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2017年9月10日日曜日

学説紹介 日本の地政学はこれでいいのか

最近、書店で地政学のタイトルがついた書籍が増えており、議論が盛り上がること自体は喜ばしいのですが、問題もあるようです。

というのも、その大部分は地政学というタイトルにふさわしい内容とは言えなかったり、地理的知識に裏付けられていないものが少なくないのです。

個別のタイトルは挙げませんが、参考文献や脚注が一切ない文献や、地図や統計がほとんど含まれない文献もあります。

入門書や解説書であれば、それでも問題ない場合もありますが、一部では個人の政見が吐露されているだけの書籍であっても、地政学というタイトルで販売されている有様です。

今回は、この問題を考える上で参考となる考察として、河野収の考察を取り上げ、その要点を紹介したいと思います。

海洋国家系と大陸国家系で分かれる地政学
ルドルフ・チェレーン、「地政学」という研究領域を政治学、国家論で位置付けた最初の研究者
なぜチェレーンは地政学を生み出したのかを参照
河野収は戦前生まれの陸軍軍人でした。1919年(大正8年)に生まれ、陸軍士官学校を卒業しています。戦後は専門の中国軍事史を研究し、特に孫子の戦略思想に関する研究業績を残しています。

防衛大学校の教授として国防地理学(軍事地理学)の教育も担当しており、そこで地政学の研究にも取り組んでいました。今回取り上げる考察もその成果の一部と推察されます。

河野はその著作『地政学入門』において、地政学の歴史を理解するには、まず英米で発達した海洋国家系とドイツで発達した大陸国家系に大別することが便利であり、マハン、マッキンダー、スパイクマンの説を前者に、ラッツェル、チェレーン、ハウスホーファーの説を後者に位置付けることができる、と述べています(河野、19-20頁)。

「海洋国家系地政学は、比較的に客観的、保守的、共存認容的であり、大陸国家系地政学は、比較的に主観的、革新的、統合志向的である」というのが河野の両学派に対する大まかな評価であり、これは研究が行われた政治的環境、特に脅威認識が海洋国家と大陸国家で異なるためではないかとされています(同上)。

こうした二つの学派として発展していた地政学ですが、第二次世界大戦の影響によってその研究動向は全世界的に低迷するようになりました。

大陸国家系地政学の衰退と日本での影響
第二次世界大戦においてドイツをはじめとする枢軸国の陣営が敗北すると、大陸国家系の地政学は侵略を正当化したなどの理由で政治的非難の対象となりました(同上、75頁)。

反対に海洋国家系の地政学は賞賛されることになりますが、論敵を失ったためか研究そのものは低調となったと河野は指摘しています(同上)。

こうした状況は日本でも影響を与え、それが戦後の日本で地政学の研究がなされなくなった要因としていますが、河野は戦前の日本の地政学の内容に問題があったことも関係していたと考えています。

もともと日本には大陸国家系地政学が導入される前から地理学、政治地理学、軍事地理学の研究について学問的蓄積があり、実証的、科学的な根拠が尊重されていました。

例えば、明治時代には山崎直方、小川琢治、志賀重昂などの努力によって近代的な地理学の知識や方法がもたらされていたことが紹介されています(同上、81頁)。

ドイツの大陸国家系の地政学が研究されるようになったのは昭和時代に入ってからのことでした。

学術研究の本旨を外れていた日本の地政学
河野はこの事象を示す一例として、戦前に出された岩田孝三の『国防地政学』を取り上げています。

この著作も地政学というタイトルがついた文献ですが、その序文では「地政学が国家の動向と最も深い関連をもつ研究である限り、これも亦、日本的国家総力戦理念に即応し、これと密接なる連携を保ちつつ、日本の高度国防国家体制確立に貢献するものでなければならない」と述べられていました(同上、82頁)。
「これを見ると、当時の日本の地政学ないし国防地理学は、科学的な法則性追求の態度からはずれ、きわめて直接に「日本的国家総力戦理念に即応し、これと密接なる連携を保ちつつ、日本の高度国防国家体制確立に貢献」するというように、国策に直結する方向に進み、これを拡大して「世界的普遍への理念」とすべきだ、としている」(河野、82頁)
このような一部の地政学の研究者の非学問的な態度が、戦後に反動をもたらし、軍国主義、侵略主義の理論的支柱と非難される事態を招いた側面があるのではないかというのが著者の見解です(同上、83頁)。

地政学の議論が日本の政策決定に影響を与えたという説もありますが、それを厳密に立証することは難しく、地政学の研究が日本の侵略戦争を促進したなどと断定することは適当でないとも著者は考察しています。

そうすると、日本で地政学の研究が長らく途絶えることになった要因は、大陸国家系地政学の導入や、戦争での敗北といった背景的要因だけでなく、本来の学問としての態度が地政学から失われたことの方が本質的ではないかとも考えられるのです。

むすびにかえて
また地政学は外交、貿易、国防などの問題は国家の存続にかかわる重大な政策選択において貢献できると河野は考えていました。ただし、それはあくまでも客観的、実証的な学問としての地政学でなければならず、その本質を見失ってはいけないということです。

抽象論や観念論によって議論が空転すること、試行錯誤の繰り返しで貴重な資源を浪費すること、その場しのぎの対策によって大局を見失うこと、これらは決してあってはならないことであり、これらを避けるためには日本で新しい地政学を研究すべきだ、と論じられています(同上、83頁)。

1980年代の考察ではありますが、その主張の意義は2010年代においても色あせていないと私は考えます。

今の日本での地政学の議論には、もっと学問的な態度が必要であり、河野が指摘したような戦前の過ちを繰り返さないように適切な注意を払うべきでしょう。

KT

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文献情報
河野収『地政学入門』原書房、1981年