最近人気の記事

2018年1月4日木曜日

学説紹介 限定戦争はフォーカル・ポイント(focal point)で成り立っている

米国の経済学者トーマス・シェリングはノーベル経済学賞を受賞したことで知られていますが、安全保障学でもゲーム理論を戦略問題の分析に応用した業績で広く知られています。
シェリングが限定戦争について加えた分析は、特に核戦略の研究領域で今でも重要視されており、今日の戦略理論の理論的基礎を固める意義があったと言えます。

今回は、シェリングの研究を取り上げ、その中で限定戦争の問題がどのように考察されているのかを紹介したいと思います。

限定戦争の戦略問題とは何か

トーマス・シェリング、米国の経済学者、ノーベル経済学賞受賞者
ゲーム理論を戦略の分析に応用する研究がよく知られており、著作に『紛争の戦略』、『軍備と影響力』などがある。
限定戦争とは、交戦国がその軍事力を行使する時期、場所、方法などを制限することによって、戦争の烈度が高まる事態を避けようとする戦争のことです。
このような戦争形態は核兵器が登場して以降、ますます重要なものとして研究されるようになりましたが、それは単に核戦争を使用しないというだけではありません。

限定戦争ではあらゆる軍事行動に一定の限度を持たせることで、通常戦争が核戦争にエスカレートさせることを防止することや、戦域が地理的に拡大することを防止することも意図されており、さまざまな面で我が国と敵国との間で戦争遂行に関する調整が必要になってくるのです。シェリングはこの問題について次のように着目しました。
「限定戦争は制限を必要とする。また、戦争になる一歩手前で安定するためには、戦略的な作戦行動も制限を必要とする。しかし、制限するためには合意、または少なくとも相互の承認や黙認が必要となる。この合意をとりつけることは容易ではない。なぜなら、不確実性や利害の激しい対立が存在したり、戦時中または戦争開始前に交渉をすることが厳しく制約されていたり、敵同士が戦時中にコミュニケーションを取ることが難しかったりするからである」(邦訳、シェリング、57頁)
つまり、政治的・外交的観点から限定戦争を成り立たせるためには、相手とのコミュニケーションをとることが十分にできない状況の中で、相手と共通の認識を持つ方法を考えなければならないということです。

これは一見するとほとんど不可能なことのようにも思えますが、シェリングはこのような暗黙の合意に基づく戦略が行われる可能性はあり、それがなぜ可能になるのかについて以下のような説明を行っています。

日常生活でも使われる暗黙の調整

シェリングはこの可能性を解説するため、次のような日常的状況を取り上げています。
「離ればなれになったらどこで落ち合うか事前に話し合わないまま、ある男性がデパートで妻を見失ってしまったとする。このとき、彼らが再び出会う可能性は高い。なぜなら、遭遇するのに明白な場所をそれぞれ考えようとするからである。それは、双方にとって「明白」であることが確実である、と相手が考えることが確実だろう、とそれぞれが考えるほど、明白な場所である。どちらも相手がどこへ行くかだけを予測しているのではない。なぜなら、相手は自分が行くだろうと予想される場所へ行こうとするからである」(同上、58頁)
ちなみに、シェリングの文献は1960年に出されたものですので、携帯電話を使ってコミュニケーションをとることはできません。
こうした日常的状況は限定戦争で交戦中の二カ国の政治的、外交的環境と類似性があると指摘されており、相手と意思疎通を図れない場合、相手が自分の行動をどう予測するかについて状況の何らかの特徴を利用しなければならないのです。

こうした状況の特徴的要素のことをシェリングは「フォーカル・ポイント」と呼んでおり、これは「類推、先例、偶然の配置、対称的・審美的・幾何学的な形状、詭弁的な推論、そしてだれが当事者であり、お互いについてそれぞれが何を知っているか、といったことに依存する」と説明されています(同上、61頁)。

先ほどの例で考えると、デパートの中にある「遺失物取扱所」が一つのフォーカル・ポイントと考えられるのですが、それは当事者の想像力によって変化するものであり、何か論理的な根拠で決まるわけではありません(同上)。

ここで理解すべきことは、意思疎通ができない当事者間で利益を最大化するためには、相手の行動を予測するだけでなく、自分の行動が相手にとって予測可能なものでなければならないということです。

利害の対立があっても、フォーカル・ポイントは機能する

シェリングの議論で非常に興味深いのは、こうしたフォーカル・ポイントが、行方不明のパートナーを探すゲームにおいて機能するだけでなく、利害の対立がある国家間の状況でも成立すると考えられていることです。
「筆者は、当事者の利益が対立するゲームを多くの人々に試してみた。そのなかのいくつかは、当事者の一方がより多くの利益を得るようにバイアスをかけたものであった。その結果は、全体としてみれば、純粋な協調ゲームにおいて得られるものと同じであった。(中略)これらすべてのゲームに共通する面白い特徴は、競争しているどの当事者も相手を出し抜くことで利益を得ることができないという点である。つまり、自分の行動についての相手の予測通りに自分が行動しない限り、お互いに損失をこうむってしまうのである」(同上、64頁)
この考察を戦略環境に当てはめて考えれば、核戦争を避ける上で重要な示唆が得られます。
つまり、コミュニケーションが不完全な状況において場当たり的に成り立っているフォーカル・ポイントには極めて大きな戦略的価値がある、ということです。
フォーカル・ポイントがいったん失われたら、同様の状況に戻ることは非常に難しいだけでなく、結果として関係する当事者の利益が等しく損なわれる結果になると予測されるのです。

限定戦争が起きている状態とは、いわば暗黙の調整に成功し、フォーカル・ポイントを双方が見出せている状態です。
しかし、どちらかが相手を出し抜こうとフォーカル・ポイントから外れた行動をとれば、情勢は急激に不安定化する危険があることを認識しなければなりません。
シェリングはこの危険性について、「このように侵略者の行動が示唆する制限が受け入れられないような場合、相互に認識可能な戦争の境界線を探りだす作業はさらに難しくなってしまう」と述べています(同上、81頁)。

むすびにかえて

シェリングの議論から学ぶべきことは多くありますが、その一つとして限定戦争の指導に当たっては、暗黙の調整で導き出されたフォーカル・ポイントを正しく認識し、欺騙や謀略を仕掛けて相手に対して優位に立とうとしたり、出し抜こうとすることには十分慎重になるべきということです。

こうした兵力の段階的、限定的な使用を推奨する戦略思想は、兵力集中や短期決戦を志向した『孫子』やナポレオンの思想に見られない要素ですが、核兵器の存在を前提とする現代の戦争を指導する上では欠かすことができないものになっています。
シェリングの議論は現代の戦略学にとって重要な理論的基礎を与えてくれるものであり、よく研究する価値があるものだと思います。

KT

関連記事

参考文献

Thomas Schelling, The Strategy of Conflict, Harvard University Press, 1960.(邦訳、シェリング『紛争の戦略 ゲーム理論のエッセンス』河野勝監訳、勁草書房、2008年)