ナツメ社、2009年、あるいはリーガン『「決戦」の世界史』森本哲郎監修、原書房、2008年などに当たることを推奨します。

KT

2017年8月4日金曜日

文献紹介 どのように歩兵小隊の戦術は変わってきたのか

戦術の発展を促してきた要因は一つではありません。その時代、その地域に主流だった隊形や編制、武器や装備など、多くの要因が相互に影響し合っています。
しかし、兵役制度が戦術思想の発展に与えた影響は比較的理解されているところが少ないかもしれません。

今回は、20世紀の兵役制度の変化が歩兵小隊の戦術をどのように変化させてきたのかを考察した社会学者アンソニー・キングの研究を紹介したいと思います。

文献情報
King, Anthony. 2013. The Combat Soldier: Infantry Tactics and Cohesion in the
Twentieth and Twenty-First Centuries. Oxford: Oxford University Press.

歩兵小隊の戦術が重要な理由
この研究の目的は、20世紀に徴兵制から志願制への移行が進む中で、陸軍の歩兵戦術、特に歩兵小隊の戦術にどのような変化が生じていたのかを解明することです。

20世紀初頭の各国陸軍では徴兵制で人員を集めることが一般的になっていましたが、そのときに問題となったのが戦闘効率の問題だったと著者は指摘しています。
「20世紀の大衆軍(mass armies)は近代的な武器を使用させる上で集団行為の問題の解答を探し求めるために努力した。つまり、集団としての戦闘効率は市民からなる歩兵部隊にとって問題であり続けたのだ」(King 2013: 60)
著者は第二次世界大戦で兵士の行動を調査したマーシャルの研究を取り上げ、第一線における兵士の発砲率の低さが指摘されていたことを紹介していますが、この研究は徴兵制で作り上げた陸軍の戦闘効率の低さを示唆していると評しています(Ibid.)。

しかし、マーシャルをはじめ、これまでの研究者は歩兵戦術の変化と戦闘効率の変化との関係について十分に考察しておらず、この研究はその空白を埋めるためのものとして位置付けられています。

戦術単位としての歩兵小隊の成立
著者の調査によれば、19世紀末から20世紀初頭の歩兵戦術は短間隔、つまり密集した状態で部隊が行動することが前提とされていました。

このことはプロイセン軍の『1888年教令』でも見出すことができますし、また20世紀に入ってからもイギリス軍の1909年版『野外勤務例』、1914年版の『歩兵訓練』で繰り返し表明され、そこでは歩兵中隊は砲兵の支援を受けながら、敵陣地に対して密集横隊で前進することが述べられていました(Ibid. 130)。

しかし、第一次世界大戦の戦闘経験から、こうした戦術思想は廃れていき、歩兵中隊ではなく歩兵小隊を単位とする戦術の発展が促されることになりました。

著者は1917年を一つの転換点と見て次のように述べています。
「1917年以降、基本戦術単位は小隊になり、通常3個から4個分隊から編成され、射撃で相互に前進を支援し合った。小隊を単位とする射撃と運動という戦術上の発見は重要であり、恐らくは歩兵の技術において歴史的な瞬間であった。ハンス・デルブリュックが古典時代の戦争研究において、ギリシアのファランクスがローマのレギオンに置き換えられたことを軍事的革新にとっての決定的瞬間だったと書き残した」(Ibid.: 131)
戦争の歴史ではじめて歩兵小隊が戦術単位となったことで、小隊長は小隊員を運用する高度な戦術能力を獲得する必要が生じてきたということです。

徴兵制から志願制への移行期
第一次世界大戦から第二次世界大戦にかけて歩兵小隊の戦術が大きく発展するかと思われましたが、変化の速度は緩慢だったとされています。

著者の見解によれば、この移行プロセスを妨げていたのは徴兵制でした。
徴兵制の下では士官や下士官の戦術能力を養成する時間に制約があったと著者は指摘しています。
「専門職化(professionalization)もまた組織体としての軍隊にとって重要な事象であり、またしばしば見過ごされるものでもある。それは軍人、制度的忠誠、能力、運用効率の関係を抜本的に変えるものであった。専門職化は単なる軍隊と兵士の雇用関係の変化を表すものではない。それは軍隊において示される忠誠心、そして軍隊における組織形態に関する重大な変化を表している」(Ibid.: 208-9)
陸軍において軍事的プロフェッショナリズムが強化されるきっかけとなったのは、20世紀後半に各国で進んだ徴兵制の廃止でした。

イギリスは1960年に徴兵制を廃止し、1963年以降に徴兵で集められた兵士は陸軍からいなくなります(Ibid.: 209)。
アメリカで徴兵制から志願制に移行したのはもう少し遅く、ベトナム戦争の影響を受けて1973年に廃止しています(Ibid.)。

こうした経緯を経て職業軍人の陸軍が登場すると、これまでにない技術を歩兵戦術に取り入れて戦闘効率の向上を進めることも可能となっていきました。

近接戦闘(CQB)の研究と普及
完全志願制に移行した影響のうかがわせる出来事として著者は近接戦闘(Close Quarters Battle, CQB)の導入を取り上げています。

CQBの特徴は、指揮官が部隊行動を細かく統制できない市街戦のような場面においても、小隊、分隊、班、個人が細かく相互に支援し合いながら交戦することにあります。

これは歩兵小隊の戦術を大きく発展させる可能性がありましたが、現場ではCQBがあまりにも高度な訓練を要するという理由で、導入に慎重な意見もあったのです。
「CQBの技術は特に人質救出の任務に当たる特殊部隊のために開発されたものであり、それは特殊部隊にとって極めて重要なものであった。しかし、イギリス海兵隊のような正規の歩兵の基本的な役割は、市街地だけでなくあらゆる地形において大隊、旅団規模で機動することであった。(中略)CQBが有益であるとしても、大規模な歩兵部隊においてCQB技術の練度を十分な水準に維持することは不可能だとも論じられた」(Ibid.: 264)
しかし、徴兵制から志願制に移行したことで、職業軍人たちはこの問題に長期的に取り組むことができるようになり、研究が大きく前進することになりました。

20世紀末に近づくと、もはやCQBは特殊部隊の技術ではなくなり、歩兵小隊の戦闘訓練の基本要素として取り入れられるまでになりました。

むすびにかえて
1914年のイギリス軍が歩兵中隊を密集隊形で戦わせていた時機と比べれば、現代の歩兵戦術はまるで違って見えるでしょう。
部隊として行動を統制されることはもはやなく、兵士一人ひとりが状況に応じた行動をとり、それが小隊全体としての戦闘効率を高めているためです。

しかし、それは戦術それ自体の発展だけで説明できるものではなく、それを実行する軍人の能力の高度化をも表しており、引いては軍事組織のあり方が変わったことを示してもいます。

著者が主張しているのはまさにこのことであり、歩兵小隊が次第に独立した戦術単位となり、さらにそこからCQBを取り入れてより高度な戦術を発展させることができたのは、志願制の効果によるところが大きいと考えなければなりません。

兵役制度と戦術思想の関係を考える上で、本書は興味深い視座を示しているのではないでしょうか。

KT

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2017年8月1日火曜日

学説紹介 コリン・グレイの戦略論―攻撃と防御の区別を中心に

安全保障を研究する学者や専門家の間で広く使われている用語に攻撃(offense)と防御(defense)があり、例えば政策論争において攻撃的な戦略や装備は戦争のリスクを高める危険が生じて来る、などのような使われ方がされています。

しかし、そもそも戦争において攻撃と防御は明確に区別できるものなのか、という根本的な論点をめぐって論争があることにも注意しなければなりません。
今回は、コリン・グレイの研究でこの問題に関する議論を紹介したいと思います。

戦略レベルで攻撃・防御の分類は困難
ドイツの西部国境に沿って構築されたジークフリート・ラインには多数の障害が設置されていたが、それは東部国境において大規模な軍事行動を起こすための兵力集中を容易にしたと指摘されている。
グレイは政策や戦略の研究において攻撃と防御を単純に分類することは、特に国家の軍備を攻撃的なものと防御的なものに区別することは分析の視座として妥当とは言えず、混乱を引き起こしやすいして、次のように論じています。
「攻撃と防御は政策レベルにおける主体的な判断に属するものである。それは戦術、作戦、戦略と緊密に関連し合い、支え合うものなので、戦略の歴史を理解するための理論的基礎としての利点は乏しい。例えば、固定的な守備隊の火砲、地雷原、組織化された築城はいかなる定義においても防御的なものと思われる。戦術的に考えれば、コンクリートと鉄鋼で構築された防備はそれ以上でもそれ以下のものでもない。しかし、作戦、戦略、そして政治の観点で考えれば、1939年におけるナチのドイツ軍のジークリート・ラインは防御のための盾であったが、それは東部でポーランドに対して攻勢をとるための行動の自由をドイツに与えるために寄与するものであった」(Gray 1999: 180)
国境地帯に強固な防衛線を構築することは、その国家の政策、戦略、作戦が防御的な傾向を持つ証拠とはなり得ませんし、逆もまた然りです。

1939年にフランスがマジノ・ラインとして知られる防衛線を構築したことは、政策レベル、戦略レベルで防御を意図した結果でした(Ibid.)。

つまるところ、ある国家の軍備についてそれが攻撃的なものか、防御的なものかを判断することは極めて困難だという立場をグレイはとっているのです。

戦術レベルもまた政策・政治に左右される
グレイの戦略論はクラウゼヴィッツの思想に深く根差したものであり、政策と戦争を切り離して理解することはできないという考えに基礎を置いたものです。

そのため、グレイは戦術レベルの攻撃と防御すらも本質的に政策によって左右される性質のものであると考えており、それが冷戦期の研究者の議論で誤解されていたことを指摘しています。
「交戦の戦術レベルにおける軍事動向の意味も、その特定の政治体(polities)の政治的、社会的、文化的な属性に基づくものである。例えば、冷戦期に大国が保有する長射程の核兵器、いわゆる戦略攻撃(strategic offensive)戦力は防御手段であり、侵略のために使われることを許されていたわけでも、またそれが推奨されていたわけでもなかった」(Ibid.)
さらにグレイの研究では、攻撃的とされる弾道ミサイルや機甲師団のような軍備もまた、状況の特性や国家の意図によって防御的な性質を持ち得るものであると指摘されており、それは政策・政治レベルの判断によって左右されるものだと念を押しています。
「例えば大陸間弾道ミサイルや機甲部隊のような技術的、戦術的特徴を持つ軍事力はその地政学的な配置と保有者の戦略文化に応じて異なる戦略的意味合いを持つ可能性がある。(中略)南シナ海における優勢な攻撃的海上打撃力はその保有者が米国か中国かによってまったく違った戦略的、政治的な意味合いを持つことになるのである。したがって、攻撃と防御は政策目標の正統性に対する態度を含めた判断に依拠する。それらの性質は社会的に構築されるものである。またそれらは本質的、全般的に特定の兵器に潜むものではないのだ」(Ibid.: 181)
それゆえ、その軍備が攻撃的なものかどうかは外形的特徴で判断できるものではありません。もちろん、航続距離や射程などの性能でその兵器が攻撃的かどうかを評価することもグレイにとってはほとんど意味がないことです。

より重要なことは対象とする国家の政治的意図、つまり政策を分析することであり、攻撃的な意図を持つ国家の軍事力は攻撃的な傾向を持つだろうと推測できるに過ぎません。

むすびにかえて
攻撃と防御の関係についてはクラウゼヴィッツ以来、さまざまな分析が軍事学でなされてきた問題です。
ジョミニの戦略思想で強調された戦略レベルでの攻勢の優位は、後にヨーロッパ列強の陸軍で影響力を持ち、第一次世界大戦前の戦争計画を大きく規定したという議論もあります。

今回の議論はそうした攻撃と防御をめぐって展開されている議論の一部であり、グレイのより詳しい見解を知りたければ、Gray(1993)の第1章から第2章を参照するとよいでしょう。また攻撃と防御を明確に区別できると考える立場に立った研究としてはQuester(1977)があるので、こちらの文献も参照するとよりこの問題について深く理解できると思います。

最後に政策との関連を述べておくと、日本では専守防衛という既定方針の下で攻撃的兵器と分類される装備を保有することを認めてはいません。しかし、グレイの研究はその方針にどれほど意味があるのか改めて問う必要があることを示唆していると思います。

KT

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参考文献
Gray, C. S. 1993. Weapons Don't Make War: Policy, Strategy, and Military Technology. Lawrence:  University Press of Kansas.
Gray, C. S. 1999. Modern Strategy. Oxford: Oxford University Press.(邦訳、グレイ『現代の戦略』奥山真司訳、中央公論新社、2015年)
Quester, G. H. 2002(1977). Offense and Defense in the International System. New York: Routledge.