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2018年1月12日金曜日

文献紹介 技術革新は組織文化で決まる―あるイスラエル人の軍事組織論的考察―

技術革新(イノベーション)の重要性を主張した軍事学の文献はすでにたくさんあります。

しかし、敵が戦場で新たなドクトリン、作戦、技術を用いて奇襲してきた場合の対処法については、まだ多くの研究が必要とされています。

今回はこうした問題に取り組んだイスラエル国防軍軍人による研究を取り上げ、その要点を紹介してみたいと思います。

文献情報
Meir Finkel, On Flexibility: Recovery from Technological and Doctrinal Surprise on the Battlefield, Stanford Security Studies, 2011.

軍隊は高い適応性を維持しなければならない

著者がこの著作を通じて打ち出している主張は、軍隊が技術革新を効率的に推進する上で、柔軟性を持たせた組織文化を維持することが重要だ、というものです。

そもそも戦争には不確実な問題が多数存在しており、計画の段階であらゆる問題を予見した上で準備することには限界があります。
事前に準備ができない以上、事後的対応の適切さの方を重視しなければなりません。

この能力が最も試されるのは、戦争で敵が何か新しい技術やドクトリンを使って奇襲してきた場合であり、著者は次のように説明しています。
「不確実性は戦争で最も基本的な要素の一つであり、それはあらゆる戦闘状況に固有のものであるが、しばしば奇襲の形態で現れる。(中略)バートン・ホーエリーの古典的著作『謀略:戦争における欺騙と奇襲(Strategem: Deception and Surprise in War)』では、奇襲の要素あるいは形態が5種類に区分されている。すなわち、意図、時間、場所、戦力、そして形式である。最後の区分が教義(ドクトリン)と技術による奇襲と関係している」(Ibid.: 23-24)
こちらが予測しない時期または場所で敵が出現することも奇襲の一つですが、こちらが予測しない技術やドクトリンで敵が戦い始めることも奇襲の一形態であり、これは警戒を厳重にしていたとしても、対応が困難な奇襲です。

つまり、こうした技術的な奇襲の効果は長く持続する危険があり、こちらの技術革新が遅れると戦闘効率比が不利なまま戦い続ける事態になりかねません。
軍事組織はこうした問題を速やかに特定し、分析し、対策を講じるだけの柔軟性を備えていなければならないのです。

歴史的事例に基づく考察

著者は軍隊の技術革新を考える上でさまざまな歴史的事例に着目しており、その中には第二次世界大戦、中東戦争、ソ連軍のアフガニスタン侵攻の事例が含まれています。
分析の手法は比較であり、著者は技術や教義による奇襲を受けた際に速やかに対応することに成功した事例として、特に中東戦争におけるイスラエル軍の対応を評価しています。

1973年の第四次中東戦争でイスラエル軍がエジプト軍やシリア軍に対して高い戦闘効率を発揮できた背景には、現場の部隊に戦術上の意思決定の権限を委ねる組織文化があったと論じられています。
当時のイスラエル軍は武器や装備の多様性で不利だったものの、シナイ半島でエジプトの戦車が大挙してイスラエルに押し寄せようとした際には、有効な対戦車戦術を駆使して撃退することができたためです(Ch. 9)。

反対に失敗した事例とされているのがアフガニスタンにおけるソ連軍の作戦です。
当時、ソ連軍はアフガニスタンのゲリラから低強度紛争(low-intensity conflict, LIC)のような限定的かつ小規模な交戦の形態に直面しました。
しかし、この時のソ連軍は指揮統制の階層構造が極めて厳格であったため、現場の部隊に戦術上の判断や対応に支障がありました。結果として問題解決に時間がかかってしまい、多くの犠牲を出すことになりました。
このことは中東戦争におけるイスラエル軍の事例と対照的だと著者は考えています(Ch. 11)。

以上の事例研究から、著者は分権的な組織文化を維持することが、軍隊の適応性にとって重要な要素であると考え、結論部分で次のように述べています。
「柔軟性の費用は『高い』ものだと思われたとしても、技術、教義による奇襲に対応することに失敗した場合の費用は、柔軟性を低い水準に止めれば陸軍にとってより大きなものになるだろう。このことは、近年の紛争の事例で見てきたように、本書の理論の適用を正当化するものである」(Ibid.: 225)

むすびにかえて

ここで著者が主張していることは、ボトムアップ型の技術革新を促進するような組織文化を軍隊の中で維持することが重要だということです。
階層的な指揮系統を持つ軍事組織として、こうした取り組みにはさまざまな限界があることは著者も認めています。

それでも、組織文化として現場の創意工夫を重視することが、結果として戦時に新たな技術、教義による奇襲を受けた際の対応能力を強化するという広い視点から考えるように著者は促しています。

第一線に近い部隊指揮官の権限を強化することが戦闘効率の改善に繋がることは、19世紀にプロイセン陸軍が訓令戦術として取り組んだことがあり、現代でも一つのモデルとして認知されてきました。

本書の議論で新規性と言えるのは、訓令戦術を実践するための組織文化が、技術革新においても有効だと論じたことでしょう。
組織構造と技術革新の効率の関係に関する彼の議論の妥当性はさらに研究される必要がありますが、特定の研究拠点に研究者を集めて推進させる形とは違った技術革新のあり方を示唆していると思います。

KT

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