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2018年2月8日木曜日

文献紹介 イギリス潜水艦隊の知られざる冷戦史

もともと潜水艦の運用には秘密事項が多いため、研究者でも資料の収集が非常に難しいという事情があります。
そのため、イギリスの海軍史の研究においても潜水艦の方面になると研究があまり多くありません。ただ、最近では内部資料の閲覧を許可された研究者による文献も刊行され始めています。

今回は冷戦期におけるイギリス潜水艦隊の活動を調査した研究を紹介したいと思います。

文献情報
Peter Hennessy and James Jinks. 2015. The Silent Deep: The Royal Navy Submarine Service since 1945, London: Penguin.

イギリス海軍における潜水艦の発達

1986年、ヴァリアント級原子力潜水艦ヴァリアント
イギリス海軍で潜水艦隊(Royal Navy Submarine Service)が発足したのは1901年のことです。しかし、当時のイギリス海軍では砲戦能力の高い戦艦の研究開発が優先されていたため、本格的な潜水艦技術の研究開発は第二次世界大戦が終結してからのことになります。

著者らの調査によると、戦後の研究で特に大きな影響を及ぼしたのはドイツ海軍の潜水艦技術であり、特にXXI型潜水艦の設計は詳細に研究されました。
XXI型潜水艦は従来の潜水艦と異なり、水中行動に特化した流線型の船体構造を取り入れるなど、冷戦期の潜水艦にも広く使用される技術が活用されていたためです(Hennessy and Jinks 2015: Ch. 2)。

ところが、イギリスにおける潜水艦の開発はドイツの技術的成果の導入だけでは限界がありました。これは新たに原子力推進機関が登場していたためです。
イギリス海軍は当初、原子力潜水艦の独自開発に取り組みましたが、結局はアメリカから技術移転を受けて攻撃型原子力潜水艦ドレッドノートを1963年に就役させ、1966年にはその技術を初の国産攻撃型原子力潜水艦ヴァリアントを就役させます(Ibid.: Ch. 3)。

これに平行してイギリス海軍では潜水艦発射弾道ミサイルの調達も進められています。
1963年に署名されたナッソー協定に基づいてアメリカから潜水艦発射弾道ミサイルであるポラリスの提供を受けることになるのですが、1964年のイギリス総選挙で政権交代が起こると、ポラリスの調達は中止の危機に直面しますが、最終的に費用対効果で優れていることが認められ、承認を受けています(Ibid.: Ch. 4)。

イギリス海軍における潜水艦技術の発達はドイツ、アメリカの技術移転に頼るところが大きく、特に原子力に関連する技術に関してはアメリカからの技術提供に深く依存していたと言えるでしょう。

冷戦期における潜水艦の作戦運用

1982年、フォークランド紛争で出撃していた原潜コンカラーがクライド海軍基地に入る様子 
この研究においては潜水艦の行政管理だけでなく、作戦運用についても1960年代から現在までの時期がカバーされています。

そこでは、1960年代にヴァリアント級原子力潜水艦の2番艦に当たるウォースパイト(HMS Warspite)がソ連海軍が弾道ミサイル潜水艦に関する最新の情報を収集していたことや(Ch. 5)、1970年代にスウィフトシュア級原子力潜水艦の2番艦であるソヴリンが1978年にソ連の潜水艦で長距離追跡を行ったこと(Ibid.: Ch. 6)、1980年代にはフォークランド紛争においては原子力潜水艦として初めて巡洋艦の撃沈に成功したことなどが紹介されています(Ch. 7)。

戦略的観点から驚くべきは、その活動範囲が実に広いことです。
原子力潜水艦の利点である航続距離の長さを活用し、本国から近いバレンツ海や北海といった海域だけでなく、極東の方面でもソ連(冷戦後になるとロシア)の潜水艦の動向を探るための哨戒も行っていたことなどが述べられています。

また戦術的観点からも興味深い記述があり、特に1982年5月2日にフォークランド諸島をアルゼンチンから奪回するためにイギリスが派遣した攻撃型原子力潜水艦コンカラー(HMS Conqueror)がアルゼンチンの艦艇(巡洋艦ヘネラル・ベルグラノ)を撃沈した事例について細かな検討が行われています。
そこでは当時のコンカラーの艦長が、最新式の魚雷であるMark 24ではなく、第二次世界大戦でも使われていた旧式の魚雷Mark 8を使用することを決断した経緯が取り上げられており、現代の潜水艦戦術を研究する上で興味深いものです。

むすびにかえて

この文献は現代のイギリス海軍において潜水艦が極めて重要な役割を果たしてきたことを明らかにしたという点で大きな意義があります。

イギリス政府は決して潜水艦の作戦行動についてコメントすることはないので、どうしても世間の関心は小さくなる傾向にあり、国民から活動について理解を得ることや、予算の充実を図ることが難しいという問題があります。
しかし、こうした研究によって潜水艦が現代世界で遂行する作戦の困難性、重要性について知る人が増えれば、この方面で防衛努力を強化することの必要も認識されると思います。

ちなみに、現代の潜水艦の活動を取り扱った日本語文献を探されている場合は、ソンタグ、ドルーによる『潜水艦諜報戦』(下記の参考文献を参照)を一読されることを勧めます。
同書は潜水艦の乗組員に対して実施した膨大な面接調査に依拠して書かれており、冷戦期のアメリカ海軍において潜水艦がどのように管理、運用されていたのかが当事者の目線でドキュメンタリー的に記されています。

KT

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参考文献
Sherry Sontag and Christopher Drew, Blind Man's Bluff, Random House, 1998.(邦訳、ソンタグ、ドルー『潜水艦諜報戦』平賀秀明訳、全2巻、新潮社、2000年)