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2018年2月1日木曜日

論文紹介 兵士の士気を保つ要因は何か―軍事社会学者の分析―

軍隊の戦闘効率にとって士気が極めて重要であるということは疑問の余地がありません。士気とは戦闘に進んで参加する兵士の心理的状態であり、これが部隊の中で共有されることによって、戦闘力を効果的に発揮することが可能になります。
しかし、士気の発揚にとってどのような要因が重要なのかについては、さまざまな議論があります。

今回は、第二次世界大戦におけるドイツ軍の士気について軍事社会学の方法で分析している有名な研究成果の一部を紹介してみたいと思います。

論文情報
Shils, E. A., & Janowitz, M. (1948). Cohesion and disintegration in the Wehrmacht in World War II. Public Opinion Quarterly, 12(2), 280-315.

プロパガンダで士気は維持できない

1939年に第二次世界大戦が勃発した頃、評論家や専門家の多くがドイツ軍の士気の高さをプロパガンダの巧妙さで説明しようとしていました。

つまり、ドイツ軍は自国の兵士に対する心理的操作が優れているからこそ、士気を保つことができている、という考え方が主流だったのです(Shils and Janowitz 1948: 280)。

しかし、戦後に改めて分析が進むと、著者らはこうした通説が間違っているのではないかと考えるようになりました。
つまり、ドイツ軍の心理戦の能力が特に優れていたから士気を維持できたと主張することには無理があることが判明してきたのです。
「過去3年間におけるドイツ陸軍の士気と戦闘効率に関する研究は、そのような仮説に対して数多くの疑問を投げかけている。というのも、科学的な厳格さに立脚して追及されてきたそれら研究によれば、ドイツ陸軍の忠誠心は政治的な確信や広い意味での民族的な信念から非常に間接的、部分的な影響しか受けていないことが見出されている」(Ibid.)
それまでの理解はナチ党が展開するプロパガンダのイメージに引きずられているところがあり、より客観的な観点から説明の仕方を見直すべきだと著者らは指摘します。
その代わりに出された説が親密な個人的関係を共有する一次的集団(primary group)を重視するものでした。

小さな社会集団こそ士気の土台となる

一次的集団とは日常的に接触する頻度が高い社会集団であり、軍隊では営内班や分隊がこれに該当します。
著者らは当時のドイツ軍で下士官(または下級士官)が果たした役割に注目しており、彼らを中心に一次的集団が強固に形成されていたことが、士気の発揚に繋がっていたと考えています。
「ドイツ軍の行動を見てみると、個人の直接的な対人関係に基づく社会集団に注意を払い、それが些細なことであるという考え方をとっていないことが分かる。そして、実際にそれは高度な軍事的効率を達成する妨げにはなっていないのだ」(Ibid.)
彼らの議論によると、一次的集団の役割については現場レベルで認識されていただけでなく、組織レベルで認識されており、補給の組織や部隊の戦略的な配備を決定するに当たっても、それを攪乱しないように慎重に考慮されていました(Ibid.)。

こうしたことから、一次的集団の団結を組織的に維持する取り組みによって、高い戦闘効率を維持できたと著者らは解釈しています。
「(ドイツ軍から)一次的集団が解体すると、プロパガンダは激励や分析といった性格は後退し、生存の追及を全面に打ち出すようになり、生命を維持するための具体的な手順を描くようになったが、それは解体の作用をさらに加速させるものだった」(Ibid.)
この考察で指摘されている通り、戦局の悪化とともにドイツ軍の第一線部隊が次々と壊滅し、補充兵ばかりになると、もはや一次的集団としての凝集性・同一性を維持することができなくなり、プロパガンダで戦闘効率を回復する試みも成果が出なくなります。

兵士は思想や理念によって戦うのではなく、日常的に接触を持つ人々の集団に帰属することによって戦うことが、この研究で示されています。

むすびにかえて

軍事組織の末端における一次的集団が戦闘効率と関係を持っているという議論は当時の通説に挑戦するものでしたが、その後に多くの派生的研究をもたらすことになります。
それだけに、この研究が学界で与えた影響は重要なものだったと言わなければならないでしょう。

例えば、今回の論文を参照している最近の研究としては、Watson, Alexander. Enduring the Great War: Combat, morale and collapse in the German and British armies, 1914–1918. Cambridge University Press, 2008.があり、これは第一次世界大戦におけるドイツとイギリスの士気について分析し、評価を得ているものです。

士気の源泉として末端の部隊の社会構造に注目する議論はさまざまな検証を受けており、一定の妥当性を持つ学説だったと見ることができるでしょう。

ただし、士気の問題に関しては一次的集団だけが要因だと考えられているわけではありません。
特に軍事史学、軍事心理学の立場からは異なる説明が示されている点に注意が必要です。
ノルマンディー上陸作戦で壊滅的被害を受け、補充兵が大量に配属された米軍の部隊が、その後の戦闘でも一定の効率を維持した事例があるなど、一次的集団だけで士気を説明できない場合もあることが分かっています。

そのため、士気は一次的集団を含めた複合的な要因によって形成されると考えるべきであり、今後もそれぞれの影響の違いなどについて研究が進められる必要があるでしょう。

KT

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参考文献
Watson, Alexander. Enduring the Great War: Combat, morale and collapse in the German and British armies, 1914–1918. Cambridge University Press, 2008.