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2017年8月1日火曜日

学説紹介 コリン・グレイの戦略論―攻撃と防御の区別を中心に

安全保障を研究する学者や専門家の間で広く使われている用語に攻撃(offense)と防御(defense)があり、例えば政策論争において攻撃的な戦略や装備は戦争のリスクを高める危険が生じて来る、などのような使われ方がされています。

しかし、そもそも戦争において攻撃と防御は明確に区別できるものなのか、という根本的な論点をめぐって論争があることにも注意しなければなりません。
今回は、コリン・グレイの研究でこの問題に関する議論を紹介したいと思います。

戦略レベルで攻撃・防御の分類は困難
ドイツの西部国境に沿って構築されたジークフリート・ラインには多数の障害が設置されていたが、それは東部国境において大規模な軍事行動を起こすための兵力集中を容易にしたと指摘されている。
グレイは政策や戦略の研究において攻撃と防御を単純に分類することは、特に国家の軍備を攻撃的なものと防御的なものに区別することは分析の視座として妥当とは言えず、混乱を引き起こしやすいして、次のように論じています。
「攻撃と防御は政策レベルにおける主体的な判断に属するものである。それは戦術、作戦、戦略と緊密に関連し合い、支え合うものなので、戦略の歴史を理解するための理論的基礎としての利点は乏しい。例えば、固定的な守備隊の火砲、地雷原、組織化された築城はいかなる定義においても防御的なものと思われる。戦術的に考えれば、コンクリートと鉄鋼で構築された防備はそれ以上でもそれ以下のものでもない。しかし、作戦、戦略、そして政治の観点で考えれば、1939年におけるナチのドイツ軍のジークリート・ラインは防御のための盾であったが、それは東部でポーランドに対して攻勢をとるための行動の自由をドイツに与えるために寄与するものであった」(Gray 1999: 180)
国境地帯に強固な防衛線を構築することは、その国家の政策、戦略、作戦が防御的な傾向を持つ証拠とはなり得ませんし、逆もまた然りです。

1939年にフランスがマジノ・ラインとして知られる防衛線を構築したことは、政策レベル、戦略レベルで防御を意図した結果でした(Ibid.)。

つまるところ、ある国家の軍備についてそれが攻撃的なものか、防御的なものかを判断することは極めて困難だという立場をグレイはとっているのです。

戦術レベルもまた政策・政治に左右される
グレイの戦略論はクラウゼヴィッツの思想に深く根差したものであり、政策と戦争を切り離して理解することはできないという考えに基礎を置いたものです。

そのため、グレイは戦術レベルの攻撃と防御すらも本質的に政策によって左右される性質のものであると考えており、それが冷戦期の研究者の議論で誤解されていたことを指摘しています。
「交戦の戦術レベルにおける軍事動向の意味も、その特定の政治体(polities)の政治的、社会的、文化的な属性に基づくものである。例えば、冷戦期に大国が保有する長射程の核兵器、いわゆる戦略攻撃(strategic offensive)戦力は防御手段であり、侵略のために使われることを許されていたわけでも、またそれが推奨されていたわけでもなかった」(Ibid.)
さらにグレイの研究では、攻撃的とされる弾道ミサイルや機甲師団のような軍備もまた、状況の特性や国家の意図によって防御的な性質を持ち得るものであると指摘されており、それは政策・政治レベルの判断によって左右されるものだと念を押しています。
「例えば大陸間弾道ミサイルや機甲部隊のような技術的、戦術的特徴を持つ軍事力はその地政学的な配置と保有者の戦略文化に応じて異なる戦略的意味合いを持つ可能性がある。(中略)南シナ海における優勢な攻撃的海上打撃力はその保有者が米国か中国かによってまったく違った戦略的、政治的な意味合いを持つことになるのである。したがって、攻撃と防御は政策目標の正統性に対する態度を含めた判断に依拠する。それらの性質は社会的に構築されるものである。またそれらは本質的、全般的に特定の兵器に潜むものではないのだ」(Ibid.: 181)
それゆえ、その軍備が攻撃的なものかどうかは外形的特徴で判断できるものではありません。もちろん、航続距離や射程などの性能でその兵器が攻撃的かどうかを評価することもグレイにとってはほとんど意味がないことです。

より重要なことは対象とする国家の政治的意図、つまり政策を分析することであり、攻撃的な意図を持つ国家の軍事力は攻撃的な傾向を持つだろうと推測できるに過ぎません。

むすびにかえて
攻撃と防御の関係についてはクラウゼヴィッツ以来、さまざまな分析が軍事学でなされてきた問題です。
ジョミニの戦略思想で強調された戦略レベルでの攻勢の優位は、後にヨーロッパ列強の陸軍で影響力を持ち、第一次世界大戦前の戦争計画を大きく規定したという議論もあります。

今回の議論はそうした攻撃と防御をめぐって展開されている議論の一部であり、グレイのより詳しい見解を知りたければ、Gray(1993)の第1章から第2章を参照するとよいでしょう。また攻撃と防御を明確に区別できると考える立場に立った研究としてはQuester(1977)があるので、こちらの文献も参照するとよりこの問題について深く理解できると思います。

最後に政策との関連を述べておくと、日本では専守防衛という既定方針の下で攻撃的兵器と分類される装備を保有することを認めてはいません。しかし、グレイの研究はその方針にどれほど意味があるのか改めて問う必要があることを示唆していると思います。

KT

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参考文献
Gray, C. S. 1993. Weapons Don't Make War: Policy, Strategy, and Military Technology. Lawrence:  University Press of Kansas.
Gray, C. S. 1999. Modern Strategy. Oxford: Oxford University Press.(邦訳、グレイ『現代の戦略』奥山真司訳、中央公論新社、2015年)
Quester, G. H. 2002(1977). Offense and Defense in the International System. New York: Routledge.

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